すでに報道されているように、VWが搭載した違法ソフトの開発を行ったのは、独自動車部品大手のボッシュである。ボッシュは2007年、VWに対してソフトはあくまでテスト走行用であり、市販車に搭載すれば違法であることを文書で警告していた。VWが不正ソフト搭載車販売を始めたのは、翌08年だ。さらに11年にはVW社内の技術者が、ソフト搭載は違法であると指摘していたという。
驚いたことに、EUもまた13年に違法ソフトの問題を把握していたにもかかわらず、問題を放置していたようだ。
今回の不正発覚の発端は、13年にNPOのICCT(国際クリーン交通委員会)が米ウェストバージニア大学で研究者を雇って行った排ガス検査だった。VWはこの検査結果を受けて14年12月に50万台をリコールし、「問題は解決した」とした。しかし、ICCTが修理後のVW車を再検査したところ、ほとんど状況は変わっていなかった。
VWはその後、調査妨害や言い訳を続けたとされるが、ソフトウェアに疑惑が向けられると観念したようにVWの技術者が“白状”し、ICCTの連絡を受けてEPA(米環境保護局)が調査を行った。その結果が9月18日に発表され、不正が明らかになったのだ。
悪質な犯行
今回の不正は、一般的な試験を行っただけでは見抜けなかったといわれている。米カリフォルニア州の環境規制は、世界でもっとも厳しいといわれる。その当局が見抜けないように仕込まれていたのだから、周到に用意された犯行だったといっていいだろう。悪質といわざるを得ない。
実際、問題のソフトウェアはECU(電子制御ユニット)に組み込まれており、きわめて巧妙につくられていた。走行時に一定時間ハンドルが動かないなど、検査特有の条件を検知して、検査モードと実際に走行するときのモードを切り替える仕様になっていたのだ。
指摘するまでもなく、燃費性能と排ガスクリーンは、いわばトレードオフの関係にある。一方を追求すれば、他方を犠牲にせざるを得ない関係だ。したがってVWは検査モードではNOx(窒素酸化物)を抑える装置をフル稼働させて排ガスをクリーンにし、実際の走行モードではその装置の働きを弱めていた。つまり、走行時は、排ガスクリーンを犠牲にして燃費を重視するモードに変化させていたというわけだ。
VWは、世界1100万台に同ソフトが搭載されていると発表した。対象車種は、「ゴルフ」「ビートル」「パサート」「ジェッタ」などVWを代表する車種のほか、アウディの「A3」も含まれ、米国では48万2000台がリコールの対象となった。
さらに、欧州でも不正を認めた。米国に続きカナダ、ドイツ、フランス、イタリア、インド、韓国などが、VW車両の排ガス調査開始を発表した。ドイツだけで280万台が検査対象となる。VWは、ただちに対処費用として引当金65億ユーロ(約8700億円)の計上を発表した。
マネジメントの失敗
では、VWを不正に走らせた原因はどこにあるのか。
一つは、完全に「マネジメントの失敗」である。すなわち、拡大路線の失敗だ。振り返ってみれば、急成長を続けていたVWの経営には危うさがあった。
VWの抱えるブランドは、拡大路線を走るなかで12ブランドにも増えていた。マルチ・ブランド化が躍進の秘密の一つといわれてきたが、15年内にはじつに50車種の新型車(年次改良を含む)を投入する計画だった。信じがたい数字である。
VWは今年4月に辞任した元CEOのフェルディナント・ピエヒ氏と前CEOのヴィンターコーン氏が、二人三脚で拡大戦略をひた走ってきた。ヴィンターコーン氏が07年に社長に就任した当時、販売台数は約570万台だった。それを、大胆にも18年までに1000万台にするという高い目標を掲げたのだ。
目標達成に向けて、M&A戦略を積極的に進めた。そして向かった先は、年間販売台数が2000万台を超え、米国を抜いて世界一の中国市場だった。現在、中国での販売台数は300万台を超え、中国市場でトップ。結果、4年前倒しで14年に目標の1000万台を実現した。この間、売上高は2倍近くに増えている。VWは18年までに3兆円の投資をして、生産能力を500万台に引き上げるとしている。
