2018年11月に公開された映画『ボヘミアン・ラプソディ』が、10月19日にテレビ初放送されるという。
この4月にはDVD/ブルーレイも発売されたのだが、2019年ゴールデンウィークのあとも地道に動員を伸ばし続け、今年5月に発表された最終的な興行収入は130億円超、歴代の実写洋画ランキングでは堂々の9位に位置しているという。
これを受け、有料衛星放送のWOWOWながら、10月19日20時よりテレビ初放送、さらにWOWOWは19日土曜、20日日曜の2日間にわたってクイーン関連の映像作品を一挙放送する「クイーン大特集」を組むという熱の入れようだ。
2月の第91回アカデミー賞では主演のラミ・マレックが主演男優賞を獲得、最多4冠に輝いたとあって、普段は宝塚歌劇ファン――要は熱心なヅカヲタとして活動している筆者も、遅まきながら3月に都内の映画館にてこの『ボヘミアン・ラプソディ』を鑑賞。これがドハマリしてしまい、5月のゴールデンウィークにかけて計6回も足を運んでしまった。
そこで、『ボヘミアン・ラプソディ』のテレビ初放送を記念し、同作はなぜ魅力的なのかについて、いちヅカヲタの立場から考察してみたい。
宝塚の舞台に頻出するクイーン楽曲
まず、『ボヘミアン・ラプソディ』の宣伝文句にもあった「ラスト21分の感動!」と、宝塚の舞台におけるフィナーレの共通点だ。ストーリーの集大成を示し、新たな感動をもたらすことで観客に最後に満足して帰ってもらうためのこうした構成は、宝塚でもおなじみの作りともいえよう。もちろんそれは、クイーンの楽曲のすばらしさがベースにあったればこそ。『ボヘミアン・ラプソディ』ではストーリーの要所要所にクイーンの名曲が挿入されており、それぞれの曲が、映画を観る者になんとも言えないカタルシスをもたらしてくれる。このカタルシスは、宝塚を観る際に感じるものと同種のものだ。
と、そこで筆者は、ある衝撃の事実に気づいてしまった。それは、過去の宝塚歌劇の舞台において、クイーンの楽曲が何度も使用されているのだ――ということだ。
まずは、1990年に月組公演で初演されたミュージカル・レビュー『ル・ポァゾン 愛の媚薬』というショー。これは、当時のトップスター・剣幸と、トップ娘役・こだま愛のサヨナラ公演であった。
第4章「愛の復活」という場面では、クイーンの曲がなんと3曲も使われている。この場面は、“若者の青春”を称揚するような内容。
米軍基地のPX風のバーが舞台であり、友を事故で失ったことで失意のどん底にいる士官であるアーネスト(剣)が酒におぼれ、仲間たち(若央りさ、久世星佳、天海祐希ほか)から馬鹿にされ(第15場、使用楽曲は「We will rock you」)
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その様子を見た恋人のナンシー(こだま)から励まされ(第16場、使用楽曲は「We are the champions」)
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その結果、力を取り戻す(第17場、使用楽曲は「Don’t stop me now」)
……という、起承転結のはっきりしたストーリー仕立てになっており、映画『ボヘミアン・ラプソディ』に勝るとも劣らない絶妙な曲の使い方がなされている。私の“本業”である医療でいえば、腸管、尿管、腹部の血管を巻き込む巨大腫瘤の切除のため、外科医、泌尿器科医、血管外科医が鮮やかな連係プレーで手術を成功させる……といったところか。それぞれの曲がそれぞれの場面に寄り添い、しっかりと盛り上げるべく使用されており、原曲とはまた違った味わいの日本語詞が付されている。
ガシガシ踊る天海祐希
なかでもすごいのが、第17場の「Don’t stop me now」。原曲は、宝塚における暗黙のルールである“すみれコード”【註】に抵触しそうな、なかなかアダルトな内容だが、これを、まさに青春真っただ中、「未来に馳せる大合唱ダンシング」(パンフレットより)に昇華させている。一節をとり上げると……
「今 心に拡がる 空への思い
熱いこの思い 翼をひるがえし
大空へ飛んでゆきたい
夢をのせて……
行く手をさえぎる
嵐や雷鳴にも負けずに
雲をさき 光より速く
遥かな明日めざし
この若さと力 若い夢
燃えつきるまで……」
これを歌う剣幸は、音程が激しく上下するこの難曲を非常に正確に、かつさわやかに歌い上げる。そして周囲では、早いテンポに合わせて若手の演者たちが踊る踊る、踊りまくるのだ。少し前まで仲間たちとしてアーネストにケンカを吹っかけていた天海祐希なども、笑顔でガシガシ踊っている。アップテンポなそのリズムの一拍たりとも無駄にしないような激しいダンスを、実にきびきびと! 「Don’t stop me now」を使ってこのような舞台場面が日本で作られるとは、さすがのフレディ・マーキュリーも予想だにしていなかったのではなかろうか……。
本作『ル・ポァゾン 愛の媚薬』の作・演出は、岡田敬二。今では宝塚らしいレビューを作られることで定評のある巨匠となられたが、若かりし頃のこの作品で、こうした形でクイーンのロックを使用しておられたわけである。「それまでシャンソンばかりだったのを、私はフォークソングとかロックンロールを使って作ってましたから」(2018年5月2日付け「スポーツ報知」記事より)とのご発言があるように、当時としてはかなり斬新だったのだろう。
宝塚においても脈々と息づくクイーン楽曲
そして時は流れて2017年。月組の美弥るりか初のディナーショー(構成・演出:三木章雄)においても、「Somebody to love」「The show must go on」と、クイーンの楽曲が英語歌詞のまま2曲も使用されている。さらに2018年の宙組、和希そら主演の宝塚バウホール公演『ハッスル メイツ!』(作・演出:石田昌也)でも、なんとあの「Bohemian rhapsody」が、またもや英語歌詞のまま、そして驚くべきことにあの長さをほぼそのままに、歌われているのだ。
こうして、ロックのカリスマ、クイーンの楽曲が宝塚においても脈々と生き続けていることの感動。加えて、一連のクイーンの難曲を完璧に舞台で再現できるほどに、タカラジェンヌの歌唱技術も向上しているのだという喜び。あらためてクイーンの楽曲のすばらしさを感じるとともに、2014年の劇団創立100周年以降、人気沸騰のまま飛ぶ鳥を落とす勢いの宝塚歌劇のクオリティの高ささえをも、いちヅカヲタとしては感じずにはおられないのである。
(文=wojo)
【註】すみれコード
劇団の品格を損ない、また観客の「夢」を壊すような内容は、劇団・劇団員から公表されることはなく、ファンも求めないという暗黙の規範。例えば、本名・年齢・給料などの現実的内容が禁じられている。宝塚音楽学校の文化祭では、かつてはパンフレットに芸名と本名が併記されていたが、現在では本名のみの掲載となっている。また、政治・宗教・セックス(3S)についても、芝居でこれらの過激な内容は自粛されている。舞台に登場した、濃厚なラブシーン・下ネタ・政治表現・放送禁止用語に対して「すみれコードギリギリ」といった表現も見られる。(Wikipedia「宝塚歌劇団」より)