・Y = Y1×Y2×…Y500 (Yn = 0~1、n=1~500) …(1)
式(1)から、一工程でも歩留りゼロの工程があれば、DRAMの歩留りYはゼロとなる。つまり、300mm ウエハの上の1000個のDRAMはひとつも動作せず、良品数はゼロとなる。
たとえば、熱処理の工程で、温度をほんの少し(数十℃)間違えただけで、その工程の工程歩留りはゼロになり、DRAMは1個も動作せず、歩留りYはゼロになるということである。
さらに厄介なのは、工程歩留まりが工程ごとに独立しているとは限らず、工程間に相互作用があるということである。すなわち、工程歩留りYnは、Y1、Y2、…Ynの関数fになっているのである。
・Yn = fn(Y1,Y2,…,Yn) 、fn=0~1、n=1~500 …(2)
すると、(1)と(2)から、DRAMの歩留まりYは、次のように書き表されることになる。
・Y =Y1×Y2×…Y500 = f1(Y1)×f2(Y1,Y2)×…×f500(Y1,Y2,…,Y500) …(3)
このように、工程間に相互作用があるため、プロセスフローの構築には、極めて高度な擦り合わせが必要になる。その上、このような工程間の相互作用は、微細化が進んだり、新材料や新構造を用いた場合に、思いもよらぬ工程で顕在化する。それゆえ、このようなプロセスフローの構築を、AIができるようになるとは思えなかったわけである。
インテグレーション技術者はタレント
プロセスフローの構築ができるようになるには、つまりインテグレーション技術者になるには、半導体集積回路の構造とその動作、微細加工技術など十数種類ある要素技術、生産性や歩留り向上のための技術など、非常に幅広い分野の理解が不可欠である。その素質がある者が10年以上の経験を積む必要があるといわれるほどだ。ちなみに私は、技術者時代は単なる微細加工屋で、結局インテグレーション技術者にはなれなかった。
優れたインテグレーション技術者とは、いうなればタレントである。このようなことからも、AIが代替することは、まず不可能だろうと思っていたのである。
しかし矢野技師長の論文を読んで、過去のデータ、半導体製造の場合は過去に開発され製造された半導体集積回路とそのプロセスフロー、その開発や製造の際に起きた欠陥や不良をAIが片っ端から学ぶことができれば、そのAIが新しい半導体集積回路のプロセスフローを構築し、突如発生した欠陥や不良を見つけ出して解決案を自ら見出すことも、可能になると思い始めたのだ。
ここで重要なのは、矢野技師長も論文で指摘しているが、データである。どれだけたくさん過去のデータを学ぶことができるか、どれだけ開発や量産工場のデータを収集し学ぶことができるか、このデータの量に、AIに半導体製造が可能か否かが左右されるだろう。
AIに適応する者が生き残る
「向こう10年は人間に勝つのは無理」といわれていた囲碁で、グーグルの「アルファ碁」が世界一の囲碁棋士に勝利した。何度もいうが、この本質は、「この碁のプログラムの開発者チームには、碁がプロ級に強い人はいないという事実である」ということだった。
これを半導体の世界に当てはめてみると、次のようなことになる。
半導体材料の専門知識のない者が、AIを使って半導体材料を開発することができるようになる、ということである。半導体製造装置の専門知識のない者が、 AIを使って半導体製造装置を開発できるようになる、ということである。半導体プロセスの専門知識のない者が、 AIを使って半導体プロセスを開発できるようになる、ということである。さらに、トランジスタの動作原理しか知らない者が、 AIを使って半導体製造の工程フローを構築できるようになる、ということである。
そして、「アルファ碁」の例から推測するならば、素人が AIを使って開発した半導体材料、半導体製造装置、半導体プロセス、半導体製造の工程フローが、熟練の技術者が開発した技術を上回ってしまうということである。つまり、未来の半導体の技術開発では、「いかにAIを使うか」ということが、優勝劣敗を決めることになる。このとき、「AIに、半導体材料、半導体製造装置、半導体プロセス、半導体製造の工程フローの開発ができるはずがない」という古いパラダイムに支配されている企業は淘汰される。
いつの時代も「パラダイムは変わる」ことが普遍の真理であり、生き残るのは、強い者でもなく、賢い者でもなく、適応する者であるからだ。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)