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藤野光太郎「平成検証」 新型コロナパンデミック 第5回

新型コロナ禍で瀬戸際の病床数→医療崩壊目前…現閣僚が推進した「病床13万床削減計画」の行方

文=藤野光太郎/ジャーナリスト
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東京都医師会の尾崎治夫会長は「1日の感染者数が1000人超となったら、東京の医療はもたない」とのコメントを発表した。(写真:Getty Images)

不足する病床と瀬戸際の医療体制――。政府の対策に募る医療現場の不安と危機感

 この11月中旬以降、新型コロナウイルス感染症の国内 PCR 検査で陽性が確認され感染者として公表される人数が激増している。12月5日には、東京都だけでも584人が確認された。深刻なのは、12月に入って重症者が500人を超え、死者も急増していることだ。

 死者数が30万人に達しようとしている米国では、米疾病対策予防センター(CDC)の R.レッドフィールド所長が 12 月2日、「来年2月までに約45万人の米国人が死亡する懸念がある」との厳しい予測を公言した。日本も今の勢いがこのまま続けば、同じ時期までに5000人の死者が出てしまうかもしれない。

 新型コロナが猛威を振るう一方で、インフルエンザ患者は激減している。新聞やテレビは12月に入って、「ウイルス干渉の可能性あり」と、新型コロナとの同時流行を疑う記事を報じた。「ウイルス干渉」の可能性があることについては、既に8カ月前の 4月に本連載で指摘している。

【新型コロナ】金を出し渋る安倍政権に「補償なき自粛」を強いられる日本国民

 政府は「新型コロナからの経済復興」を建前とした政治家や官僚の“利権漁り”を疑われてきたにもかかわらず、国民が納得できる説明もしないまま、従来からの「注意喚起」と「自粛要請」をしきりに呼びかけている。専門家を含む多くの国民が「Go To キャンペーンは一旦、中断せよ」と訴えていたにもかかわらず、「首相案件」といわれて半ば酔い痴れたとみえる菅義偉首相は、頑迷で暗愚な為政者の姿を改めようとはせず、感染拡大の扉を無自覚に開けてしまった。

 第3波とされる感染拡大は今回、「全国的」で「全年齢層」に拡がり、しかも高齢者の「重症者」が増加する傾向にある。東京都では1日の感染者として公表される人数が前述のように500人前後にまで増え、東京以外でも過去最多の数字が出続けている。

 小池百合子東京都知事は11月19日の夕刻、「検査数も過去最多です」ととっておきのコメントで悠長に批判から逃れようとしたが、その東京都は4段階に分けた「感染状況」の評価で最も高い警戒レベル「感染が拡大している」に引き上げている。新型コロナウイルス感染症対策分科会の関係者からは「重症者数が累積300人超となれば、医療体制は危機に陥る」「東京都の感染者数が1日500人超となれば、病床が厳しい」といった声が漏れ伝わってくるが、前述の通り、すでに500人超は記録済みだ。

 それどころか、東京都医師会の尾崎治夫会長は、「感染者の急増を抑制できなければ1日の感染者数1000人超となる試算がある。そうなれば東京の医療はもたない」との危機的コメントを発した。本稿掲載時には、東京都の1日の感染者数が1000~1500人に激増しているかもしれない。

 新型コロナウイルス感染症の患者とそれ以外の患者とを並行して守らねばならない医療の現場では、いまも至難の治療が続けられている。終わりなき苦闘に従事する医療現場が今、最も不安を抱いているのが、病床を含む医療体制に対する政治と行政の采配である。もはや後戻りできない第3波を乗り切るための鍵が、医療体制の緊急再整備であることは間違いない。

 本連載の前回末尾で、「安倍政権は、国内の病床数と新型コロナウイルス感染症の法的分類について、どのような施策を講じてきたか。新政権は、それをどのように引き継ぐのか。次回、過去の議事録に基づいて検証する」と予告した。

