(右)「週刊ダイヤモンド 6/9号」
「週刊ダイヤモンド 6/9号」の大特集は『家電敗戦 失敗の本質 ソニー、パナソニック、シャープが呑まれる日』だ。ダイヤモンド社は『「超」入門 失敗の本質』(鈴木博毅著)がベストセラーになっており、その便乗的な特集タイトルになっているが、その内容は読み応えがある。
日本を代表する家電御三家である、ソニー、パナソニック、シャープが2012年3月期決算で、3社とも過去最悪の最終赤字に転落。それに伴って多数の事業撤退や売却がささやかれている。その買い手となるのが中国、韓国、台湾のメーカーだというのだ。
台湾の世界最大のEMS(電子機器受託製造サービス)である鴻海(ホンハイ)グループ(ブランド名・フォックスコン)が御三家の一つ、シャープへ資本参加、筆頭株主になったのが今年3月。記事によれば、この資本参加の背景には、台湾の鴻海(ホンハイ)は生産規模で韓国のサムスングループと互角の争いを繰り広げており、より競争力をつけるために、シャープの知的財産の無償使用や研究開発部隊を利用したいという思惑があるのでないか、という。
それどころではない。エンジニアの引き抜きも過熱している。
「契約金2000万円」「年俸は手取りで3500万円を約束」「秘書、運転手、家具付きマンション」……数年働けば、日本企業の生涯賃金に当たるお金が懐に入り込んでくる、なんとも魅力的な待遇だが、これは、韓国のサムスングループがある日本の大手家電メーカーで電気自動車(EV)用のリチウムイオン電池を開発してきたエンジニアに提供してきた条件だという。
サムスンは日本の設計思想や技術をキャッチアップするために、エンジニアの引き抜き攻勢を97年から本格化させており、今では横浜市鶴見区にある「サムスン横浜研究所」を中心に200~300人ほどの日本メーカーのOBが在籍しているという。
ダイヤモンド編集部は、サムスンのヘッドハンティングの候補者リストを独自入手。パナソニック、シャープ、三菱電機、ダイキン工業などの数十人の技術幹部たちの氏名が並び、その横にはメールアドレスから自宅住所まで並ぶ。提示される年間報酬額は数千万円から一億円を超えるケースもあるというのだ。サムスンが欲しがる人材は、「環境」「エネルギー」、省エネ性能が求められるエアコンや洗濯機などの白物家電、そしてパワー半導体など日本が強い分野だ。
実際の労働環境はどうか。中国のハイアールは昨年11月にパナソニックが子会社化した三洋電機の白物家電事業を買収した。社員によれば「買収されたら、奴隷のように扱われるのではないか」という恐怖すらあったが、実際には三洋電機の「AQUA」ブランドが展開され、ジリ貧だった開発費も豊富になり、新しいチャレンジができるようになったという。そして、日本メーカー顔負けの日本らしい商品が登場し始めているのだ。
ハイアールは京都に開発センターをすでに設けており、2014年に大きな開発拠点を作るために埼玉に2万平方メートルの土地を購入済みだという。
次に中国の企業が欲しがっているのは、エコカーに用いられる車載用部品や半導体。中国国内で部品から車体までの一貫生産が狙いだという。
特集記事の中でハイアール社の副総裁がインタビューに答えているが、日本の企業の理念と社員の素晴らしさは手放しでほめるが、日本の企業の経営は「チャレンジ精神をあまり感じない」「日本メーカーの『年功序列』という仕組みを破るのはなかなか難しい」「(中国では)私たち本社の役員クラスも、常に昇格と降格にさらされている。これは日本の組織ではないことだ」と厳しい競争が社内にもあると指摘している。
特集の後半では「国内家電3社は変われるか?」、いずれもこの春に社長が交代した家電御三家である、ソニー、パナソニック、シャープの現状をレポート。しかし、”失敗”トップはすべて役員残留。これまでの失敗を総括せずに、抜本的な変化の予兆さえ見えてこない現状に復活の兆しがないと痛烈に批判している。
「ダイヤモンド」といえば、前CEOのストリンガー体制時代に、4月以降もCEOを続けようとするストリンガーを裸の王様、機能不全のマネジメント体制に迫り、ソニーにストリンガーとの決別を勧告した「週刊ダイヤモンド
2/4号」特集『さよなら!伝説のソニー』があるが、そのときと同じスタンスで、痛烈な批判を繰り広げている。
今回の特集のなかでは、パナソニックもシャープも新社長は社内で一定の評価を受け始めているといった好意的なコメントが紹介されているが、ソニーの平井新CEOに対してだけは「女性からはイケメンで受けがいい」という人物評だけが紹介されているのが切ない……。「ダイヤモンド」の内容を読めば読むほど、その迫真の内容からは、ソニーの現経営陣から失脚させられたOBたちが全面協力をしているのでないかと思えてくる……怨嗟のようなものさえ感じられるのだ。
「ベンチがアホだからやめた」はかつてのプロ野球選手の引退時の名言(迷言)だが、「経営陣がアホだからアジア資本のメーカーに移ろう」という人もますます出てくるのではないだろうか。好条件で、アジア資本からヘッドハンティングされたいなら、「環境」「エネルギー」、半導体などに詳しくなることだろうか。
多くの文系読者は最後まで読み通すことができるか!?
