プロの仕事師は、なぜ数十億円の年俸を捨てたのか? 会社に捨てられ慌てる中間層
貧富の格差が激しいアメリカだが、そのアメリカでも1、2を争う高級住宅地がサンディエゴの北にあるランチョ・サンタフェという地域だ。筆者のオックスフォード大学留学時代の親友T君が、ビジネスで功なり名を遂げて52歳という若さで現役を引退した。1軒10億円は軽く超えるだろうといわれる公園のような壮観さを持つ邸宅が立ち並ぶ。T君の家も例外ではない。まさに宮殿のようであり、部屋数は20以上、滝がついたプールが2つに、トレーニングジム、プラネタリウムのある映画鑑賞シアターもあり、愛車はベントレーのオープンカーだ。屋根付き駐車場だけで7台分もあった。
もう十分働き稼いだので、今後は社会のために自分の専門能力が役に立つ仕事だけを選び、アドバイザー的な仕事をするほかは、主たる時間は家族のために使うという。教育にはものすごく熱心な愛妻家であり、筆者も滞在中、日本のビジネスに関する子供たちの教育係のようになってしまった。T君は脂ぎった成り金ではなく、スマートな青年然とした風貌であり、軽やかだ。
しかし、そこに至るまでの彼の働きぶりがすさまじい。欧州を拠点にロシア、アメリカをまたにかけて四六時中、出張をこなし時差を使って、さまざまなクライアントにアドバイスをする国際弁護士をしていた。要は正真正銘のプロフェッショナルなのだ。密度の濃さと時間の長さでは、日本人のサラリーマンは到底及びもつかない激しさだ。夜の付き合いもそこそこにプロとしてのサービスに徹する彼は、「引退するならぜひ我が社の顧問弁護士に」という多くの誘いと数十億円の年俸を蹴ってランチョ・サンタフェに引っ越してきたのだった。
彼のライフスタイルから感じたのは、まさにプロの仕事師の根性だ。決して今のような生活を夢見てやっていたわけではない。日々、プロとしての最高のサービスを提供しようという決意の結果である。