為政者や権力者がややもすると陥りがちな「コヒコクの陥穽」というものがある。交際費、秘書、個室、車といった経営者や政治家に許された特権とでもいうべきいくつかの付加給付(コヒコク)が危険だということである。これらの特権は蜜の味がする。大方のビジネスパーソンや政治家にとって、これらはある意味では目標であり夢である。組織のなかで出世の段階を昇っていくことは、取りも直さず、これらの特権を手中に収めることとなる。
「コ」とは交際費の「コ」である。交際費を使うことのできる特権を我がものにするにつれ、次第に使うのに慣れてしまう。最後には感覚が麻痺し、私金と公金の区別がつかなくなる。公私混同が生じる。身を誤る危険性をはらんでいる特権となる。
「ヒ」は秘書の「ヒ」である。自分自身は何もやらずに秘書任せにしてしまうので、自分では何ひとつできなくなる。コピー1枚自分では取れず、新幹線の予約も自分ではできなくなる。皮肉なことだが、秘書が有能、優秀であればあるほど、上に立つ人間は世情に疎くなる。権力の座についている間はよいのだが、ひとたびその座から離れたときのもどかしさと淋しさは耐えがたい。従って権力の座にしがみ付いて、離れようとはしない。
次の「コ」は個室の「コ」である。為政者や権力者は個室に入ると本音の情報が入ってこなくなる。入ってくるのはほとんどが「後追い加工情報」である。入ってくる頃には鮮度が落ちている。伝達プロセスを経る間に、不当に拡大されたり、縮小されたりする。時によっては歪曲され、最悪の場合は遮断される。
個室に籠っていればいるほど新鮮な生野菜が食べられなくなる。現場から離れた世界であるためどうしても情報を提供する側の人にとって都合のよい、脚色された情報だけが入ってくるようになる。そのときから為政者や権力者は裸の王様となる。
最後の「ク」は車の「ク」である。年は足から取る、というが、年がら年中運転手付きの公用車に乗っていると歩く機会が減る。足が弱り老化が始まる。
「コヒコク」に代表されるステータス・シンボルというのは、すべて諸刃の剣である。私は権力の座などというものは、所詮、浮世の義理であり、仮の約束事だと思う。権力の座についている人は、心して「コヒコクの陥穽」にはまり込まないように心と身を律する必要がある。