巷に無数にあふれる自己啓発本のポイントは、せいぜい10~20に集約されることが判明
【今回取り上げる書籍】
『自己啓発の名著から学ぶ 世界一カンタンな人生の変え方』(サンクチュアリ出版/高田晋一著)
う~ん、タイトルがちょっとなぁ……。
いきなりですが、本書を手に取り、ザッと一読した際、率直にそう思いました。いかにも自己啓発系ビジネス書にありがちな、あざとくて、大言壮語で、短絡的なタイトル。「世界一カンタン」って、そんなバカな、と。
つぶさに見ていくと、なかなか気が効いている本なのです。読んでみれば、おそらく人生は変わらなくても、昨今のビジネス書界隈で頻繁に用いられている自己啓発の文脈を、シンプルに理解することができるのは間違いありません。中身がちゃんとしているだけに、タイトルで損をしているような気がして、もったいないように感じた次第。
本書の特徴は、版元の紹介ページで次のようにまとめられています。
<世界中の名著のエッセンスがこの1冊でわかる! 成功法則の分析家が厳選した「誰にでもできる50の習慣」で、人生がみるみるうまくいく。今度こそ挫折しない、いちばんカンタンな、自己啓発「超」入門書!>
要するに『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)、『思考は現実化する』(ナポレオン・ヒル)、『人を動かす』(デール・カーネギー)、『道をひらく』(松下幸之助)、『ユダヤ人大富豪の教え』(本田健)、『ザ・シークレット』(ロンダ・バーン)などなど、主に成功法則、人生哲学について語っている自己啓発書50冊を厳選し、それぞれから「成功するためのポイント」をひとつ抽出して、極めて平易に解説していく……という本なわけですね。
一例として、第3章「夢や願望を叶える6つの習慣」に登場する「HABIT 16」を引いてみましょう。
<『思考は現実化する』のナポレオン・ヒル先生に学ぶ、願いを叶える習慣
ここ1か月でかなえたいことを紙に書き出そう。
(中略)
かなえたい願望を紙に書いたり声に出して読んだりすることで、それらが深層心理の中に刻まれ、願望がかなうように自然と体が動いていくというわけです。
ただ、中には、そもそも自分の願望が何なのかわからない、かなえたい夢なんて思いつかない、という人も多いのではないでしょうか。
そこで、そのような場合にはまず、ここ1カ月くらいでかなえたい、ちょっとした願望をノートなどの紙に書き出すことから始めてみましょう。
「気になっていたラーメン屋に入ってみる」でも、「学生時代の旧友と久しぶりに会う」でもいいと思います。小さな願望でもいいので、紙に書き出していくうちにコツがつかめていき、自分が望んでいる最終的な夢や願望が少しずつ見えてくるはずです。
各項目の文末には「願いごとを大きな声で読もう」などと、要点を改めて強調する一文が囲み枠で示され、さらには「この本から他に学ぶべき3つのポイント」という欄まで添えられています(ちなみに『思考は現実化する』だと、「報酬以上の仕事をする」「志をともにする仲間を作る」「自分の第六感を信じる」の3つが挙げられています)。
なんというか……とにかく懇切丁寧でわかりやすい。小学生でも理解できるようなレベルで、噛んで含めるように解説を加えていくのです。“ハードルが低い”どころか、もはや“ハードルがない”といっても過言ではない印象。「ここまでブレイクダウンしなければ読めない、理解できないというのであれば、そもそも読まなくてもいいよ!」──重厚な文芸作品やら、とてつもなく抽象度の高い評論などを日々読みこなしているような、タフな本読みたる諸兄諸姉であれば、苛立ちを隠せないかもしれません。
とてつもなく真っ当に攻めている本
誤解しないでください。別にこの本をディスりたいわけではないのです。
この強烈なまでのわかりやすさは、昨今のビジネス書(もっというなら、自己啓発要素の強いビジネス書)において確実に求められている要素のひとつです。これまで、自己啓発書やビジネス書を手に取ることがなかった層、読んでみようとしたものの途中で挫折してしまった層を拾い上げ、少しでも読者の幅を広げたい──そんな思いから、鵜の目鷹の目で鉱脈を探り続けているビジネス書業界の関係者は少なくありません。出版市場の縮小が止まらないなか、さまざまな試行錯誤がビジネス書業界でも日夜繰り広げられています。たとえば、この数年来ぞくぞくと刊行されているビジネスコミック(ビジネス書の名著、定番の自己啓発書のコミカライズ作品)も、そうした取り組みのひとつといえるでしょう。
そういう意味では、本書はとてつもなく真っ当に攻めている本です。タイトル、表紙デザイン、本文の筆致、紙面のレイアウトなどすべての要素において、きっちりと攻めてます。ターゲットとなる読者層を明確にイメージして、妙に格好をつけたり背伸びしたりもせず、誰でも打ち返せるようなコースに、虫がとまりそうな鈍球を投げ続けて一冊をまとめきってしまっているのですから、ある意味、とても清々しい。本稿の冒頭で、僕がタイトルに感じたムズムズ感を述べてしまいましたが、この本を売ろうとしている客層を冷静に考えれば「アリ」なタイトルなのかもしれません。
そういえば、本書の版元であるサンクチュアリ出版は「本を読まない人のための出版社」を標榜しています。仮に「ラーメンを食べない人のためのラーメン屋」「タバコを吸わない人のためのタバコ屋」なんて聞かされたら、もはやどこを向いて戦っているのかわからない迷走感を覚えます。が、そうしたある種の矛盾や手詰まり感すらも飲み込んで、そのうえで「本を読まない人に、本を売る」と高らかに宣言しているのですから、なかなか意欲的な版元といえるでしょう。
