AIと囲碁棋士の対決は「人間と人間」の戦いだった
囲碁では「向こう10年は人工知能(AI)が人間に勝つのは無理」といわれていたが、その予測を覆して、グーグルが開発したAI「アルファ碁」が世界トップの囲碁棋士に勝利した。そのAIには、深層学習と呼ばれる技術が活用されており、「とうとうコンピュータが人間を破った」と大きく報道された。
ところが、日立製作所・研究開発グループの矢野和男技師長は、こうした報道は誤解を与える表現であると論じた(『日立評論』<日立製作所/2016年4月号>より)。矢野技師長は、「アルファ碁と囲碁棋士との戦い」を「AIと人間が戦った」のではなく「人間が人間と戦った」という斬新な見方をした。
矢野技師長によれば、「一方の人間(囲碁棋士)は、自分の経験と学習によって力を高める従来のアプローチをとった人である。すなわち、自らの身体や知力で戦う道を選んだ人である」という。そして、「他方の人間は、過去のあらゆる棋譜のデータからコンピュータを使ってシステマティックに学び、さらに、そのコンピュータ同士を何千万局も戦わせて、その棋譜からも体系的に学ぶ方法を選んだ人である」と見たのだ。
つまり、いずれも人の選択であり、それゆえ、矢野氏は「人と人の勝負だった」という見方をしたのである。そして、結果的に後者の選択をした人が勝った。これは、「未知の問題に(深層学習という)コンピュータを使った対処法を体系的に構築することが効果を上げた」からであると論じている。
AIの本質とは何か
矢野技師長は、「ビジネスでも同じことが起きつつある」と述べ、これを「機械(コンピュータ)と人間との勝負」と見ると、本質を見誤ると指摘している。その本質とは、「この碁のプログラムの開発者チームの中に、碁がプロ級に強い人はいないという事実である」ことに集約される。
つまり、ビジネスにおいて、従来のコンピュータやAIを利用するには、その対象となる分野の専門的知識が必要不可欠だった。ところが、深層学習という機能を備えたAIを利用すれば、その分野の専門知識はさほど必要ない。囲碁でいえば、そのルールさえわかっていればよく、「囲碁が強いかどうか」は関係ないということである。
このロジックは、さまざまな技術、産業に適用できると推測される。それでは、私が専門としている半導体についてはどうか。半導体の技術に精通しているかどうかに関係なく、深層学習機能を備えたAIが半導体のプロセス開発を行い、AIが生産性や歩留りを向上させ、AIが半導体を製造するようになるのだろうか。