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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」第11回

日本企業が世界で復活する“たった一つ”の方法〜欧州企業が米中の競合に負けないワケ

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
日本企業が世界で復活する“たった一つ”の方法〜欧州企業が米中の競合に負けないワケの画像1「Thinkstock」より

 数多くの大企業のコンサルティングを手掛ける一方、どんなに複雑で難しいビジネス課題も、メカニズムを分解し単純化して説明できる特殊能力を生かして、「日経トレンディネット」の連載など、幅広いメディアで活動する鈴木貴博氏。そんな鈴木氏が、話題のニュースやトレンドなどの“仕組み”を、わかりやすく解説します。

 戦略の原点は、自分の得意な土俵に相手を引きずり込むことにある。

 最近、苦境に陥った企業の方とお話しをする機会がある度に、結局はここに解があるのではないかと改めて考えさせられることが多い。

 例えばソニーの強い土俵は、私はヨーロッパ部門のデザイン力にあると思っている。アップル製品の洗練されたデザインに対抗できる日本企業があるとすれば、ソニーの名前が本来は筆頭に挙がるはずだ。

 パナソニックの強みは、もともとは販売力、そしてその販売力によって形作られるシェアを背景としたパワーゲームになるとパナソニックは強い。

 トヨタの強みはカイゼンにある。日産の強みは技術にある。こういった、自分が本来得意な土俵がどこにあるのかに立ち戻ることが、戦略の原点なのだ。

 私自身が、戦略家として歩み始めた当時、最初に教わったエピソードとして印象に残っているのが、歴史上のローマとカルタゴの戦いの話である。紀元前3世紀当時、ローマは世界最強の陸軍を誇り、カルタゴは世界最強の海軍を誇り、この二大勢力が地中海をはさんで拮抗していた。第一次ポエニ戦争が起きて、両雄は相まみえることになるのだが、屈強なローマ兵も地中海ではカルタゴの海軍には勝てない。

 ちなみにこの当時の海戦がどのように行われていたかというと、それは船のぶつけ合いである。巨大なガレー船同士を海上でぶつけ合って相手を沈めたほうが勝ち。そのようなルールの下で、カルタゴは造船技術と操船技術の両方においてローマよりも優れていた。海はまさにカルタゴが得意な土俵であって、いくらローマが頑張って新しい船を建造しても、結局ぶつかり合いのルールではカルタゴを凌駕することはできない。

 ところがローマは途中で発想を原点に戻し、自分の得意な土俵でカルタゴと戦闘を行うことを発想する。ローマの得意な土俵に引きずり込まれたことで、最終的にカルタゴは敗北し、以後、地中海の覇権はカルタゴからローマに移ることになる。

 ローマ軍の発想については後で種明かしをするとして、ここには競争で苦しむ日本企業にとってのヒントがあることを強調しておきたい。

 2013年現在、日本企業が直面する苦境とは、

 ・グローバルな競争相手の圧倒的な規模に勝てない
 ・ITを武器とするイノベーションによって自分の製品が陳腐化していく
 ・中国をはじめとする新興国に製造コストで勝てない
 ・それらの要素を組み合わせた国内の新興の競争相手に価格競争を仕掛けられる
 ・対抗するための資金調達が十分にできない

といったあたりが共通点ではないだろうか。

 カルタゴの脅威に直面したローマ軍をイメージしていただきながら、日本企業が直面するこの苦境について考えると、圧倒的な規模を獲得する方向に向かうか、ITによるイノベーションに投資をするか、本社ごと新興国に移して中国企業になってしまうかといった正面作戦で立ち向かうしか、生き残る選択肢はないように思えてしまうのだ。
 
●個性的なグローバルニッチが多い欧州企業

 実は同じような環境変化、同じような脅威に囲まれていても、ヨーロッパの企業群は違う生き残り方を選ぶ傾向が強い。おそらく想像だが、ローマ史についての理解の深さが日本人とは違うこともあり、採る戦略が異なるのではないか。

