陸・海・空の幹部自衛官を養成する防衛大学校(以下、防大)で発覚した保険金詐欺事件で、“被害者”ともいうべき架空請求をされた保険会社は、損保大手の三井住友海上火災保険であることが、関係者複数の証言からわかった。
この事件は、防大の学生が、実際にはけがをしていないにもかかわらず「けがをした」とする診断書や保険金申請書類を偽造して保険会社から保険金を詐取していたことが発覚し、5人が懲戒退校処分となったのだが、他にも現役防大生や幹部自衛官となった防大OBの関与が疑われており、現在、防衛省防衛監察本部や警務隊などの関係諸機関によって、真相究明が急がれている。
事件発覚当初、保険会社側は、最初に関与が疑われた1人についてのみ事実関係を認めて被害届を出し、防大側も単独事件として処理を進め、事件が大きくならないように済ませようとしていたことが、今回の取材で事件関係者、保険会社側の複数の証言から明らかとなった。
事件が拡大すれば、保険会社側にとっても信用問題へと発展しかねないことから、こうした姿勢を見せたものと思われる。保険業界関係者は「防衛省・自衛隊、事件の舞台となった防大、保険会社の3者共に、早期の幕引きを図りたいとの思惑が一致した格好だ」と、その内幕を話す。
だが、自衛隊の警務隊【編註:司法警察職員として、警察官とほぼ同じ権限を持つ自衛隊の組織】による取り調べで、他の4人についても関与が明らかにされ、保険会社側は役員決裁により計5人についても被害届を出すに至り、それを受けて懲戒退校処分という流れとなった。
なお、処分された5人は、騙し取った保険金は保険会社に返金済みだという。
●自衛隊と保険会社の密接な関係
保険会社と自衛隊、両者の関係は長く密接だ。
自衛隊では、危険に晒される職種柄、いざというときのために、保険への加入は半ば強制化されている側面があるという。事実、ある元自衛隊員は「自衛隊OBの保険営業担当者がやって来て、隊員が部隊内の施設の一カ所に集められ、保険申し込みの書類を書かされたことがある」と証言する。
今回事件の舞台となった防大のほか、全国の自衛隊各部隊でも自衛隊OBが定年後に保険会社に再就職し、元いた部隊に営業担当者としてやって来る光景は珍しくなく、これを受け入れる自衛隊各部隊側も、保険商品推奨のための場所や時間の提供など、最大限の協力をするという。保険会社側も、こうした事情を汲んでか、自衛隊の営業担当には自衛隊OBを多く配している。
自衛隊側から見れば、保険会社は優良な天下り先だ。隊員にとっては、定年後に自宅の転居も伴わず、長年慣れ親しんだ自衛隊各部隊の営業担当になるのであれば、これは再就職先として条件は悪くない。
自衛隊OBの保険営業担当と自衛隊員という関係から、そこに歪んだ身内意識や誤った親切心が働くとの声も多々耳にする。
例えば、ある自衛隊員がけがをしたとしよう。大したけがではない。自衛隊OBの保険営業担当者に相談すると、「このけがはもちろん、ほかにも診断書があれば、もっと保険金が下りる。せっかく保険に入ったのだから、どうぞ利用してください……」と、かいがいしく世話を焼く。このかいがいしさが、今回の防大保険金詐欺事件の遠因ではないかという指摘は、自衛隊内部からも多い。
保険会社側から見れば、自衛隊は超大口の優良顧客である。隊員数は約24万人。これは、今や国内最大の総合サービス業である日本郵便の従業員数(約21万人)をも上回る。「揺るぎない安定した大組織は、なんとしてもつなぎ留めておきたい。多少の不祥事やただれた関係に目をつぶっても、十分元は取れる。そんな心理もあったのではないか?」との声が、当の保険会社関係者から聞こえてくる。
●防衛省高官「隠蔽しようとする者がいたならば、その者の責任は厳しく問われることになる」
懲戒退校処分となった5人の元防大生に近いある学生は「すでに任官して幹部自衛官となった先輩OB、OG、ほかの現役生にも、架空請求で保険金を手にした者がいるにもかかわらず、彼らだけが厳しい処分を下されたのには納得がいかない」と話す。
防大では9月27日、事件に関与した5学生の懲戒退校処分を発表した。しかし、この日以降、防大では真相究明に向けた調査はなんら行っていないようだ。
政権与党の参院議員は、「防大の組織はよくわからないが」と前置きした上で「一般に、大学でこうした不祥事案の対処をするべきは、学長以下、学生部長や総務部長といった役職ではないか。保険金詐欺を行うが学生を生み出した下地となる環境をつくった原因を明らかにしなければならない。長年にわたる悪弊ならば、これは上層部にも責任がある」とし、そうした責任の所在についても徹底追及すると述べ、事は政治の場へと持ち込まれる可能性も帯びてきた。
事実、野党各党にも、この事件に関心を示す国会議員は少なくない。
「今のご時世、もしなんらかの不祥事が発覚したならば、これは隠すのではなく、すぐに国民の皆様に明らかにし、そのご判断を仰ぐのは当然。たとえ、その場では隠せても、後で隠したことが発覚した場合、もう目も当てられない状態となる。情報公開し、関係諸機関の協力を仰ぎ、素早く対応したほうがいい」(野党議員)
これらの声を受けて、防衛省の高官は「組織として、事件を収拾するのは当然。しかし、大きな事件になる可能性が高いものを隠蔽しようとする者がいたならば、その者の責任は厳しく問われることになる」と、語気を強めて語る。
防大は、保険金詐欺事件のほかにも、高位の役職に就く職員による女子学生へのセクハラ疑惑も囁かれるなど、闇はまだまだ深い。
(文=秋山謙一郎/ジャーナリスト)