中国自動車市場の減速
中国経済の減速が論じられて久しい。6月の上海株式市場の暴落以降、明らかに潮目が変化している。政府による市場統制や経済統制がなければとっくにバブル崩壊しているという指摘や、各種経済指標が作為的で実態より良い数字になっており信用できないとの指摘もなされている。それらの真偽は定かではないが、貿易量の減少などを見ても中国経済が高度成長期を終え、次の経済ステージに入りつつあることは確かだろう。その状況は、1970年代後半に安定成長への転換が叫ばれた日本の姿に重なるようにもみえる。
このような中国マクロ経済の変化に対応して、世界最大である同国自動車市場もやや軟化が目立ってきている。落ち込みは主として商用車系であり、乗用車系はSUVやMPVの拡大が続いており、2015年上期も微増を示している。日本系ブランドは厳しい環境ながらも比較的善戦しており、米系、独系、韓国系がいずれも上半期で出荷台数を減らしたのに対して、市場趨勢以上の伸びを示している。SUV系の人気が高い本田技研工業(ホンダ)、トヨタなどは2ケタ台の伸びを見せていることが奏功したのであろう。
しかし、日本自動車工業会会長定例会見の席で池史彦ホンダ会長は、個人的な見解とした上で、「中国の実体経済は深刻である」というコメントを述べているが、その理由は何か。
過剰供給力の表面化
中国経済が固定資本の投資を拡大することで成長してきたことは周知である。中央政府も地方政府も大胆なインフラ投資を拡大し、民間は積極的に設備投資を行ってきた。これらはいずれも極めて大胆で、過剰とも思えるものであったが、過去10年程度は着実に需要もそれに応じて拡大してきたので、問題は表面化しなかった。
仮に無駄な投資であっても、その無駄遣いは企業・国民の収入となり、その収入が消費や投資にさらに回る限り経済は成長する。経済が成長すれば無駄と思われた投資も実需に見合うものであり、無駄ではなかったということになる。
しかし、さすがに過去の大胆な投資のつけは表面化し始めた。自動車産業についていえば、今年中にその生産能力は年間5000万台に達するといわれており、現在の中国市場の倍に匹敵する。どう考えても過大な供給力ということになろう。
過剰な供給力を持ってしまった産業のたどる道は、過大な販売在庫、価格の下落、そして押し込み販売である。メーカーもディーラーも揃って収益面で厳しい状況に直面することになるであろう。市場の規模とは裏腹にこのような事態が自動車産業の各所で普遍化しており、このような事態が、前述した池氏の談話につながっているのだろう。
輸出で切り抜けられない体質
過剰供給能力がある場合の対処方法は、海外に需要を見つけるということだが、集中豪雨的輸出、近隣窮乏化政策として国外から批判を浴びるものでもある。例えば70年代の日本産業はまさにそのような批判を浴びたものの、経済は成長を遂げ、世界経済の機関車となっていった。その後自動車産業をはじめ、多くの産業の対外直接投資が進行していった。鉄鋼、化学、繊維などの素材系、あるいはコモディティ(汎用製品)であれば、中国産業もそのような方向をさらに強めていくだろう。
しかし同様の展開を自動車産業で行うのは、2つの要因から大変困難であろう。
第1に、総じていえば中国の自動車産業に国際的な競争力は乏しいという点である。国際的な競争力のないものを受け入れる市場は、さらに発展段階の低い途上国市場であり、その規模は決して大きくない。
第2に、国際競争力のある外資系メーカーは、一部を除きグローバル供給拠点として中国外の拠点をすでに配置しており、これらの稼働を調整して中国拠点の稼働を維持することは難しいという点である。
民族系メーカーの整理淘汰が生じる
中国自動車市場は、将来的には年間3000万台を超過することが見込まれている。現在の水準に日本市場の販売台数がさらに上積みされる規模である。しかし中期的には、現在の水準にとどまる可能性が高い。そうなると、現在の生産能力、供給能力を前提にするなら、工場の稼働率が50%程度と大幅に低下することになる。この数字は平均値であり、当然メーカー間でこの稼働率にも大きな格差が生じるだろう。つまり、採算の取れる水準である70%以上を維持できる企業と、それができないだけでなく50%以下の水準にとどまる企業である。
日系企業はおおむね維持が可能であろう。なぜなら、多くはこれまで設備投資を極力控えてきたし、海外市場への振り向けもその気になればまったく不可能なわけではない。一方、外資合弁と無関係な中国系企業は、すべて苦しい状況に追い込まれるであろう。
実は中国政府の自動車産業政策の通奏低音として、「100社を超える乗用車供給企業の少数への整理」という考え方があるが、結果的に現在、それが初めて実現できる環境条件が整いつつある。しかし、それは中国政府の意図に反して、外資系の優位と引き換えというかたちになる。
(文=井上隆一郎/東京都市大学都市生活学部教授)