19世紀から20世紀前半、欧米諸国では科学技術の進歩によって革新的なものが多く生まれた。常に最新を求めるファッションの分野において、それらは取り入れられたが、贅沢で美しい装いの代償として生まれた悲劇もあった。
水銀まみれの毛皮やヒ素を含む染料、燃え上がるチュチュ……。
『死を招くファッション 服飾とテクノロジーの危険な関係』(Alison Matthews David 著、安部恵子翻訳、化学同人刊)は、有毒な薬品を扱う職人や、それを身に纏った貴婦人など、“死を招くファッション”の犠牲者たちの悲しいエピソードをまとめた一冊だ。
本書より一つエピソードをご紹介しよう。
1904年3月20日のこと、若くて健康な一人のセールスマンが、オハイオ州のトレドで死亡した。彼は亡くなる数日前にセールで一足の靴を買っていた。彼は買ったままでは満足せず、靴の上部の薄い色の布地を、シカゴで購入した液体「靴墨」で染めてから、夜の「ダンスパーティー」に参加した。
彼は靴墨が乾くのが待ちきれずに靴を履いたので、足先から足首にも染みて黒くなっていたという。
彼は知らなかったことだが、その靴墨は劇物「ニトロベンゼン」を含む「アニリン」染料だった。アニリン染料は、現在では広義の合成染料一般の総称として用いられるが、当初はアニリンが主要原料だった。アニリンはベンゼンから製造され、その過程でニトロベンゼンが作られる。
ダンスパーティーのあと、彼はカフェに行き、ビールをいくらか流し込んだ。そこで気分が悪くなりはじめ、気を失い、嘔吐し、友人に付き添われて馬車で帰宅した。ルームメートが医者を呼んだものの、気を失ってからわずか4時間半後、息を引き取ったという。
専門家によれば、ニトロベンゼンの作用がアルコール飲料によって大幅に強められたことが考えられるという。
現在ではまずありえないエピソードだが、当時はまだ危険な染料が知らずに売られていたり、貧困から危険な作業をせざるを得ない女性も多くいたようだ。
華やかなファッションの裏側に隠れた悲劇の歴史を本書から知る事ができる一冊だ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。