世界各地で政情不安が起きている。6月の逃亡犯条例改定案に端を発した香港の大規模デモは日本でも連日報道されているが、中南米ではチリやボリビアの政情が悪化している。中東でも2011年に生じた「アラブの春」が再来する気配が高まっている。米国の制裁に苦しむイランで11月中旬に過激な抗議デモが発生し、国際社会が問題視し始めているが、筆者が注目するのはイラクで10月上旬から続いている大規模デモのほうである。
イラクでは一向に改善しない生活環境への不満が大規模な抗議デモに発展し、死者が300人を超える事態となっているが、収束する気配がまったくない。特徴的なのは、デモの発生がイラク中部以南のシーア派地域に集中していることである。シーア派の支配層に対して、同じシーア派の若者たちが反乱を起こしているのである。
イラクの人口4000万人のうち、米軍侵攻のあった2003年以降に育った若者の比率は60%に達するといわれている。社会の大多数を占める若者たちは、大学を卒業しても就職先が見つからず、不満の矛先が「自国の豊富な石油資源の売却による国家収入が一部の支配層に搾取されている」ことに向けられているのだ(11月12日付「Wedge」記事より)。
「史上初の草の根運動」と指摘されるように、宗教や政治派閥に関係なく「社会正義」の実現を目指している。多くのイラク人が「初めてのレジームチェンジ(革命)の機会だ」と考え始めており、「政権基盤が盤石とされていたムバラク大統領が失脚した2011年のエジプトと同じような様相を呈してきている」との観測もある(11月6日付ニューズウィーク記事より)。
デモ参加者の怒りは、イラクに強い影響力を行使するイランにも向けられている。昨年秋にイランの強い意向で就任することになったアブドルマハディ首相は、抗議運動の激化で一時辞任する腹を固めたが、イランはアブドルマハディ氏に辞任を撤回させ、デモ隊に対して強硬策で当たるよう要求した。
「欧米の情報機関が国内の大規模デモを煽っている」と警戒を強めているイラン指導部が、イラクの政情不安が自国に波及することを回避しようとさらなる介入に及べば、「火に油を注ぐ」結果となるのは目に見えている。このようにイラクで「第2のアラブの春」が勃発しかねない状況になっているのである。
原油価格高騰の懸念
デモ参加者には油田が集中する南部バスラの石油産業労働者が含まれており、イラク最大の港であるウンム・カスルは妨害活動のせいで一時閉鎖される事態に追い込まれた。デモ隊はさらにイラク最大油田での操業を妨害するために幹線道路の封鎖を開始している(11月18日付「OILPRICE」記事より)。