1月26日に発表された、日本を代表する企業であるトヨタ自動車のトップが14年ぶりに交代するというニュースは、世間の関心を集めテレビ、新聞、ネットなど、さまざまな場で大きな反響を呼んでいる。筆者も今回の件につき、独自の視点より考察してみたい。
トヨタ自動車のオウンドメディアである「トヨタイムズ」によると、そもそもの契機は内山田竹志会長の退任であり、トヨタの変革をさらに進めるためには自身が会長となって、新社長をサポート進める形が一番よいと考えたと、現社長である豊田章男氏は語っている。
また、自身は“クルマ屋”であり、クルマ屋だからこそトヨタの変革を進められたが、「クルマ屋を超えられない」という限界があるとも語っている。リーマンショックによる赤字転落の直後に社長に就任し、その後も世界規模でのリコール問題など、多くの難題を乗り越え、トヨタを順調に成長させてきた現社長の潔い決断と捉えられる。
多様化する日本の大手企業のトップ
日本的経営の特徴とされてきた「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」といった三種の神器は、もはや過去の遺物となりつつある。それに伴い、日本企業のトップのスタイルも大きく変容してきている。
従来、一般的な大企業の場合は新卒で入社した生え抜き社長、同族経営の場合は一族の血を引く者(もしくはその養子)が、トップになることが一般的であった。しかし今日、日本企業のトップは多様化してきている。たとえば、日産自動車のカルロス・ゴーン氏、ソニーのハワード・ストリンガー氏など、多くの外国人社長が誕生した。
また、資生堂の魚谷雅彦氏(現会長CEO)、ベネッセホールディングスの原田泳幸氏(現えがおCEO)、パナソニックの樋口泰行氏(現パナソニックコネクト社長CEO)など、経営者として企業を移る、いわゆる“プロ経営者”も増えてきている。
トヨタ新社長に佐藤氏が任命されたワケ
トヨタ次期社長に就任予定の佐藤恒治氏は、1969年生まれの53歳。1992年入社後、技術畑を歩み、2020年に執行役員に就任している。取締役でないこと、年齢が比較的若いことなどから、抜擢人事とも取り沙汰されているが、上記に述べた通り、多様化する昨今の日本のトップ人事を考えると、オーソドックスな社長就任とも捉えられるだろう。
次期社長に佐藤氏を任命した理由に関して現社長は、以下の3点を挙げている。
(1)トヨタの思想、技、所作を身につけようと、クルマづくりの現場で必死に努力してきた人である
(2)クルマが大好きである
(3)若さ…正解がわからない時代に変革を進めていくには、トップ自らが現場に立ち続けることが必要であり、体力、気力、情熱が欠かせない
トヨタおよび日本の自動車産業が直面する深刻な2つの課題
先にトヨタ現社長が指摘した「正解がわからない時代」というフレーズは、よく耳にするものの自動車業界の未来は、まさにその通りである。とりわけ、筆者はゼロエミッション化と自動運転化の2点に注目している。
ゼロエミッションとは廃棄物を一切出さないことを意味し、現在主流であるガソリン燃料をエンジン(内燃機関)で燃焼させて動かす自動車ではなく、電気自動車(EV)や水素を燃料とするFCVなどがゼロエミッション車として挙げられる。
現在でも国際市場において強い影響力を誇るトヨタをはじめとする日本の自動車メーカーの強みが、内燃機関を搭載した自動車の品質の高さにあることは疑いようもない。しかし、EVにおいては目立った強みが見受けられず、逆に米国のテスラや中国のBYDの後塵を拝している。
一方、FCVにおいては、トヨタが他社を圧倒しており、政府が国を挙げてFCVに注力するといった方針を貫徹するようなことがあれば、日本の自動車産業は今後も安泰といったストーリーがないわけではないが、現時点においてFCVは未知数といったところだろう。
こうしたゼロエミッション化よりも、さらに厄介な問題は、運転の自動化の進展である。自動車にさまざまなバリエーションがあり高価格でも受け入れられる要因は、自動車が“特別な商品”だからだろう。自らが運転することから、性能へのこだわり、さらには運転の楽しさなどが生じている面は否定できない。
しかしながら、自動運転になると、自動車へのこだわりや愛着といったものは生じにくくなり、コモディティ化(他社との差が生じず低価格競争が常態化)し、どの企業も儲からなくなってしまうのではないだろうか。
トヨタが掲げるモビリティ・カンパニーとは
こうした脅威に備え、トヨタは「クルマをつくる会社から、モビリティ・カンパニーへ」という指針を掲げており、現社長から「佐藤新社長を軸とする新チームのミッションは、トヨタをモビリティ・カンパニーにフルモデルチェンジすること」といったメッセージが発せられている。トヨタのウェブサイトによると、「モビリティ・カンパニーとは、これまでは関わることのなかったさまざまな会社と手をつなぎ、仲間となり、今よりも地球や社会、人にやさしく、移動の自由と楽しさにあふれた“モビリティ社会”を創造する会社」となっている。
こうした事業ドメイン(事業展開領域)に関連してよく話題になるのが、米国における鉄道会社の衰退である。自らの事業領域を鉄道という手段・方法・商品といった狭い領域に規定したことが間違いであり、輸送という目的・機能に注目していれば飛躍の可能性があったと指摘されている。トヨタの掲げるモビリティ・カンパニーは、こうした教訓を踏まえたものとも考えられる。
静岡県裾野市に建設中の未来型実験都市「ウーブンシティ」も、こうしたモビリティ・カンパニーに向けた第一歩と捉えられ、実現に向け着々と事業が進行している。しかしながら、事業領域を自動車からモビリティへと再構築するに際しては、新たなコンペティタの出現など、難題は山積みであろう。
正解がわからない時代に、大きな組織の舵取りをどのように行っていくのか――。次期社長の活躍に期待したい。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授:外部執筆者)