オリンピックのテーマにもなった「多様性」。人間の世界には、民族や文化、地域、価値観などさまざまな「多様性」がある。しかし、生物の世界をのぞいてみるともっとすごい。そこには多様性に満ちた世界が広がっている。
生物たちの種の多様さは何を示しているのか。そして、多様な生物たちから私たち人間はどんなことを学べるのか。
静岡大学大学院教授で農学博士の稲垣栄洋さんが執筆した『はずれ者が進化をつくる』(筑摩書房刊)には、「個性」をテーマにしながら、生物の生存戦略を学ぶことができるエッセイがつづられている。
■生き残るのは「ナンバー1」か「オンリー1」か
生物の世界は弱肉強食。ナンバー1の者だけが生き残るという考えがある。一方で生き残るためには「オンリー1」の方が大事だという考えがある。
「ナンバー1」か「オンリー1」か。生物たちの世界は、この問いに対して明確な答えを持っていると、稲垣さんは述べる。その答えとは「ナンバー1しか生きられない」ということだ。
この法則を証明する「ガウゼの実験」と呼ばれる実験がある。
旧ソビエトの生態学者であるゲオルギー・ガウゼは、ゾウリムシとヒメゾウリムシの2種類のゾウリムシを1つの水槽で一緒に飼う実験をした。最初は共存していた2種だったが、やがてゾウリムシは減少し始め、最後にはいなくなってしまった。
これは、2種類のゾウリムシがエサや生存場所を奪い合い、片方が滅ぶまで競い合った結果である。このように自然界では、激しい競争が日々繰り広げられている。つまり、「ナンバー1」が生き残る世界なのである。
しかし、その一方でこの世界にはたくさんの生き物がいる。もし、ナンバー1の生き物しか生き残れないとすれば、この世の中にはそのナンバー1の1種類しかいないはずだ。
そのカギを解くのが「オンリー1」である。
ガウゼの実験には続きがあった。ゾウリムシの種類を変えて、今度はゾウリムシとミドリゾウリムシの2種類で実験をしてみた。すると、この2種は1つの水槽の中で共存し続けたのである。
ゾウリムシとミドリゾウリムシは生き方が違っていた。ゾウリムシは水槽の上の方で浮いている大腸菌をエサにし、ミドリゾウリムシは水槽の底の方で酵母菌をエサにしていた。つまり、水槽と上の方と底の方でそれぞれ「ナンバー1」の存在だったのだ。
この「ナンバー1」を分け合って共存することを、生物学では「棲み分け」という。自然界には分かっているだけでも175万種の生物が存在しているといわれるが、それは少なくとも、175万通りのナンバー1があるということになる。稲垣さんはこう述べる。
「ナンバー1のポジションを持っているということは、オンリー1の特徴を持っているということになります」(p.102より)
■どんな人にも自分の力を発揮できる場所がある
稲垣さんは地球上に棲むすべての生き物は、ナンバー1になれるものを持っていると述べる。このナンバー1になれるオンリー1のポジションを生態学では「ニッチ」と呼ぶという。
生物にはそれぞれ各々が持っている力を発揮できる「ニッチ」がある。そして、それは私たち人間それぞれにも当てはまる。
もし、自分が魚だとしたら、水中をすいすい泳ぐことができるが、陸上を歩くことはできない。大切なのは水を探すことだ。また、自分がダチョウだったら、誰よりも強い脚力で速く走ることができるが、他の鳥のように空は飛ぼうとすると、飛べないダメな鳥になってしまう。ダチョウは陸の上でこそ、力を発揮できる鳥なのだ。
自分がダメな存在だと思うこともあるだろう。でも、稲垣さんはこう述べる。もしかしたら、「陸の上でもがいている魚」「飛ぶことに憧れるダチョウ」になってはいないだろうか、と。どんな人にも自分の力を発揮し、輝ける場所がある。持っている力を発揮できるニッチを探すことが大切だと、稲垣さんはエールをおくるのである。
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本書では「個性」「ふつう」「区別」「多様性」「らしさ」「勝つ」「強さ」「大切なもの」「生きる」という9つのトピックをもとに、生き物たちの生存戦略がつづられている。そしてそれは私たち人間も学ぶべき部分がたくさんあることが分かる。
どうやって生きていいのか分からない。自分には秀でるものが何もない。そんな悩みに答えてくれるのは、意外な生き物かもしれない。(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。