旭化成は4月1日付で子会社の旭化成建材の杭打ち施工データ不正問題の責任を取り、浅野敏雄社長が辞任すると発表した。最高財務責任者(CFO)兼経営戦略担当の小堀秀毅代表取締役専務執行役員が社長に昇格する。浅野氏は取締役相談役に退き、6月の株主総会で取締役からも外れる。
住宅建材部門担当の平居正仁副社長が旭化成ホームズ相談役に退き、旭化成建材の前田富弘社長が辞任して旭化成の社長付となる。前田氏ら旭化成建材の取締役3人は3カ月間、月額報酬の20%を減額する処分を受ける。
旭化成建材が杭打ちを手掛けた横浜市のマンションが傾いたことが、昨年10月に事件化した。その後の調査で同社が関与した計360件の工事で、別の建物のデータを流用するなどの不正が判明。学校や公営住宅などの公共施設もあり、社会的な不安が広がった。一連の杭打ち偽装の発端となった横浜市のマンションについては、杭が固い地盤に届いているかどうかを再調査中だ。
旭化成は役員の処分と合わせて、社内調査委員会の中間報告を公表した。改竄があった360件について、施工時に雨などでデータが欠落しやすい環境にあったと分析。計測装置を改善し、工事現場からデータを送る仕組みをつくる考えだ。
データ流用を含むトラブルが過去に3件あり、うち1件は旭化成建材の小林宏史社長(当時、現・旭化成常務執行役員)に報告されていたが、その内容は偽装以外の問題に力点を置いており、経営陣は偽装を認識していなかった。杭打ちデータ軽視の意識が蔓延し、旭化成建材の管理体制も不十分だったことが偽装につながったと、報告書は指摘している。
2年で引責辞任する無念さ
浅野氏は建材と関係ないヘルスケア事業の出身で、2014年4月に社長に就くまでは取締役にもなっていなかった。子会社がデータを改竄したのは同氏が社長に就く前のことであり、社内では「浅野社長に責任はない」との声があったが、社外からの厳しい声に抗しきれなかった。
記者会見した浅野氏は「グループの経営トップとして、けじめをつける必要があると判断した」と述べた。
旭化成は15年3月期に続き16年3月期も過去最高の営業利益を上げるとみられている。浅野氏は社長在任中に好業績を上げているにもかかわらず、わずか2年で退任することになるわけで、極めて無念だろう。杭打ち問題による経営の混乱を収拾するため、次期中期経営計画が始まる4月を機に体制を一新することを決断した。
浅野氏は本社の社長に就任する前には医薬品事業のトップを務め、12年に救急救命機器大手の米ゾール・メディカル買収を決めた。ヘルスケア部門の営業利益を5年間でおよそ5倍の375億円に伸ばした実績がある。15年2月にはリチウムイオン電池セパレーター(絶縁材)大手の米ポリポア・インターナショナルを2200億円で買収することを決めた。杭打ち事件が起こらなければ、新しい事業で先頭に立ち旭化成を変えていったに違いない。
小堀氏は1978年神戸大学経営学部を卒業し、旭化成工業(現・旭化成)に入社。旭化成マイクロシステムから07年に旭化成エレクトロニクスに転じた。同社の取締役常務執行役員、専務執行役員を歴任して10年に社長になった。12年6月に旭化成の取締役常務執行役員、14年4月から代表取締役専務執行役員に就いた。電子材料畑出身だが、持ち株会社の旭化成では最高財務責任者兼経営戦略担当。次期中期経営計画の立案者である。
杭打ち問題で20億円の特別損失を計上
旭化成は16年3月期の業績予想を下方修正した。連結売上高は前期比1%増の2兆円から1.6%減の1兆9540億円に引き下げた。ケミカル・繊維部門の石油化学系の事業で製品市況が悪化したためだ。
営業利益は同3.8%増の1640億円を据え置いた。3期連続で最高益を更新する見込みだ。純利益は同14.8%減の900億円になる見通し。ちなみに従来予想は910億円だった。下振れの理由について旭化成は、エレクトロニクス部門で買収関連費用が当初の見込みを上回るほか、構造改革費用がかさむためとしている。
杭打ちデータ改竄問題の業績への影響を初めて明らかにした。杭打ち問題で16年3月期に20億円程度の特別損失を計上する。全国3050件の調査費用とデータ改竄があった360件の安全確保費用として15年4~12月期決算で12億円の特別損失を計上。小堀氏は「1~3月期も追加を見込んでいる」と述べる。
この20億円の損失には横浜市の傾斜したマンションの補償費用は含まれていないため、16年3月期の業績は好調だが、来期の業績悪化は避けられない。
旭化成ホームズは2カ月連続で2ケタの受注減
住宅事業の受注に杭打ちデータ偽装問題の影響が出た。
純粋持ち株会社である旭化成は、傘下に「ケミカル・繊維」「住宅・建材」「エレクトロニクス」「ヘルスケア」の4事業領域を持つ。住宅事業は全社売り上げの3割、営業利益の4割を叩き出す稼ぎ頭だ。
旭化成ブランドのイメージダウンで、最も深刻な影響を受けたのが「住宅・建材」事業だ。同事業の中核である旭化成ホームズのダメージが大きかった。同社は「へーベルハウス」で知られる住宅メーカーである。旭化成ホームズは戸建住宅で積水ハウス、大和ハウス工業に続く第3勢力だ。
大手住宅メーカー7社の15年12月の戸建て注文住宅の受注状況(金額ベース)を見ると、旭化成ホームズ(アパートを含む)は前年同月比16%減と大幅なマイナスを記録した。2カ月連続で2ケタの減少幅となった。
パナホームと三井ホーム、積水ハウスは2~14%増えた。ミサワホームは前年同月と同水準、大和ハウス工業と住友林業がともに1%減。旭化成ホームズの落ち込みが際立っている。
問題の余波で解約数が増え、広告宣伝を自粛した影響も出た。問題が発覚した10月時点の受注残は3%増で過去最高を記録していたが11月と12月に大きく落ち込み、この結果、10~12月の受注金額は前年同期比12.1%減の848億円となった。決算に反映されるのは物件を引き渡した1年後なので、来期の住宅部門の業績悪化は避けられない。ブランドの力を甦らせて顧客離れを食い止めることが小堀新社長の緊急課題となる。
補償費用の負担をめぐる攻防
影響が甚大なのは杭打ち事業だ。現在、杭工事の新規受注はストップしたままであり、来期の売り上げは間違いなく激減する。
国土交通省は1月13日、横浜市のマンションの杭工事に関わった3社に対し、建設業法に基づき行政処分を行った。元請けの三井住友建設は業務改善命令と国交省発注の指名停止1カ月。1次下請けの日立ハイテクロジーズと2次下請けの旭化成建材の2社には営業停止15日間と業務改善命令を出した。
今後、販売元の三井不動産レジデンシャルと三井住友建設、日立ハイテクノロジーズ、旭化成建材の補償費の分担が決まる。しかし、責任の所在をめぐり元請けの三井住友建設と旭化成建材は対立が続いている。問題の解決までには相当時間がかかりそうだ。補償額が確定すると、旭化成の特別損失が大きく膨らむことになる。
旭化成は今回の問題に関して、人事面でケジメをつけた。だが、傾斜マンションの元請けの三井住友建設と施主の三井不動産はトップの経営責任を明確にしていない。2次下請けの親会社のトップが引責辞任したことで、2社の経営責任を追及する風圧が強まることになりそうだ。
(文=編集部)