4月にスタートする電力自由化まであとわずか。電力購入先の選択肢が広がることへの期待が高まるなかで、メディアでは「自由化で電力の安定供給が確保できなくなる」と脅かす声も聞かれる。その指摘は正しいだろうか。
かつて電力自由化が供給不足をもたらした「証拠」としてあげられるのは、2000年夏から翌年にかけて米カリフォルニア州で発生した電力危機である。同州で電力会社が十分な電力を供給できなくなり、停電が頻発した。自由化に批判的な論者によれば、電力不足の原因は規制緩和だったという。
同州で1996年に電力業界改革法が成立し、電力改革が行われたのは事実である。しかし、この改革で規制が緩和されたのは州内の電力会社が電力を購入する卸売価格だけで、小売り価格は規制されたままだった。電力事業のほかの部分には、より厳しい規制が敷かれた。
これに先立ち同州では、いつ電力供給不足に陥ってもおかしくない構図が強まっていた。一番の問題は、州政府が環境保護団体の圧力を受け、電力会社が供給を増やせないように規制したことである。1990年前後から発電所の建設はストップしていた。原発の新設は許可されなかった。水力発電所もダムの建設で生態系に悪影響を及ぼすと環境団体が懸念したため、新設されなかった。それどころか、すでにあった発電所の一部まで閉鎖された。
一方で、電力需要は急増していた。人口増や同州シリコンバレーで急成長したコンピューター産業による電力利用の増加が主因である。通常の自由な市場であれば、需要が増えて供給が変わらなければ価格は上昇するから、電力会社は利益獲得を狙って供給を増やす。だから長期の電力不足は起こらないし、供給が増えれば価格は下がる。しかし実際には、規制で供給を増やせなかった。
こうしたなか、前述の電力改革で電力不足は確実になる。州政府が小売価格の規制を維持したうえ、有権者の反感を買わないよう、その価格を市場実勢よりも安く維持したからである。価格を人為的に低く抑えれば、需要が過度に刺激される半面、供給は減る。これは経済学のイロハである。
元凶は規制
さらに、同州政府は相変わらず、電力供給能力を削ぐような政策をとり続けた。パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社、サザンカリフォルニア・エジソン社など州内の電力会社に発電施設の売却を強制する。電力会社は単なる売買仲介業者として、他社からの買電価格と売値の差で稼ぐしかなくなった。しかも州政府は長期契約を禁止したため、電力会社は購入価格上昇のリスクをもろにかぶることになる。これらが響いて、パシフィック社は01年に倒産に追い込まれた(現在は再建)。
パシフィック社は00年夏、電力不足をいくらか和らげようと、サンフランシスコ湾に発電機の付いた小型船を浮かべて少量の電力を供給したいと提案したことがある。だが州政府はこれを拒否した。
規制により、カリフォルニアの電力会社は値上がりする電力の購入を強いられる一方、自らは値上げを許されなかった。その結果、需要の増大に対応できなかったのである。「カリフォルニアの電力不足は、まさしく州のエネルギー規制がもたらした結果」と経済学者トーマス・ディロレンゾは指摘する。俗説とは逆に、電力危機の元凶は規制緩和ではなく、規制のほうだったのである。
同州の政治家や環境団体は、自分たちが引き起こした混乱の責任を、エンロンなど販売価格をつり上げた州外の「強欲」な電力会社のせいにした。しかし、それは筋が通らない。エンロンなどは多くの州で事業を営んだが、電力危機が起こったのはカリフォルニアだけだからだ。
しいていえば、カリフォルニア電力危機から約3年後の03年に発生した北米大停電がある。同年8月14日、米国北東部と中西部の一部、カナダ・オンタリオ州にまたがる広範囲で起こった大規模な停電である。カリフォルニア電力危機とともに、規制緩和で電力の安定供給が脅かされた例としてあげられることがある。
しかし、それはおかしい。北米大停電の原因は送電システムのダウンとされるが、この地域で送電システムにかかわる規制緩和はなかったからである。米シンクタンク、ケイトー研究所によれば、電力改革の一環として発電と電力小売りにかかわる規制はいくらか緩和されたものの、送電に関する規制はむしろ強化されていた。
日本、送電自由化は先延ばし
そもそも米国で電力を含むエネルギー産業は、日本と同じく、もっとも厳しく規制された産業のひとつである。多少の規制緩和があったとしても取るに足りないし、カリフォルニアや北米の電力改革の実態が示すように、全体でみれば再規制や規制形式の変更にすぎない場合が多い。
日本の場合も、4月から自由化されるのは発電と小売部門だけ。両者をつなぐ送電の自由化は20年まで延ばされた。発電しても送電するには電力会社の送電線を借りなければならない。そのために支払う利用料を「託送料金」といい、基本料金と従量料金で構成されるが、基本料金の比重が高い。
一方、一般家庭向けの電力料金は、月々の基本料金が安く設定され、使用量に応じてかかる従量料金の比重が高い。このため新電力会社は、電力会社と同じ料金で使用量の少ない家庭に売ってもわずかな儲けにしかならない。これでは小規模な新電力会社は事務所の維持費や人件費を賄うこともできない。大手でも今のところ、ガスや電鉄など本業とのセット売りが可能な企業の参入にとどまる。
このままだと、使用量の多い家庭をめぐる競争だけが過熱し、使用量の少ない家庭には自由化の恩恵が及ばない恐れがある。それを理由に規制緩和を悪者に仕立て上げ、東電福島第一原発事故の反省に立った自由化の流れにブレーキをかけることだけはやめてもらいたいものだ。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)