秋田県大館市教育委員会が、子どものインターネット・ゲーム依存を防ぐための条例制定に向けた議論を始めた。秋田県の地方紙秋田魁新報が2月27日、朝刊で報じた。秋田魁は『ゲームは1日60分、条例制定へ 大館市教委、親の責務明記』と題して、次のように報じた。
「秋田県大館市教育委員会は、子どもがインターネットやオンラインゲームの依存症になるのを防ぐ条例制定を目指している。依存症につながるゲーム機などの使用を1日60分以内とする素案を作成、学校や保護者の責務も明確にした。成案化し6月定例会に提案予定で、市教委は『制定に向け、保護者に丁寧に説明し理解を得ていきたい』としている。
市教委は今月、『ネット・ゲーム依存症対策条例案』の素案をまとめた。インターネットやゲーム機の過剰な利用が、子どもの学力や体力の低下、昼夜逆転による不登校、睡眠障害などの精神面でのトラブルを引き起こすと識者らが指摘していることを制定の趣旨に掲げ、▽依存症の児童生徒や家族への支援▽市、学校、保護者が連携し、社会全体で対策に取り組む―などを基本理念に掲げた」
香川県「ネット・ゲーム依存症対策条例案」は18日に可決へ
唐突なイメージもあるが、複数の秋田県関係者によると、大館市での議論は今年1月、香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例案」がインターネット上で話題になったことが端緒になったという。
大館市でも香川県と同様に、1日のゲーム時間の制限や、深夜のインターネット使用などを制限する内容を盛り込んだ条例案にする方針で、市議会6月定例会での法案提出を目指している。
香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例案」には「ゲームは平日1日60分まで」「午後10時以降はゲーム禁止」などの具体的な制限が盛り込まれていて、賛否両論を呼んでいる。県は当初、県議会2月定例会で法案を提出し、条例化を目指していたが、県内外からの批判が噴出。これに対して同県はパブリックコメントを募集し、3月12日の検討委で結果が示された。意見を寄せたのは2686人で、そのうち賛成が8割超に上った。県議会は開会中の定例会最終日の18日に条例案を採決する方針を示している。
そもそも「ゲームは1日〇時間まで」という話は、家庭内のルールで決めればよいのであって、子どもとはいえ余暇の過ごし方を法律で縛るというべきではないという意見もある。自治体で連鎖的に始まった「ゲーム規制」の条例化を目指す動きについて、アニメ・漫画・ゲームなどの表現規制に詳しい「オタク区議」として知られる東京都大田区区議会議員のおぎの稔氏(34)=無所属・2期=に話を聞いた。
【おぎの氏インタビュー】
――なぜ、日本では条例で「ゲーム規制」を行う流れになっているのでしょうか。「ゲームの利用時間を規制しよう」という論調は以前からありました。例えば2018年10月、日本新聞協会が開催している第71回新聞大会の開催記念フォーラムで「ことばと脳のおいしい関係」というシンポジウムが開かれました。当日は東北大学加齢学研究所所長の川島隆太氏が「スマホやゲーム機の使いすぎにより学習に適さない脳になる恐れがある」などというテーマで講演し、宮城県内の小学生が行っている「ゲーム、スマホの制限ルール」が紹介されました。しかし川島教授は「脳トレ」に関する様々なスマホ、ゲーム機用のコンテンツを監修していることもあり、新聞業界内で矛盾も指摘されていました。
おぎの稔氏(以下、おぎの) こうした条例化の動きは、今回の大館市の例を秋田魁新報が取り上げたように、実際に条例が制定される前段階で何らかの報道が出ます。香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例案」での同県議会での論争が始まった際にも、四国新聞が報じました。どうやら地方では、地方紙と連携して「ゲーム依存を取り上げていこう」という動きがあるようで、一部の医師や精神科医と組んで実施しているのが現状のようです。しかし、世界的にみればゲーム依存の規制に関する論議は低調で、昨年5月の世界保健機関(WHO)年次総会でオンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を新たな依存症として加える「国際疾病分類」最新版の採択について、日本の企業も加盟しているアメリカのゲーム業界団体は反対するなど一枚岩でもありません。
WHOの国際疾病分類にゲーム依存症やゲーム障害が記載されても日本政府がすぐに病気疾病として取り扱うものではないと、厚生労働省も認めています。
――東京都ではどのような議論になっていますか。
