iPod、ソーシャルゲームのヒットに見る、家電メーカー復活のカギ?
ゴールドマン・サックス、ベイン&カンパニーなどの複数の外資系金融機関やコンサルティング会社を経て、ライブドア時代にはあのニッポン放送買収を担当し、ライブドア証券副社長に就任。現在は、経営共創基盤(IGPI)でパートナー/マネージングディレクターとして企業の事業開発、危機管理、M&Aアドバイザリーに従事するのが、塩野誠氏である。そんな塩野氏が、ビジネスのインフォメーション(情報)をインサイト(洞察)に変えるプロの視点を提供する。
前回、懐かしの電子ブロックの話を書いたところ、周囲のおじさんたちからは「そういえば斬新だったな」「今思えばハイテクなおもちゃだった」という感想をいただきました。現在のスマホにも共通する、プログラマブルなハードという文脈でした。その昔、日本企業は斬新で愉快なモノをつくっていたのです。
世の中では「日本企業は良いモノをつくっているのに売れない」といった話や、「技術で負けていないのに売れない」といった話があふれています。「技術で勝ってビジネスで負ける」というのは、ほとんど決まり文句のようになっています。
プロといえる法人が法人にモノを売るB to B取引は別として、個人消費者に最終製品を売るようなメーカーに、こうした話は顕著です。「こんなに良いモノをつくっているのに、なぜ消費者は買ってくれないんだ?」という声です。完成品である最終製品をつくっている企業の苦悩の声が聞こえてきますが、モノづくり企業と消費者マインドのギャップは、本質的には両者が思っている「付加価値」のギャップといえます。
よくいわれる事例では、アップルのiPodが出てきたときに、日本のオーディオメーカーの社員がiPodを使用して、「この音質では敵ではない」と言ったとされる話です。
その後のiPodの普及は知られるとおりですが、個人消費者が「付加価値」だと感じたのは、音質ではなくiTunesというネットワークの利便性や製品のデザイン性でした。メーカー側が付加価値だと思って提供していたものと、個人消費者が付加価値だと思って享受したものにギャップがあったという話です。メーカーは個人消費者に対してアンケートやグループインタビュー、数々の調査を行って製品をつくっているはずですが、こうしたギャップは引き続き生じており、「モノが売れない」という現実を引き起こしています。
●β版的チューニングというネットの強み
ところで、こうした話を物心がついた頃にはすでにインターネットがあった世代の人にすると、「そんなのチューニングすればいいでしょ」「A/Bテストをしまくればいいんじゃない?」といった声が聞こえてきます。インターネットやアプリのサービスにおいては、100%完成品でないβ版で出してユーザの反応を見ながらチューニングしていくのが普通です。A/Bテストというのは、例えば微妙に異なるウェブサイトをAとBの2種類用意して、ユーザの反応や行動を見ながら、よりユーザの支持を受けたものを残していく手法です。ネットだからこそ、リアルタイムでユーザの反応を見ることもできますし、即座にチューニングができるのです。
もちろん、電気製品はハードなので、一度売ったら個人消費者の反応を見ながら即座にチューニングすることは不可能です。また、製造物責任法や電気用品安全法の世界にいるメーカーが、製品をβ版で出すことはできません。自動車だったら1ppm(100万分の1)の不具合でさえ問題になりますし、家電製品から火が出たら一大事です。β版で出してチューニングするという世界は、ある意味、メーカーから一番縁遠い世界かもしれません。
●ソーシャルゲームの運用者は神?
今の世の中で、最も高速でチューニングし続けられているものに、ソーシャルゲームがあります。ソーシャルゲームの世界はある意味、経済学者が夢見たような経済モデルの世界で、ソーシャルゲームの運用者は「神」の視点で世界を見ているといえます。アイテムの供給量を変えてレア度を変えたり、貨幣価値をいじったり、インフレやデフレも起こすことができます。この環境は、日銀も驚きの箱庭のような「世界」だといえます。