これからの時代は外国人エグゼクティブと積極的なコミュニケーションが必要になる。そのツールには英語と同時に数字が必要だ。
「週刊東洋経済 6/9号」の大特集は「数字脳を鍛える あなたを変える新発想データ術」。この春から中学校で導入され、高校では来年度から導入される新学習指導要領では、「生きる力」を育むという理念の下、思考力・判断力・表現力などを育てることを課題としている。その中でも重視しているのが統計教育だ。
政治、経済、社会のあらゆる領域で有権者、あるいは消費者がデータを基に判断しなければならない課題が増えている。国際社会で活躍する人材を増やすためにも数字、データに関するリテラシーを引き上げる必要性が高まっているのだ。
これから必要なのは数字を使ったコミュニケーション。平均値と中央値の違いは?
GDP(国内総生産)、主要都市の人口の大まかな数字は知っているか? エクセルはグラフ化だけでなく、相関や単回帰分析まで使うことができるか? といった基本的だが、重要な内容を次々に繰り出している。ただし、「平均値と中央値の違い」の説明するページでは、「中央値」の説明が見つけにくい。特集ページのいちばん最初(出版業界でいう総とびらページ)に「中央値」=「全データを小さい順に並べたときに真ん中にくる値」と書かれているが、それを見落とすと最後まで「中央値」の意味がわからないまま読まなくてはいけない羽目になるなど、多くの読者である文系読者にとっては最後まで読み通すのが少々ツラい……(私ももう一度読み直してやっと説明を見つけた!)。
今回の特集でいちばん重要なポイントは官公庁が発表するデータをマスコミが報道する際に、マスコミは指標の意味をわからずに伝えてしまっているという問題だ。
たとえば、新聞は、「有効求人倍率(有効求人数/有効求職者数)は上がったが失業率も上がっている」場合、「雇用情勢はまだら模様だ」などと報道したりする。しかし、みずほ証券チーフマーケットアナリストの上野泰也氏によれば、指標の意味が分かっていれば、有効求人数は一致指標(景気の流れに合わせて遅れて現れる経済指標)、失業率は遅行指標(景気の流れよりも遅れて現れる経済指標)であることから「(一致指標である)有効求人倍率の上昇で、いずれ(遅行指標である)失業率も下がるだろう」と報道するのが正しいと指摘する(「達人エコノミストに聞く経済指標のホントの見方」)。
また、今年2月、2011年の貿易収支(輸出-輸入)が31年ぶりに赤字(通関ベース)になったと発表されると、「円高が原因で輸出が減ったのだ」という説明がなされたが、日本総合研究所調査部主席研究員の藻谷浩介氏によると、国際収支統計を見ると、原油価格が上がって、LNG(液化天然ガス)が値上がりした影響が大きい、つまり輸入が増えたというのが真実だという(『数字オンチは国を滅ぼす』)。
5月17日に2012年1~3月期の「実質GDP成長率」(いわゆる経済成長率のこと)は「年率4.1%増」と発表・報道されたが、関西大学会計専門職大学院特任教授の吉本佳生氏によれば、今年はうるう年で2月29日分のプラスがあるが、このうるう年の「季節調整」は行っていない。このうるう年の影響は2012年1~3月期で1.1%、年率にするときは、単純に4倍に計算するために、4.4%になる。つまり、「年率4.1%増」という報道された数値は、うるう年の誤差の範囲内。仮に、うるう年調整をしたら、年率はほぼゼロ%成長になるというのだ。また、昨年3月は東日本大震災があったため、昨年のデータには特殊事情もあり、「計測不能」と発表・報道してはどうかとする(『うるう年要因無視したGDP報道に異議あり』)。
つまり、今回の特集は、経済指標の見方が分かっていないマスコミがしっかり読むべきものといえるだろう。しかし、電機メーカーよりも旧態依然とした雇用体系のなかで、ガラパゴス化したマスコミがそうした危機感を持つことができるだろうか。
(文=松井克明/CFP)