いろいろなことを再確認することもできる本
さて、昨今の業界事情みたいな話を続けてしまいましたが、そろそろ本筋に戻りましょう。
本書のような“定番ビジネス書を要約して、注目ポイントを解説する”タイプのガイド本は、これまでもいろいろと刊行されてきました。カンタンに、オイシイところだけつまみ食いするような本から、シノプシスをかっちりと示して冷静に解説していくような本まで、温度感やスタイルなどはさまざまです。最近だと『世界のエリートに読み継がれているビジネス書38冊』(グローバルタスクフォース)あたりは、後者のタイプのガイド本として、非常にオススメの良書だったりします。
では、本書の特徴は何かというと、網羅性と要件抽出の巧みさだと考えます。本書に添えられている著者・高田晋一氏のプロフィールを見ると、話が早いかもしれません。
<大手広告代理店グループにて市場調査やデータ分析を担当し、年間数十本のプロジェクトを運用。自己啓発や成功哲学を統計的・科学的観点から分析することをライフワークとし、これまでに数百冊の自己啓発書を読破、その成功ノウハウを独自に分析。書籍、各種セミナー、雑誌やウェブサイトの記事などを通じて、分析結果を発表、その普及に努めている>
本書に先駆けて、高田氏は昨年、『「人生成功」の統計学 自己啓発の名著50冊に共通する8つの成功法則』(ぱる出版)という本を上梓しています。同書は「晋一」名義での刊行だったので、僕は当初、怪しいスピリチュアルカウンセラーか、正体不明の携帯小説家のような胡散臭さを覚えたのですが、中身に触れて、そうした印象は一変しました。
『「人生成功」~』は、著名な自己啓発書50冊の中で語られている成功術を分析・抽出して、登場頻度でランキング化。その上位8要素(成功術)について、解説を加えていくという内容です。自己啓発書をあまり知らない人が読めば、代表的なタイトルにはどんなものがあり、そこでどのようなことが語られているのか、また自己啓発書によく出てくる言説はどんなものなのかを端的に知ることができます。一方、それなりに自己啓発書を読んできた人であれば、「あの定番自己啓発書では、意外にもこの成功術は語られていなかったのか」「この成功術は、どの自己啓発書に出てくるんだっけ」なんてことを再確認する、といった読み方もできます。
まあ「タイトルで『統計学』と謳うほどのデータマイニングはしてないよね。単純に(成功術の)登場回数を数えただけだよね」とは思いました。当時「統計学」の視点はビジネス書界隈でもブームになっていたので、その人気に当て込んだタイトルを安直に付けたんだろうなぁと鼻白んでしまったのも事実です。ただ、その手法や切り口はとても興味深く感じたのを、よく覚えています。実際、自己啓発系ビジネス書を読む際の副読本として手元に用意しておくと、自己啓発の文脈を立体的に捉えることにもつながり、実用性はそれなりに高いものでした。
今回の本も、それと同じ軸線上にあります。本書で明らかになるのは“自己啓発の文脈で語られる、人生や仕事の要諦は、煎じ詰めてしまえばせいぜい10~20程度のポイントに集約されてしまう”ということ。視点を変えたり、補足的な要件を加えたりしても、50ポイント程度で十分網羅できてしまいます。
“賢い本読み”になるためにぜひ持っておきたい
自己啓発書を何冊か読んでいくと「この言説、ほかの本でも登場したよな」「またこの話題かよ」といった既読感をおぼえることがよくあります。結局、人生における原理原則はどんな局面においても変わらない、ということなのでしょう。さらに言うなら、長らく読み継がれているようなド定番の自己啓発書から、適当に言説をパクって、そこに著者の自慢話やら恣意的な主義主張を散りばめた、劣化再生産版のような自己啓発書も存在しています。であれば、ネタ元となった定番本さえキッチリ押さえておけばいいわけです。そうした自己啓発書の実態を把握しておく意味でも、本書はわりとお役立ちだと考えます。
この本を入口にして、まだ読んだことのないビジネス書、自己啓発書の名著に手を伸ばしてみる、というのが本書の賢い活用の仕方でしょう。いうまでもなく、本書を読むだけで自己啓発、成功法則の文脈のすべてが理解できるわけではありません。所詮、エッセンスはエッセンスでしかないのですから。一夜漬けのテスト勉強で得た知識が、赤点をまぬがれる程度の結果をもたらしてくれたとしても、テストが終わった瞬間にすべて忘れてしまうのと同じこと。一冊の本にきちんと向き合い、その本に書かれている事柄を自らの血肉とするには、じっくり、丁寧に読み解いていく以外に道はないのです。ですので、興味が持てそうな本、少しでも気になった本は、ぜひ原典を手に取ってみてください。
もちろん、どんな姿勢や意識で本を読んでも構いませんが、少なくとも名著要約集のような本を「カンタン」に読み飛ばす程度では、それぞれの本の文脈を正しく把握して、自分の人生に役立てていくことなど難しいでしょう。そしてなにより、そういうインスタントな読み方ばかり追求していても面白くありません。本は読み方ひとつで、いろいろな表情、奥行き、味わいを示してくれるのですから。名曲のサビを15秒くらい聞いたことがある程度で音楽通を気取るような真似だけは、無粋なので避けたいところです。
そうした“賢い本読み”になるためにぜひ持っておきたい姿勢を踏まえたうえで、まず入口としての書物を求めているのであれば、本書はとてもオススメの一冊です。
(文=漆原直行/編集者・記者)