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韓国、日本領土を不法占拠、世界中から批判!トンデモ主張し国際裁判からは逃げ惑う

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竹島(「Wikipedia」より)
 2002年、サッカーFIFAワールドカップを日韓で共催したことをきっかけに、両国の関係は戦後もっとも近づきました。政治的には多少の問題を抱えつつも、市民レベルでは交流が活発化し、双方の文化もそれぞれの国でブームを巻き起こしました。日本では、04年にNHKで放送された『冬のソナタ』が空前の大ヒットとなり、韓流ドラマブームとなりました。韓国では、日本文化の規制が解かれ、日本のポップミュージックやアニメが大量に流入しました。

 しかし12年8月10日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸したことをきっかけに、日韓関係は急速に悪化しました。同日、開催中だったロンドンオリンピックで日本対韓国のサッカーの試合後に、韓国選手が「独島(竹島)は韓国の領土」と主張するプラカードを掲げてグラウンドを駆け回り、世界的な注目を浴びる問題となりました。

 竹島の領有権は、日韓関係を論じる上で慰安婦問題と並ぶ最大の懸案事項となっています。7月7日付本連載記事『韓国のトンデモ思考回路 証拠なき慰安婦強制連行を“常識化”』において、慰安婦の強制連行に関する疑問を提示しましたが、今回は竹島問題を取り上げてみます。

 そもそも竹島の領有権問題が浮上したのは、1952年が最初です。当時韓国大統領だった李承晩が、一方的に日本海上に軍事境界線を設定し、同線内の広大な水域の漁業管轄権を主張しました。その内側に竹島は含まれています。この軍事境界線を「李承晩ライン」と呼んでいます。

 日米両国はこれに対し、「国際法上の慣例を無視した措置」として強く抗議しました。しかし、当時日本は第2次世界大戦の終局的な条約であるサンフランシスコ平和条約に署名はしていたものの、発効前であったため、日本の主権は回復していなかったのです。また、李承晩ラインはサンフランシスコ平和条約違反であるが、韓国は同条約に調印していないため、効力は及ばない状態でした。

 その後、韓国は沿岸警備隊の駐留部隊を竹島に派遣し、現在に至るまで事実上支配しています。この李承晩ライン設定時点では、日本の海上自衛隊の前身組織である海上警備隊・警備隊はまだ存在していなかったため、対抗する術はありませんでした。