お~いお茶が海外で大人気の伊藤園、なぜ世界変革企業ランク18位?世界に癒やし広める
9月1日付の米ビジネス誌「フォーチュン」は「Change the World 2016」を発表した。本業を通じて、社会に変革をもたらしている企業トップ50社をリストアップしたものだ。選定にあたっては、CSV(Creating Shared Value: 共通価値の創造)を提唱するマイケル・E・ポーター米ハーバード・ビジネススクール教授と、CSVを推進する非営利のコンサルティングファームFSGが全面的に協力している。
1回目の昨年は、英携帯大手ボーダフォンの合弁会社、ケニアのサファリコムが1位に輝いた。同社のスマートフォンを活用したバンキングシステム「M-Pesa」が、東アフリカやインドなど1700万人以上の人々に対して新たに金融サービスへのアクセスを提供した点が評価された。2位のグーグルに次いで、3位にはトヨタ自動車がランクインした。ハイブリッド車、そして燃料電池車のリーディングカンパニーとして自動車業界の二酸化炭素(CO2)排出削減に大きく貢献した点が評価された。
では2回目の今年のランキングはどうか。1位は医薬品メーカーのグラクソ・スミスクライン、2位はイスラエルの海水淡水化エンジニアリング企業のIDE、3位はゼネラル・エレクトリックという顔ぶれだ。いずれも昨年はランク外だった企業だ。50社全部を見ても、半分以上の企業が入れ替わっている。トヨタも今年は圏外だった。
日本企業でランクインしたのは、18位の伊藤園と39位のパナソニックだ。このうち、パナソニックは、テスラ(今回50位にランクイン)向けなどを中心とした世界シェア1位のリチウムイオン電池がもたらすCO2排出削減効果が高く評価された。また、神奈川県・藤沢のスマートタウンも、世界中に広がる環境にやさしい街づくりのショーケースとして注目されている。
伊藤園、懐の深い経営モデル
それにしても、伊藤園が日本企業のトップに躍り出たのは画期的だ。しかも、5位のネスレ、11位のコカ・コーラに次いで、食品・飲料関連企業としては3番手。27位のユニリーバ、38位のペプシコ、45位スターバックスを大きくしのいでいる。
伊藤園がそこまで評価されたのはなぜか。同誌は、「茶畑から茶殻まで」というモデルに注目している。これは2013年に同社がポーター賞を受賞した際に、「ファブレス(自前の工場を持たない)」でありながらバリューチェーンを一貫して統合するモデルとして高く評価された。まさにポーター教授「イチ押し」の日本企業なのだ。
筆者もポーター賞に携わっている関係で、伊藤園の経営モデルをつぶさに観察してきた。また昨年と今年は、有識者として同社のCSV経営に助言する機会もあった。その同社がランクインしたことは、筆者にとっても他人事ならずうれしい話である。
同社の「サステナビリティレポート2015年」に掲載された筆者の第三者意見の一部を、以下に掲載させていただく。少し長文になるが、同社の経営モデルの特徴を、3次元で解説したものだ。
「【懐の深い経営モデルを高く評価】
伊藤園の経営は、ヨコ、タテ、そして幅という3次元において、世界でも極めて先進的なモデルと考えらえます。第一に、ヨコ(水平)においては、バリューチェーンを一貫して、ビジネスと社会の双方への価値創造を行っている点が優れています。「茶畑から茶殻まで」というライフサイクル全体にわたって、関係者と幅広く協働しながら、顧客に健康と安らぎを届けるというビジネスモデルは、CSVの先進事例としてハーバード大学のマイケル・ポーター教授からも絶賛されています。
第二に、タテ(垂直)においては、上層にビジネスモデルとしてCSVを、中層に社会対応力としてCSRを、そして下層にそれらを支える人づくりとしてのESDを位置づけるという3層構造になっています。ポーター教授はCSRからCSVへシフトせよと説いていますが、伊藤園は、ビジネスと社会の双方にしっかり目配りしている点が特徴的です。また、その担い手である人の育成に注力している点も、現場に基軸をおく同社の強みを踏まえた経営モデルといえるでしょう。
