労働局に寄せられる「職場のいじめ・嫌がらせ」、つまり「パワハラ」の相談件数は年々増加している。平成20年度には3万件だった相談数は、平成28年度には7万件を超えた。
冗談交じりに「あれってパワハラだよね」と言えるうちはまだいいが、自身や上司の異動、転職などでパワハラが横行する環境に置かれる可能性は誰にでもあるだろう。そんなときに、自衛の手段や知識を持っていないと悲惨なことになる。
『それ、パワハラです 何がアウトで、何がセーフか』(笹山尚人著、光文社刊)は、弁護士である著者が、法的な視点から実例を交えてパワハラを解説した一冊だ。本書では豊富な実例を紹介しながら、どんなことがパワハラに当たるのか、被害者になったときどうすればいいかが示されている。
■「おまえなんか辞めちまえ!」はパワハラになるのか?
そもそも、パワハラとはどんなものを指すのか?
一般的には「職場において、地位や人間関係で有利にある立場の者が、弱い立場の者に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることによって働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」だと定義されるが、著者によれば、実は法律のレベルで「これがパワハラだ」という定義はないという。
しかし、実際に司法はパワハラ事件に対して「それは違法である」と判断を下す。それは、大まかに3つの法的解釈に基づいている。
ひとつ目は、「人格権の侵害」。
人格権とは、名誉や自由といった個人の人格的法益を保護するための権利を指す。行き過ぎた言動によって人格を傷つける行為は法的に許されないということになる。
たとえば、「お前は頭がおかしい」「お前みたいな使えないヤツはゴミと一緒だ」といった暴言は、人格権を侵害していると考えられるだろう。
二つ目は、「安全配慮義務違反」。
企業には、労働者の生命、身体の安全を保つことができるよう、職場環境を整え、実行する義務がある。たとえば、過度な長時間勤務や負担の大きい連日の勤務などは、これに当たる可能性が高い。
三つ目は、「就業環境調整保持義務」。
これは「安全配慮義務」の考え方が発展したもので、上記に加え、使用者は労働者の心身の健康を保つ義務があるという考えだ。
たとえば、労働契約の趣旨の範囲を逸脱する業務に従事させたり、使用者がパワハラを看過したりすることで、労働者の心身や人格を傷つけたと判断された場合、違反だとみなされる。
こうした視点で法の判断が行われるが、被害者が受けた仕打ちが全面的にパワハラに該当すると判断されることもあるし、一部の事柄がパワハラとして認められることもある。法の視点から見ると、パワハラか否かというボーダーラインは曖昧なものなのだ。
著者によれば、法律は結構アバウトで「人格権を侵害する行為はいかんよ」と言っているに過ぎないという。だが、過去のパワハラの裁判例を踏まえるとどのような行為がアウトなのかがおぼろげながら見えてくる。
・有形的な暴力
・配置転換、仕事の取り上げ、過度の仕事の配分
・長時間労働による、労働者の精神疾患(うつ病など)の発症
・言動の暴力(人格権を侵害する言動、業務を逸脱した合理性のない命令など)
法的には、これらの内容や目的、程度、回数などの事実関係を鑑みて、裁判官が判断することになるのだ。つまり、「おまえなんか辞めちまえ!」という上司の言葉も、一概にはパワハラだと決めつけられないかもしれないのだ。
■パワハラへの対抗策は「証拠の確保」と「相談」
では、パワハラに遭遇した場合はどうしたらいいのだろうか? 真っ先にやるべきことは「第三者が後から理解できるようにするための事実の確保」と、その後の「行政機関や専門家への相談」だ。
いつ、どこで、誰が何をしたかをメモに残す。送られてきたメールを紙ベースで残す。ICレコーダーで音声を残す。まず、こうした証拠を残して、事実の確保をする。
ちなみに、相手の承諾を得ずにICレコーダーで会話を録音してもまったく問題はない。民事訴訟では相手の承諾がないことを理由に証拠として認められないことはないのだという。特に、音声記録は言葉だけではなく、その場の雰囲気や語調も第三者に伝わるので有効な証拠になる。
次に、労働問題を扱う行政機関、労働組合、弁護士などへの「相談」をする。被害者自身がパワハラか否かを判断することは難しいので、確保した事実をもとに専門家の鑑定を受けるのだ。
「これはパワハラじゃないのか?」と危険を感じたら、その段階から詳細なメモや音声記録を残すようにしたり、パワハラに当たると思しき過去のメールを確保したりすることが、最善の対処法になる。何も知らないまま心身を壊して働けなくなるのは最悪の末路だ。そうならないためにも最低限の知識は身につけておきたいものである。(ライター:大村 佑介)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。