 以下で検証する。

入院患者の転院先は見つからず、「確保病床数」も数字だけの“余裕”に過ぎない

 まずは現状を確認しておこう。

 新型コロナウイルス感染症患者の療養状況と病床数に関して厚生労働省が公表した調査資料(12/4公表)によれば、12月2日現在の「入院確定者数を含む全国の入院者数」は8488人、これに対する「確保病床数」は2万7298床。ただし、病床の逼迫度をみる上で、全国の合計数による判断はあまり意味がない。従って東京都に限っていえば、「入院患者数1698人」に対して「確保病床数4000床」となっており、数字上は約42%の使用率、空床は約58%ということになる。この2週間前(11月18日時点)と比べると、東京都の入院患者数はさらに386床が埋まってしまったわけだ。

 しかしこの調査資料をよく見ると、「確保病床数」の備考として、欄外に次のような注意書きが極小文字で付されている。

「注4:いずれかのフェーズにおいて、空床にしておく、あるいはすぐさまその病床で療養している患者を転床させる等により、新型コロナウイルス感染症患者の発生・受入れ要請があれば、即時患者受入れを行うことについて医療機関と調整している病床」

 要するに、「即時の受入れ」については、まだ転院先候補の「医療機関と調整」中、でしかないということだ。

 実際、重症病床として、ICU(集中治療室)を確保する目標を150床から200床に増やすとされた東京都では、その半分以上が既に他の疾患で埋まっている。入院が急増しているため、もはや「満床」寸前、医療現場の人員もほぼ限界なのである。

 現場の実態を都内練馬区の開業医に聞いてみた。

「そうなんです。実は、その数字からは実情が見えません。まるで確保分が“空きベッド”みたいに思えますが、そのなかには必要に応じて患者の受け入れを予定された病院の病床数がかなり含まれているんです。その場合、すでに他の疾患で入院中の患者さんたちに転院を頼んでベッドを空けないといけないことも少なくないんですが、新型コロナ患者の転院は今、多くの病院から受け入れを拒まれるのが実態です。だから、すでに新型コロナの入院患者が多いところに『治療実績があるから』と患者を回していく悪循環が続いています。現場からこういう声を出すと皆さんの不安が募ると思いますが、それが実情です」

 つまり、回復しかけても転院先は見つからず、「確保病床数4000床」は数字だけの“余裕”に過ぎない、ということだ。

 本来であれば、「重症」は高度医療機関に、人工呼吸器が不要の「中等症」は重点医療機関で、「軽症」は宿泊施設や自宅へ、と症状に応じて振り分け、受け入れ体制を整備しておけばよい。政府の対処もそうなっている。しかし、事実上の受け入れ拒否で転院も不可となれば、入院が集中する病院のパンクが蟻の一穴となって、医療提供サービスは一気に崩壊し始める。その好例が欧米の惨状だ。

 そもそも、冬場の感染拡大は当初から誰もが予想していた。湿度が低下すれば、飛沫のエアロゾルは空気中に残って漂い続けるからである。あろうことか、その時季に向けて意図的に手綱を緩めた政府の施策は失態以外のなにものでもない。

 実際、10月と打って変わって、11月の初旬から中旬にかけて急増した重症者の搬送は、あちこちで滞っている。重症者の搬送の増加は東京都内の病院で顕著だ。新規の重症患者数は10月に10〜20人だったのが、11月に入って40人超も出始めたからである。並行して、入院患者数も1000人から1200人、1300人へと急増している。また転送先の病院では、「新型コロナ用の準備」に1週間程度を要する上、仮に「受け入れ後に患者が退院」しても、空きベッドが簡単に埋まる保証もない。集中治療室も崖っぷちである。「地域医療」の本筋と「経営維持」のため、転院先の病院も新型コロナ対応の準備をするタイミングを計れないでいるのだ。