さらにVWは、トヨタを抜き去り、世界一の地位を盤石のものにするために、市場規模1600万台で世界第2位の米国市場攻略を進めた。米国での拡大は、VWの悲願であり、最重要課題だった。
というのは、VWは1978年に米国生産を開始したものの販売が振るわず、88年にいったん現地生産から撤退した。その後、「米国で100万台」を掲げ、11年に23年ぶりに現地生産に踏み切った。米国専用モデル「パサート」の生産を開始したのだ。
ところが、米国市場の販売台数はVWの思惑通りに運ばなかった。15年の販売台数は約55万台で、トヨタの273万台に比べると、その差は歴然としていた。
VWはトヨタに追いつくためにも、米国市場での販売を一気に加速する必要があった。その起爆剤がクリーン・ディーゼルだった。失敗は許されないという圧力が、今回のディーゼル・エンジンの不正につながったことは容易に想像できる。
進行していた深刻な事態
こうした拡大路線のウラでは、深刻な事態が進行していたのだ。VWの営業利益率は、トヨタの約10%に比べて約6%と低迷していた。利益率の高い高級車ブランドを除き、中核ブランドである小型車中心のVW単体の利益率に至っては2%台にすぎなかった。
これは、「成長」というより「拡大」のための「拡大」に陥った証しである。実はVWが09年にスズキと包括提携を締結したのは、スズキの小型車の生産ノウハウが欲しかったからだといわれた。一方、スズキはVWの環境技術に期待したといわれた。ところが、拡大路線を走るVWは、スズキを傘下におさめようとするばかりで、スズキが期待した環境技術の提供は得られず、それが提携ご破算の原因といわれた。今振り返ってみると、VWはスズキに環境技術を提供しようにも、そもそも技術を持っていなかったのではないかという厳しい見方もできるのだ。
思い起こしてみれば、VWは90年代にはホンダと同規模の会社だった。環境技術に巨額な費用がかかることから、自動車業界では2000年前後に国際再編が叫ばれ、当時トヨタが買収相手として考えているのはVWではないかと、冗談半分で語られたものだ。
それが、あれよあれよという間に販売台数を伸ばし、トヨタに拮抗するようになった。それは、常識的に考えても相当ムリな成長軌道だったといえる。なにしろ、このままいけば15年はトヨタを抜いて世界販売台数1位、20年以降は独走態勢に入るのではないかと見られていたのだから。
数字のワナ
私は、VWは典型的な“数字のワナ”に陥ったと思う。
断るまでもなく500万台と1000万台では、開発、調達、生産、販売などあらゆる場面において、オペレーションやマネジメントがまったく変わってくる。ましてや、自動車産業にとって1000万台は未知の数字だ。それを短期間で実現しようとすれば、経験やノウハウの不足を補うため、組織に無理が生じる。それが今回の不正事件につながったのではないかと思われる。
トヨタは04年以降、米国のバブル景気を背景に拡大路線をひたすら走った。07年には、「09年に1040万台」という目標を掲げた。ところが、翌08年にリーマン・ショックに襲われる。在庫の山をつくったうえ、巨額赤字に陥る。1000万台を目前にして逃しただけでなく、その後10年末以降はブレーキ不具合による大規模リコールが発生し、ブランドイメージを大きく損なう結果となった。ホンダも伊東孝紳社長時代に600万台を掲げた末、「フィット」のリコールで痛い目を見た。
トヨタ社長の豊田章男氏は現在、「台数を追わない」としているが、これには過去の拡大路線への反省がある。いったいVWはこのときのトヨタの失敗を、どう分析したのだろうか。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)