元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな金は「地金」です。
税法には、“使途秘匿金”という、損金にならない支払いがあります。使途秘匿金があった場合は、特別な取り扱いが待っています。一般的に、特別な取り扱いは納税者に有利な制度が多いですが、使途秘匿金が認定されると納税者に不利な制裁が行われます。
平たくいうと、会社の業務に関連してお金を支払ったのに経費にはできないのです。そして、支払ったお金に対して法人税がかかり、さらに、多めに法人税がかかる、といった制度です。
数年前に、こんな事件がありました。
東証1部上場のA社が東京国税局の税務調査を受け、2億数千万円の所得隠しを指摘されました。所得隠しは脱税ではないのですが、売上を除外したり架空の経費を計上するような不正を指します。
税務調査で、A社が帳簿に記載していた業務委託費の取引先を調べたところ、実体がなく、聞き取りを行っても支払い先を明らかにしなかったため、「使途秘匿金」に当たると認定されました。
使途秘匿金課税や重加算税を含む追徴税額は2億円を超え、A社は「見解の違いはあったが、指示に従い修正申告し、全額納付した」と釈明しました。支出先を答えなかったのに「見解の違い」も何もないように思いますが、どうしても答えたくない支出だったのでしょう。使途秘匿金を支出することで、何かしらの恩恵を受けられるか、もともと大きな借りがあった人物への支払いなのかは定かではありませんが、さまざまなことを天秤にかけたうえでの判断と推察されます。
あえて使途秘匿金を計上する例も
「使途秘匿金の支出がある場合の課税の特例」という規定があり、まとめると以下のようになります。
(1)使途秘匿金を支出した場合には、法人税の額に、使途秘匿金の40%を加算する。
(2)使途秘匿金とは、法人がした支出のうち、相当の理由がなく、その相手方の氏名、住所などを帳簿書類に記載していないものをいう。
(3)氏名等を記載していない場合でも、相手方の氏名等を秘匿するためでないときは、使途秘匿金に含めない。
平たくいうと、「法人税と別に使途秘匿金の40%を納めなさい」「使途秘匿金は、名前や住所を隠したときに該当します」「うっかり忘れた場合などは使途秘匿金に含めません」といった内容です。
使途秘匿金課税は、1990年代にゼネコン汚職事件などをきっかけとして導入された制度です。相手先を秘匿する支出は、ヤミ献金や反社会的勢力への違法な支出につながる可能性があるとして、税制上の対策が取られたものです。
A社の事件以外にも、病院建設をめぐってゼネコンが地域住民に配った金銭を秘匿するなどして制裁対象とされ、大きな話題になりました。年間の使途秘匿金の金額が60億円を超えた年もあり、そのときの制裁金は、およそ24億円でした。
使途秘匿金は法人にとって多大な負担となります。たとえば、通常の経費であれば、100万円使ったとしても、使わなかった場合より法人税がおよそ30万円分、負担が減ります。資産の動きで見ると、70万円支出したのと同じことです。しかし、使途秘匿金の場合、100万円の献金を行えば、40万円の使途秘匿金課税を受けるうえ、経費にならないので法人税およそ30万円も支払わなければいけません。資産の動きで見ると、170万円の支出です。
それだけの負担となることがわかっていても、税務調査での発覚ではなく、自主的に使途秘匿金を申告する法人もあるようです。汚職が問題になり、それを防ぐために設けた制度が、逆に「お金を払えばやってもいい」という免罪符になってしまいました。
同様の話は、よく聞きます。アメリカのある保育園が、子供の退園予定時刻になっても迎えに来ない親に悩み、遅刻した場合には罰金を取ると通知しました。すると、かえって親たちの遅刻は以前より増えてしまったそうです。
この例のように、制度を創設側が予期したものと異なる方法で利用する人間は少なからずいます。制度設計には、そのことを見越して制裁金や罰金の金額を設定する必要があります。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)