 家電業界ではヨーロッパには個性的なグローバルニッチが多く存在していて、基本的には自分が強い土俵に勝負を持ち込むことで、結果的に低価格で攻めてくる中国企業に負けてはいない。日本でも有名な企業名を挙げれば、たとえば調理家電分野で強いフランスのグループセブ(商品ブランドのティファールのほうが有名か)の場合、電気ケトルのデザイン性や性能が高い評価を受けていて、価格の安い電気ケトルには代えがたいという市場地位を勝ち得ている。

 スウェーデンのエレクトロラックスの場合は、マーケットシェア的には世界2位の白物家電メーカーであるが、デザイン重視で、業界1位の米国メーカーの低価格路線とうまく戦わずに土俵をずらしている。日本では「エルゴラピード」という独特のデザインの掃除機がコードレススティック型掃除機分野でシェア1位になっているので、「ああ、あの会社か」とわかる方も少なくないのではないか。

 掃除機では世界で最初にサイクロン掃除機を開発したダイソンも、日本で7割のシェアを持つロボット掃除機・ルンバを開発したiRobotも、どちらもイギリス企業である。

 このように小さな池に市場を区切ったうえで、その池で巨大な魚として成功する企業がヨーロッパには多いのだ。

 以前、ある分野のヨーロッパの市場リーダー企業のトップの方に、「なぜ、ヨーロッパにはこのようなグローバルニッチで成功している企業が多いのか?」と訊ねたことがある。そのときの答えは、次のようなものだった。

「ヨーロッパは国ごとに制度も顧客ニーズも異なる。そういった土地で長年戦ってきたから、顧客セグメントが細分化されればされるほど、ヨーロッパ企業にとって戦いやすい土俵が出現するのだよ」

 アメリカ的なグローバル覇権戦法や中国的な低コスト高品質戦術は、単一の大きな市場では有効でも、ヨーロッパのような細分化された市場では、なかなか有効な展開ができないのである。

 日本は以前、「一億総中流」と呼ばれた大規模単一市場だった。だからアメリカ企業や中国企業に攻略されてしまったともいえるのだが、ひるがえって考えてみれば、この20年で格差も広がり、顧客ニーズも極めて多様化してしまっている。ということは、ヨーロッパのようなニッチで強いという戦いを仕掛けるには都合のよい市場に、いつの間にか日本社会も変質しているのかもしれない。

 だとすれば、アメリカや中国が強い土俵で戦い続けるよりも、一度、自社が本当に強い土俵とはどこだったのかという原点に立ち戻って、自社に都合のよい戦法での戦いを仕掛けるというのは、意味のある考察になるのではないだろうか。

●自分の強い土俵に相手を引きずり込む

 さてここで、冒頭の歴史的エピソードの話に戻ろう。ローマ軍はカルタゴ海軍をどう破ったのか?

 ローマ軍は、海の戦いを陸地での戦いに変えたのだ。コルウス(カラス)と呼ばれるイノベーションが、それを可能にした。コルウスとは船のへさきにとりつけた架橋装置である。ローマ軍は海戦で、突入してくるカルタゴ軍の船に対して、すれ違うように操船する戦法を編み出した。船同士がナナメにぶつかった瞬間に、ローマの船からカルタゴの船へとハシゴのようなコルウスが降ろされる。コルウスの先端には鋭い鉤がついていて、これがカルタゴ船の甲板にがっしりと食い込んで、ふたつの船が陸続きになる。

 そこで世界最強のローマ陸軍が、一気にカルタゴ船へと乗り移って、剣による白兵戦に持ち込むのである。海戦だからこそカルタゴ軍に勝てなかったローマは、こうして海の上での陸戦に戦いの土俵を持ち込むことで、カルタゴ海軍を打ち破ることになったのだ。

 この話を披露した際に、ある大企業の経営者の方が語ってくれた言葉が印象的だった。

「そうだよなあ。大企業にとって、新しい戦力を育てるのは時間が間に合わない時代だからな。数年間で競争前提が変わる現代においては、自分が本当に強い土俵に相手をひきずり込むのが唯一の戦い方なんだと思うよ」

 けだし名言である。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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