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あいちトリエンの逆襲…クレーマーの恫喝音声&メール、「ネット上で公開」が普及か

文=明石昇二郎/ルポライター
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あいちトリエンナーレ2019 慰安婦少女像の展示を中止(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

人を脅せば、逮捕される

 いわゆる「電凸(でんとつ)」や、SNSによるクレームがやまない。

 昨今、世間の耳目を最も集めた電凸事件は、国際芸術祭・あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」に対するものだろう。電話やFAX、電子メールなどによる抗議が芸術祭事務局に押し寄せ、なかには、企画展で展示されていた慰安婦問題を表現した「平和の少女像」を、「大至急撤去しろや、さもなくば、うちらネットワーク民がガソリン携行缶持って館へおじゃますんで」という、テロを予告するFAXまで送られてきたのだという。8月2日のことだった。もはや「抗議」の範疇を超え、脅迫もしくは威力業務妨害に相当する犯罪行為である。

 前月の7月18日、京都市伏見区の「京都アニメーション」で発生したばかりの放火殺人事件を模倣するかのような脅迫を受け、8月1日に始まったばかりの企画展は、3日間開催したところで中断へと追い込まれる。

 ちなみに、この脅迫FAXを送った人物は後日特定され、8月7日、威力業務妨害容疑で逮捕されている。報道によれば、FAXは愛知県内のコンビニエンスストアから送られており、同店舗の防犯カメラにこの人物の姿が映っていたことから、犯人を特定。逮捕に至ったのだという。しかし、脅迫はこのFAXだけではない。愛知県の担当部署や秘書課には、

「県庁などにサリンとガソリンをまき散らす」

「県内の小中学校、高校、保育園、幼稚園にガソリンを散布して着火する」

「愛知県庁職員らを射殺する」

といった、脅迫FAXに勝るとも劣らない物騒かつ悪質な脅迫メールが770通、届いていたのだそうだ。愛知県ではこちらの件でも警察に被害届を提出し、受理されている。ただ、こちらの脅迫行為に関しては、報道機関による続報が見られない。捜査の進捗はどうなっているのだろうか。

 企画展が中断された後、設置された「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」(以下、検証委。座長は山梨俊夫・国立国際美術館長)が9月25日に公表した中間報告によれば、芸術祭事務局や県庁が受けた抗議は、8月1日から同月31日までの1か月間で1万379件に及び、その内訳は電話が3936件、メールが6050件、FAXが393件。先に挙げた脅迫メールもこの数の中に含まれていると思われるが、言うまでもなく「抗議」と「脅迫」は明らかに次元が異なる行為だ。中間報告では、「高性能な爆弾を仕掛けた」という脅迫まであったと記されている。このケースにしても、威力業務妨害以外の何ものでもない。

 こうした脅迫犯が逮捕を免れる理由は何もない。先に控える東京オリンピックや大阪万博等の大規模イベントで模倣犯が現れることを未然に防ぐためにも、一刻も早く立件し、厳罰に処すことが望まれる。

悪質な「抗議」には新たな対応が必要?

 テロ予告のような脅迫事案には警察が対処するのは当然のこととして、こうしたケースではそれ以外の対処法はないのか。

 最大の対抗策は、中断に追い込まれたイベントを再開することである。企画展「表現の不自由展・その後」のケースでは、企画展が再開に向けて動き出した直後、同芸術祭への補助金7800万円の交付を決めていた文化庁が、「申請手続きの不備」を理由に補助金全額の交付を取り消すと発表。まるで脅迫犯に与するかテロに屈したかのような行為であり、一時は再開が危ぶまれたものの、10月8日に企画展「表現の不自由展・その後」は再開された。再開後は前掲のテロ予告のような脅迫事件も発生せず、再開から6日後の10月14日、企画展と芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」は幕を下ろしていた。

 あいちトリエンナーレ側が行なった脅迫行為への“対抗策”は、もうひとつある。企画展の中断期間中に検証委が、県の施設や機関にかかってきたクレーム電話の音声を、県のウェブサイト上で「あいちトリエンナーレ2019に寄せられたご意見等」として公開したのである。このサイトページはすでに閉鎖され、現在は聞くことができないが、たまたま筆者は閉鎖前にこのサイトの存在を知り、抗議主の電話音声をいくつか聞いている。抗議主には男性も女性もいた。文字どおりの電凸であり、電話に出た県側の担当者をただただ罵倒していた。実際、「抗議」と言うよりは「恫喝」であり、うるさい上に大変下品な物言いをしているので、とても最後まで聞く気にはならなかった。

