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藤和彦「日本と世界の先を読む」

プーチン、歴史的な大失態か…中露・巨大ガスパイプライン開通がロシア経済を傾ける

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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中露パイプライン「シベリアの力」 天然ガスを輸送(写真:新華社/アフロ)

 ロシアと中国は12月2日、両国を結ぶ初の天然ガスパイプライン「シベリアの力」を開通させた。パイプライン開通の記念式典にはロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席がテレビ会議を通じて参加し、両国の親密ぶりをアピールした。

 このパイプラインは全長約3000km。東シベリアのチャヤンダ・ガス田から当初は年間50億立方メートル、全線が稼働する2025年には年間380億立方メートルの天然ガス(日本の年間消費量の3分の1)が中国へ供給される見込みである。当面は吉林省と遼寧省までの開通だが、最終的には北京や上海までパイプラインが整備されることになっており、これによりロシアはドイツに次ぐ第2位のガス輸出先を確保することになる。両国間の契約によれば、シベリアの力は今後30年間で合計4000億ドルの収入をロシアにもたらすことになっている。

 プーチン大統領は式典に際し、「世界のエネルギー市場にとって、そして何よりも両国にとって歴史的な出来事だ」とその意義を強調した。12月3日付ニューズウィークが『ロシアと中国、パイプライン開通で米国に対抗』と題する記事を掲載したように、世界のメディアも一様に「プーチン外交が再び勝利した」と称えている。

ロシアは今後多額の負債を抱える

 だが、エネルギー専門家の見方はまったく違っている。ロシアのエネルギー専門家は「プーチン大統領はロシアの面子を保とうとするあまり、今後多額の負債を抱えたことになった」と酷評しているが、どういう意味だろうか。

 思い起こせば、2014年5月のロシアをめぐる国際環境は最悪だった。ロシアによるクリミア併合を理由に欧米の制裁が同年3月に科され、ロシアは国際社会で孤立する事態となっていた。この状況を打開するためにプーチン大統領が切ったカードは「中国への接近」である。

 同年5月に中国を訪問したプーチン大統領は、10年近く難航していた中国との天然ガスパイプライン契約を妥結に導いたが、交渉妥結にとって最大の障害であった天然ガスの供給価格についての発表はなかった。一部の専門家の間で流布している供給価格は、ロシア側が流している総額4000億ドルという数字を10年間に供給される天然ガス量(1兆1400億立方メートル)で割ることで算出されたものにすぎない。

 2019年8月にロシア・エネルギー省幹部が「天然ガス供給契約に関する技術的問題については合意に至ったが、価格については協議を継続している」と述べたように、契約合意から5年を経過してもなお価格交渉が継続しているのである。

ホールドアップ問題

 このような異例の事態になっているのは、プーチン大統領が「中国との蜜月」をことさら強調するために、将来に大きな禍根を残す決定を行ったからである。

 ロシア側にとっての最大の懸念は、「ホールドアップ問題」の発生である。これは、外国向けパイプラインの仕向先が1国に限られる場合、輸入国の一方的な事情で「事前に契約された量や価格で原油や天然ガスを買い取れない」と主張されると、生産国がその要求を一方的にのまざるを得ない状況に追い込まれることを指している。生産国が所有するパイプラインは、ほかへの供給に振り向けることができないことから、消費国との交渉が決裂した場合に無価値の資産となってしまうため、生産国はこれを避けるために消費国側の要求に従うしかなくなるのである。

 この問題が最初に発生したのは、ロシアが黒海経由でトルコ1国に天然ガスを供給するブルーストリームパイプラインだった。供給開始を間近に控えた2002年4月にトルコは、経済の低迷を理由に「天然ガスの契約引取量の縮小と天然ガス価格の引き下げ」を突然要求してきた。この一方的な要求にロシア側は激怒したが、トルコは他の国からLNGを輸入しており、天然ガスの調達に関する自由度があったことから、ロシア側は最終的にトルコ側の要求に屈するしかなかった。

 この一件はロシア側にとって手痛い教訓となり、ホールドアップ問題が発生しない方策を採ってきたが、シベリアの力で同様の問題が発生する可能性が高いのである。

 その理由としてまず第一に挙げられるのは、シベリアの力の供給先が中国だけに限られていることである。トルコと同様、中国も天然ガスの調達に関する自由度が高い。カザフスタンやトルクメニスタン、ミャンマーからパイプラインで輸入するとともに、液化天然ガス(LNG)というかたちでマレーシア、カタール、パプアニューギニア、豪州などからも輸入している。

 中国側は中央アジア産ガスよりも低い価格を提示する構えであり、価格をめぐる両国間の紛争が生じることになると予想されるが、ロシア側の立場が弱いのはトルコのケースから見ても明らかである。

 さらに引取量の縮小を中国側が要求してくる可能性がある。中国は大気汚染対策として燃料源を石炭から天然ガスに切り替える事業を大規模に実施しているが、初期需要として見込まれる東北三省の経済は芳しくないことから、石炭より高価な天然ガスの需要が拡大しない恐れが高まっているからだ。

 ロシア側はシベリアの力の開通にあわせて東シベリアのチャヤンダ・ガス田の開発のために1000億ドル以上の資金を投入したとされているが、天然ガス売却収入が当初の見込みをはるかに下回れば、巨額の不良債権が発生してしまうというわけである。このように、プーチン大統領が国威発揚に利用したツケが、今後ロシア経済に大きくのしかかってくるのではないだろうか。

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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