おぎの 有権者からも「やりすぎは良くない」という意見は頂きます。東京都大田区では「やりすぎ注意」や「利用制限」に関して、「青少年健全育成のため大田区行動計画」などで触れていますが、基本的な方針としては条例を含む法的な規制を行う流れではなく、「家庭でルール作りをしてください」と呼びかける方針です。そもそも、他の趣味で1日何分などという時間制限を聞いたことがありません。「スポーツは1日60分まで」とか、「読書は1日60分以内で」という規則はありませんよね? 大人だって、労働依存にならないように労働は一日1時間までなんて決められてませんから。
――子どもが将来就きたい職業ランキングでゲーム業界は例年上位に入っています。
おぎの 福岡市や九州大学などが参画する「福岡ゲーム産業振興機構」などでは、ゲームクリエイターになるための教育支援などに取り組んでいます。世界的な競技会が開かれているEスポーツに至っては、ゲーム使用制限の条例化を進める香川県ですらEスポーツ協会があります。
科学的エビデンスなき感情論による条例化を危惧
――「クールジャパン」の一つとして政府としても応援していくとしている
おぎの 条例化のもともとの理由となっているWHOの調査では「ゲーム障害」になる人はごくわずかという結果がでています。WHOは「ゲーム障害」を「ゲームを行う回数、時間、中止することを自分でコントロールできない状態」「ゲームがほかの日常的活動より優先される場合」「ゲームへの没頭が生活や周囲との関係に悪影響が出ていても止められず、さらに熱中するといった状況のいずれかが1年以上続いている場合」と定義しています。
これは一般的に日本でいわれている「ゲーム依存」とは別です。ちなみにより大きなカテゴリのインターネット依存に関して、ドイツのリューベック大学が実施した調査では14〜64歳の1.0〜1.5% (PINTA Studie 2011)です。ドイツ厚生省が2016年に発表した「薬物と嗜癖の報告書」では、全年齢でみると約0.8%、中学3年生以下は約1.2%がインターネット依存の状態にあると推測されています。果たして、これは多いのでしょうか。9割以上の子どもが、ゲーム障害以前にネット依存でもないことになります。にもかかわらず、日本では条例で子どもたち全員を規制してしまう方向に議論が進んでいます。
そもそも、「依存につながるゲームの仕方」とはいったいどういうものなのでしょうか。報道を読む限りでは、大館市も何か医学的なファクトがあって条例制定を目指しているわけではないように見えます。
――「引きこもりの主な理由はゲーム依存」という指摘があります。
おぎの 条例を制定するのにあたって、「子どものゲーム依存症」というのは、「どういう状態」なのかということすら定義されていません。
条例制定の理由に、「不登校児を増加させる」との指摘もあります。ゲーム依存症で不登校になるということは、「他に理由がなくゲームばかりをしているので学校に行けなくなる」ということですが、これは因果が逆なのではないでしょうか。
学校に行けない子どもが、結果的にネットとかゲームに熱中していることを言っているのかもしれません。果たしてそれはゲーム依存なのでしょうか。現在の状況は「ゲームばっかりしている」。しかし、ゲームがなければ、「寝てばっかり」になったり、「漫画アニメに熱中する」するようになったり、「テレビばっかり見てる」ことになったりするのではないでしょうか。
そもそもゲームやネットを取り上げてしまうことが、不登校の子供にとって良いことなのか。何のエビデンスもありません。
それはすごく危険です。一方的に「ネットやゲームが引きこもりの原因になっている」と断じるのも問題です。多くの子どもたちの引きこもりの理由は、ゲームが好きだからではありません。生きづらい環境があって引きこもっているのです。そこが自分の唯一の居場所になっているかもしれないのに、ゲームを取り上げてしまう、そうしたメッセージを県が出してしまうことは問題にはならないのでしょうか。
それに、依存症の治療の中のプランの一つとして、ゲームの利用制限が行われるのはあるかもしれませんが、それは個別に行われるべき事であり、条例に書くべきことではありません。何か病気に対する法律や条令で、医療費の助成やその他支援はあっても「○○病の患者は一日3回、朝昼夜の食事後、薬を飲みましょう」とはしないはずです。条例に書く事ではありません。
――ゲーム、ネット規制の話はマスコミの報道でたびたび取り上げられています。
おぎの 少なくとも新聞業界にはゲーム規制を推進しようとする論調があります。彼らは昔からネットやゲームを敵視しているところもあるのかと思います。一方で国政では、「こうした規制の流れは違う」と国会議員も、省庁にも思っている方がいるようです。新型コロナウイルス感染症関連で、学校も休校、公園や遊びにも行きづらい香川県の子供がゲームも利用制限と、不憫でなりません。
こうした地方自治体の動向は、話題にならないと誰も知らないうちに進んでしまう傾向があります。ある意味、秋田魁新報は大館市の話をよく取り上げてくれたと思います。賛否はさておき、こうした自治体の流れに注目しているメディア関係者もいると思うんです。いずれにせよ、エビデンスにもとづいた議論をしてほしいと思います。
(文・構成=編集部、協力=おぎの稔/東京都大田区区議会議員)