 そんな「抗議」主らにとって誤算だったのは、こうした電話でのやり取りが録音されていたことだろう。真偽は定かではないが、ネットニュースの中には、抗議の声を無断で晒されたと主張し、抗議する人の声を取り上げたものもある。

 むやみに電凸すると、ネットに晒されるかもしれない――。「抗議」主らに与えたインパクトは相当なものだったようだ。つまりこうした新たな試みは、電凸への“対抗策”として大変有効であることが、図らずも判明したわけである。下品な輩にはこれまでのような上品な対応など必要ない、ということなのか。ともあれ、電凸やクレーマーに苦しむ人たちにとっては大変参考になる事例となったようだ。今後は電凸だけでなく、脅迫FAXや脅迫メールもネットに晒されるケースが出てくるかもしれない。

 ところで昨今、企業等が行なっているクレーマー対策には、「この電話は品質向上のため、録音されています」といったアナウンスを最初に流してから担当者に電話をつなぐ方法があり、今ではそれが一般的になり過ぎて、当たり前なほどだ。従って、愛知県側が抗議電話を録音していたことは、決して驚くことでも、珍しいことでもない。抗議などが予想されるイベントでは、「なお、録音した音声は、WEBサイト等で公開される場合がございます。あらかじめご了承ください」としたアナウンスを流すことが、これからのデフォルト(標準設定)になっていくのかもしれない。

 ただ感情に任せ、迂闊に抗議電話をかけると、こうした“逆襲”が待ち構えている――と覚悟しておいたほうがよさそうである。

責任を取るのは「あなた」

「有益な情報を交換、拡散するツール」として始まった電子メールやSNSは、次第に

「他人を騙してお金を稼ぐ」

「承認欲求を満たす」

「犯罪に利用する」

「誰かを攻撃する」

「他人を意のままに操る」

といった、思いも寄らぬ多様な使われ方をするようになった。“サイコパス・ツール”の様相さえ呈している。愛知県への攻撃を促す「電凸マニュアル」が、SNS経由でネット上に出回っていたとの報道もある。しかしSNSの書き込みには、そもそも信頼性は担保されていない。タダで見られる情報など、所詮そんなものなのだ。きちんと事実で裏打ちされていると期待するほうに無理がある。

 結局のところ、書き込みの内容が事実かどうかは、自分自身で確認するほかない。ひとつ間違えれば威力業務妨害罪等で逮捕されるかもしれないことを考えれば、その電凸やクレームが自分の人生をかけてやるほどのことなのかどうか、行動に移す前に一度、冷静に立ち止まって考えてみたほうが無難であろう。

 電凸やツイートには責任が伴う。それは、転載や拡散においても同様だ。大人ならば、それくらいのことは知っておくべきだろうし、知らない子どもには、大人が教えてあげなければならない。スマホやパソコンという文明の利器を得たことで、全能感や万能感を持ってしまう人もいるのだろう。だが、ネットの向こう側にはあなたを落とし入れようと企む輩がいることを忘れてはならない。

 ネット情報の発信者は今や、善人か悪人かもわからないし、人間かAIかの区別さえつかない。そして悪意の発信者たちは、あなたがこれからすることに対し、何の責任も取ってくれない。

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

1985年東洋大学社会学部応用社会学科マスコミ学専攻卒業。


1987年『朝日ジャーナル』に青森県六ヶ所村の「核燃料サイクル基地」計画を巡るルポを発表し、ルポライターとしてデビュー。その後、『技術と人間』『フライデー』『週刊プレイボーイ』『週刊現代』『サンデー毎日』『週刊金曜日』『週刊朝日』『世界』などで執筆活動。


ルポの対象とするテーマは、原子力発電、食品公害、著作権など多岐にわたる。築地市場や津軽海峡のマグロにも詳しい。


フリーのテレビディレクターとしても活動し、1994年日本テレビ・ニュースプラス1特集「ニッポン紛争地図」で民放連盟賞受賞。


ルポタージュ研究所

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