第三に、幅(奥行)の深さも注目されます。同社の価値創造モデルでは、さまざまな資産が有機的に活用されています。なかでも、モノやカネのような有形資産だけでなく、人財、技能、ネットワーク、ブランドなどといった無形資産が活かされている点がユニークです。これらの無形資産は財務諸表には表れませんが、同社の持続的な成長の原動力になっています。このように表面に見えない奥行の深い経営こそ、同社の真の強みではないでしょうか」
次世代CSVの1つの有力な道筋
ここでも述べているように、伊藤園の本当の価値は、ポーター教授のCSVモデルの限界を突破する可能性を示している点にある。大きく3つの観点からみてみよう。
第一に、ポーター教授は新興国の社会課題に焦点を当てがちだ。これに対して、伊藤園は日本という成熟国においても、CSVが立派に成り立つことを立証している。
さらに、伊藤園は「世界のティーカンパニー」を目指して、という志のもと、世界中にお茶を広める活動を進めている。例えばシリコンバレーの有力IT企業のカフェテリアでは、「お~いお茶」がヘルシーな飲み物として大人気だ。ニューヨークでは、「matcha LOVE」という抹茶文化を紹介するコーナーが話題を呼んでいる。お茶を通じて、肥満などの成人病に悩むアメリカ人を少しでも救えることができれば、まさに成熟国型CSVの成功事例となるはずだ。
第二に、一点目とも関連するが、ポーター教授は、貧困や病気、水や食糧、環境などといった極めてベーシックな社会課題を対象としている。前回紹介したマズローの欲求段階説の第一段階(生死)、第二段階(安全)あたりにフォーカスしたモデルだ。これに対して伊藤園は、からだの健康(ヘルス)のみならず、こころの健康(ウェルネス)や生活の質(QOL)といったより上位の社会課題の解決に挑戦している。
成熟国においては、生活が便利になればなるほど、このようなこころの安らぎ、なごみ、癒しなどの価値が求められるようになる。例えばシリコンバレーでは、今「マインドフルネス」を実践する企業が増えている。瞑想によってストレスを軽減させ、自分自身を取り戻す効果があるという。東海岸ではヨガが大人気だ。伊藤園は、茶の湯の文化を広げることによって、わび・さびに通じる和のこころを、世界に広める役割を担うことができるはずだ。
第三に、ポーター教授のCSVは、経営戦略レベルでの議論に終始している。これに対して、伊藤園は現場にしっかりCSVを埋め込もうとしている点が注目される。
伊藤園ではESD(Education for Sustainable Development:持続的発展のための教育)に力をいれている。社員全員が、現業を通じていかに社会価値を高めるかに知恵を絞る。一軒づつ小売店を開拓していく同社の現場力は、他社の追随を許さない。その現場力に根を下ろしているところが、ポーターモデルにはない同社の底力となっている。
さらに「ハッカソン」ならぬ「茶ッカソン」という外部人材によるアイディアコンテストが、シリコンバレーから日本への飛び火して大きな盛り上がりを見せている。このように、CSVの担い手としての「ヒトの育成」(ESD)の対象を、社員から顧客、コミュニティ、パートナーなどへと広げていことで、世界中に共感の輪を協創していくことが可能になるはずだ。
このように伊藤園のCSV経営は、ポーターモデルを凌駕する可能性を秘めている。成熟社会が求める「こころの豊かさ」や「共感の輪の広がり」といった価値を、現場のオペレーションエクセレンスを通じて創造していく――。これこそ、筆者がJ-CSVと名付ける次世代CSVの1つの有力な道筋である。
多くの日本企業が、このJ-CSVモデルを目指すことで、日本発グローバルな次世代成長を実現できるものと期待される。
(文=名和高司/一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)