人生は悲喜こもごも、いろいろなことが起こります。
時にはにわかに受け入れがたいこともあります。それでも時間は過ぎていくだけ。楽しいときも、苦しいときも、日々は続いていく。今、苦しい時間を過ごしているとしても、数年後、数十年後の自分は、案外飄々と生きているかもしれない。それが人生なのです。
26年前、36歳の時に夫を亡くし、未亡人に。2人の息子は12年前に家から巣立っていき、62歳の今はひとり暮らし。家の中には19歳になる猫と自分だけ。だけれども、周囲には愛すべき家族、愛すべき友人たちがいます。
人気シニアブロガー・りっつんさんの『未亡人26年生が教える心地よいひとり暮らし』(扶桑社刊)は、「足るを知る」という言葉通りの、真の意味での人生の楽しみ方がつづられたエッセイです。
■「ひま」と「孤独」の違いとは?
ひとり暮らし歴12年のりっつんさんは、未亡人になってまだ1年の友人が口にした「ひとり暮らしって、飽きるね」とこの言葉に、「正解!」と乗っかります。
ひとり暮らしは飽きる、というかひま。熱心に夫や子どもの世話をしてきた人はなおさらそう感じるかもしれません。物足りなさから、ふと寂しくなることもあります。ただ、それは「孤独である」わけではないと言います。
なぜなら、遠くで離れて暮らす息子たち、歩いて会える距離にいる友人たち、りっつんさんのまわりには関係を築けている人がいるから。
そして、ひまを持て余すようなら、ひまつぶしを考える。ひまつぶしこそが人生最大の課題。人間はそもそも一人。「ひま」のつぶし方と、自分は「孤独」だと思わないことが、ひとり暮らしを楽しむコツです。
■ひとり暮らしに必要なもうひとつのこと
ひとり暮らし歴12年にも達すれば、暮らし方のスタイルにも慣れるものですが、60歳を過ぎると、やはり心配になるのが「もし体に異変が起きたらどうしよう」ということです。
前述の通り、りっつんさんには近くに住んでいる友人がいます。助かりそうなときは、助かりたい。育った環境も学歴も職業も違うけれど、頼りになる人が近くにいる。
死ぬときはいつでも一人。一人で死ぬ覚悟は持ちつつ、助けてもらう環境を作っておくこと。それがひとり暮らしには必要なことだと強く思っているとりっつんさんは言うのです。
■60歳で亡くなった友人に対する「本音」
子どもたちの幼稚園で知り合った友人・のり子さんは、61歳の誕生日を迎えずに逝きました。最後に会ったのは亡くなる一ヶ月前のほどのこと。彼女が入院している病院のロビーで2時間ほど会話を楽しみました。
世間は60歳という年齢に「早すぎる」と言うでしょう。でも、りっつんさんは「何が早すぎるんだよ」と突っ込みたくなると言います。
のり子さんにあるのは60年生きたという事実。彼女の人生を評価するのは彼女にしかできません。そして彼女は、自分の人生に納得して逝ったんじゃないかと、のり子さんとの最後の時間を振り返ってそう信じます。
自分の人生に納得をして死を迎えられるかどうかは、生きた時間の長短とはまったく関係ありません。納得して死ねるのであれば、それはなんと幸せなことか。
実にさばさばした、ダンディな性格だったというのり子さんに対して、「さわやかな5月の風に吹かれて、ふわりとあちらの世界に飛んでいった彼女をうらやましく思います」と本音をつづります。
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本書につづられているりっつんさんの言葉たちは、穏やかながら、どこか達観しているように見えます。それは、自分の幸せとは何かをいつでも考え、ひとり暮らしをする中でいつでも幸せの近くにいられるようにしているからなのかもしれません。
夫の死を通して「人は必ず死ぬ」ということを教わり、2人の息子を連れてどう生きていけばいいのかを考え、お金や子育てなどの不安に対しては対策をする。りっつんさんのしたたかな言葉が、さまざまな不安に襲われる心を救ってくれるように響く一冊です。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。