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有名ブランドの没落…ヒロココシノは資金繰り悪化で存亡の危機、ワールドは閉店の嵐

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イトキン本社(「Wikipedia」より/Kamemaru2000)

 一世を風靡した「ヒロココシノ」や「ミッシェルクラン」など有力ブランドを展開する老舗アパレルのイトキンが、スカイマークのスポンサーになったことで知られる投資会社インテグラルに買収された。

 インテグラルは創業家らからイトキンの株式を取得するほか、イトキンが実施する第三者割当増資45億円を引き受けて、議決権の98%を取得した。買収総額は負債を含めて165億円である。

 社長の辻村章夫氏をはじめ創業家は経営から退き、副社長だった前田和久氏が社長に昇格した。インテグラル側からは辺見芳弘氏が会長に就任するほか取締役3人を派遣し、経営の実権を握った。

 イトキンの経営不振の原因は、百貨店を主戦場としていたことにある。ユニクロに代表されるカジュアルSPA(製造小売り)、海外のファストファッション、セレクトショップなどの台頭で、百貨店の衣料品の売り上げは激減した。2005年に3兆円あった百貨店の衣料品の売上高は2兆円にまで34%も減った。

 2000年代初めに1500億円あったイトキンの売り上げは、15年1月期には952億円まで落ち込み、4期連続の赤字に陥った。そのため15年末には、「春物の仕入れの支払いが集中する2月を乗り切れないのではないか」とイトキンの資金繰りを懸念する声が百貨店業界に広がった。

 ここで主力取引行の三菱東京UFJ銀行が動き、身売りを持ちかけた。当時社長の辻村氏ら創業家は、イトキンを潰さないために外部資本を受け入れることに同意。創業一族は総退陣することとなった。あと1年決断が遅れていれば債務超過となり倒産していた、といわれている。

 最終的にインテグラルが買収したが、この間アパレルに融資した実績のないファンドまでが支援に名乗りを上げたという。こうしたファンドは、イトキンは有名ブランドを多数有しているため、規模を縮小して財務を健全化できれば高値で転売できると計算したのだろう。

1400店のうち地方百貨店など400店を閉鎖

 イトキンは故辻村金五氏が1950年に大阪市船場で創業した「糸金商店」がルーツ。当時の船場は繊維産業の中心地で、繊維業者を糸屋と呼ぶ習慣があった。金五という名前から「糸屋の金さん」と呼ばれ、これがイトキンという社名につながった。

「クレージュ」や「ミッシェルクラン」など海外ブランドを導入し、デザイナーのコシノヒロコ(本名・小篠弘子)氏を育てたことで知られる。妹のコシノジュンコ、コシノミチコとともに「コシノ三姉妹」として有名だ。