医者が「奴隷にしてほしい」とせがみ、サラリーマンが思いきりビンタされるために足を運ぶ場所がある。そこでは、メイドたちが“お給仕”をしていて、客は「ご主人様」と持て囃される。日常から切り離された“異空間”だ。
女性がメイドの姿をして接客をするお店は、都市部であれば比較的どこでも見かけるようになった。それだけ、メイドという文化が広がっているということなのだろうが、その総本山はやはり秋葉原(アキバ)だ。
アキバにはメイドビジネスの最先端がある。流行も、そして摘発もまずこの街で起こる。では、その現場はどのようになっているのか。
『職業としてのアキバ・メイド』(中央公論新社/刊)は、2009年始め頃からアキバのメイドリフレ(メイドがリフレクソロジーの施術を行うお店)で働き始め、約4年間勤め上げたフリーライター・中川嶺子氏が、アキバのメイドたちの“実態”を明かすレポートである。
メイドになるのはどんな女の子たち?
どんな女の子たちがメイドとして働いているのか? 中川氏によれば「10代後半から30代前半くらいまでがおり、中でも10代後半から20代半ばくらいが多い」という。また、学生やフリーターだけでなく、就職している人が副業として働いているケースも多いようで、「意外と一人暮らしをしている子が多い」と明かす。
一人暮らしはお金がかかるもの。もしかしたら、お金に困っている女の子が多いのでは?という疑問が膨らむ。では、彼女たちのお金に対する意識はどうなのか?
まず給料だが、アキバではメイド喫茶なら週4、5日、7~8時間働くと、一ヶ月で十数万円、メイドリフレで同じ条件ならば十数万円から20、30万円ほどの収入になるそうだ。中川氏は、アキバのメイドたちのお金に対する意識について「そこそこ生活ができて遊べるお金があればいいと考えている女の子が多い」と指摘する。
もちろん、ひとまとめにはできないが「のんびりと楽しく働ける」という部分が、女の子たちが魅かれる要素のようだ。
メイドにハマる“ご主人様”5つのパターン
一方、メイドにハマる客、つまり“ご主人様”はどのような傾向があるのか。
一言でいえば“多様多種”だ。あらゆる趣味嗜好を呑み込む街・秋葉原にあるメイド喫茶やメイドリフレに訪れる客たちも、多様である。サラリーマンや学生だけでない。経営者や医療従事者もいるし、公務員や神父、僧侶まで。彼らが日々のストレスを抱えながらこっそりと訪れ、心を癒す場になっているのだ。
中川氏は“ご主人様”たちの全般的な傾向を踏まえた上で、5つに類型化してそれぞれのエピソードを紹介しているのだが、これが面白い。
・〈ピュア系〉メイドさんから可愛がられた小動物系Kくん
・〈恋愛系〉勘違いナルシストRさん
・〈ヘンタイ系〉奴隷にして欲しいと懇願する眼科医Gさん
・〈嫌われ系〉キャスト全員に嫌われていた空気の読めないMさん
・〈特殊性癖系〉ビンタが大好きなSさん
〈ヘンタイ系〉に括られた眼科医Gさんは、普段は真面目に働き患者からの評判も良く、穏やかで真面目そうな性格だったが、何度かメイドリフレに通うと、クールビューティーなSちゃんを気に入り、指名するようになった。
Sちゃんは見た目の印象通り少しSっ気のある女の子で、その雰囲気を察知したGさんは「自分はMだ」と告白。リフレの施術を痛くしてほしいと希望し、「足で頭を踏んで欲しい」とまで言い出したそうだ。仕方ないと要求を受け入れたSちゃんだったが、調子に乗ったGさんの要望はさらにエスカレート。Sちゃんを“様”付けで呼び、自ら持参した手錠を嵌めての施術を望み、ついにはSちゃんの奴隷にして欲しいと懇願しはじめた。
実は、Gさんはもともと本格的なSMクラブに通う根っからのMで、年齢を重ね、体力的にハードなプレイができなくなり、アキバのメイドリフレに行き着いたのだそうだ。
他の4人のエピソードも、微笑ましいものもあれば、痛々しいものもあり、引き込まれてしまう。
また、“ご主人様”たちが最も知りたい(?)「メイドさんの本性」については、1章まるごと割かれてつづられており、「現実」をまざまざと見せつけられる。
本書でつづられている萌え業界のオモテとウラ。それは、衝撃的でありながら、ある意味イメージ通りでもあった。おそらく、アキバでは、書かれていること以上にもっと様々なことが起こっている。きっと、この本では見えてこないアキバ・メイドの姿もあるのだろう。
それでも本書は、アキバ・メイドの現在を知る上では、うってつけの一冊であるといえる。
(割井洋太/新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。