「野生動物」というとライオンやオオカミ、ゾウやキリンを思い出すが、アゲハチョウやトンボ、バッタやカブトムシといった身近な昆虫たちも立派な野生動物。サバンナに暮らすライオンに負けないくらい、近所に暮らす虫たちも実はダイナミックな自然の営みを繰り広げている。
『昆虫学者の目のツケドコロ』(井出竜也著、ベレ出版刊)は、そんな昆虫たちを日々観察している昆虫学者の目に見えている昆虫たちの営みの世界が少しだけ垣間見える一冊だ。
■ナミアゲハはなぜミカンの木を見分けられるのか
本書では、タマバチ科の生態や分類を専門に研究している国立科学博物館・研究員の井出竜也氏が、誰もが知っている身近な昆虫を通して見えてくる昆虫たちの面白くて奥深い世界を紹介する。
アゲハチョウの幼虫であるイモムシは、私たちの目にはどんな草木の葉でもムシャムシャ食べているように見える。ただ、実は彼らはグルメだ。
アゲハチョウの仲間にはたくさん種類がいるが、その中のナミアゲハの幼虫が食べている葉は決まってミカン科のもの。とはいえ、これは単に好みだけの問題ではない。多くの植物は昆虫に食べられないように、苦みや毒となる成分を蓄えたり、葉を硬くしたり、トゲや毛で覆って食べにくくすることで、昆虫から身を守っている。なので、植物を食べる昆虫は、限られた植物しか食べないものが多い。
生まれてすぐのイモムシは行動範囲が限られるため、近くに食べ物がなければ生きていけない。となると、ナミアゲハのメスは、卵を産むためのミカンの木を探さなければならない。
どうやって探すのかというと、最終的な決め手は「味」なのだという。ナミアゲハの前足には、植物に含まれる化学的な成分を感じ取ることができる毛が生えている。その特殊な毛を使って、幼虫の餌として適しているかを確認しているのだ。
ミカンの木に飛んできたアゲハチョウは前足で太鼓を叩くようにバタバタと動かす。これはドラミングと呼ばれるもので、この動作によって、前足の毛を使い、ミカンの味を確かめているのだ。
夏が近づき、虫をよく見かける季節になった。本書に紹介されている身近な昆虫を見かけたとき、ちょっと足を止めて観察してみると、ナミアゲハがドラミングしているかもしれないし、イモムシがミカンの葉をかじっているかもしれない。気に掛ければ見えてくる昆虫たちの世界を垣間見てはどうだろう。ちょっとした散歩の時間が、より一層楽しくなるはずだ。(T・N/新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。