 前出の開業医も、少し言いにくそうにこう付け加えた。

「10月以降、保健所を経由せず直接、かかりつけ医に発熱外来が可能になりました。ただ、我々かかりつけ医は地域医療を担う立場ですから、ほかの患者さんも診なければならず、人員も病床も限界があります。結局、ここ数年、ずっと病床の削減を言われてきましたから……それが裏目に出た、ということでしょうかね」

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは「降って湧いたような事態」ではなかったはず

 病床数の不足は、医療崩壊への入口である。

 近年、世界的に感染症が発生する間隔が短くなりつつあるなかで、国内の病床は政策的誘導で漸減してきた。しかし、国策としてパンデミックへの準備と対策が課題であるべき政府にとって、新型コロナウイルス感染症は決して降って湧いたような事態ではなかったはずだ。

 呼吸器系の疾患では、2003年にSARSコロナウイルスをやっと封じ込めたと思ったら、6年後の2009年には新型インフルエンザウイルスが世界的に流行し、今も続いている。長い歴史を持つ鳥インフルエンザが「種」を超えて感染することは、2008年の時点ですでに広く知られていた。当然、これもパンデミックを引き起こしかねない。2013年にはMERSコロナウイルスの「ヒト~ヒト感染」が確認され、これも現在進行形だ。2015年にはそれが韓国でもアウトブレイクし、映画にもなった。2019年に米国で猛威をふるったインフルエンザは、米疾病対策センター(CDC)の発表履歴を見ると、シーズン中の2020年2月初旬までに約2600万人が感染し、約25万人が入院して、約1万4000人が死亡している(CDC「Weekly U.S. Influenza Surveillance Report」)。しかも、これは新型コロナだったとの説もある。

 東日本大震災で勃発した東電福島第一原発の巨大事故で結果的に政権を失った民主党政権を挟む形で政権を執ったのは、失策続きで降板した麻生太郎内閣を除けば、2006〜2007年と2012~2020年に政権を執った安倍晋三内閣である。その政策を黙々と「継承し、完遂/発展」すると公言して総理の座を与えられた菅義偉首相は、安倍内閣の政策実現に邁進中だ。

 それでは、パンデミックの脅威に晒された時代に政権を執った安倍内閣は、医療崩壊の入口である病床数をどうしようとしたか。また、それを継承する菅首相は、首相就任後、どう動いたか。

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病院病床数は右肩下がり。現首相の菅義偉氏も、当時の安倍政権のもと「病床13万床の削減計画」を進めていた。

菅義偉政権が再開含みで保留した「病床13万床削減計画」の目的は何だったのか?

昨年10月、安倍首相(当時)は「病院再編とともに過剰ベッド数の削減などを進めよ」と加藤勝信厚生労働大臣(当時/現・官房長官)ら関係閣僚に指示した。

 公立・公的病院の再編・統合については、厚労省が全国424の病院名を公表し、これに対して全国知事会からの反発が続いていた。「地域の実情を踏まえず病院名を公表されたせいで、各地で不安と反発が広がっている。国は病院名の公表を撤回してほしい」というものだ。高齢者が増えるなかで、特に公立病院は地域住民の健康維持に欠かせない医療機関であり、統廃合だけで解決しようとするには無理があるからである。

 前述の「関係閣僚に削減が指示された」のは、同28日に開かれた内閣府経済財政諮問会議で、民間議員が「2025年までに目指すべき地域医療構想の進捗が不十分」「病院や過剰なベッドの再編は、公立/公的病院を手始めに官民で着実に進めるべき」と政府の尻を叩いたからである。議長は当時の安倍晋三首相、議事進行はその後に新型コロナ対策の担当大臣を務めることになる西村康稔内閣府特命担当大臣兼経済再生担当大臣(現・新型コロナ対策担当大臣、全世代型社会保障改革担当大臣。※肩書が多すぎるので他は省略)である。

安倍首相・麻生副首相・加藤厚労大臣・西村特命大臣(すべて当時の肩書)らが、強権を発動して進めてきた病床削減の目標数は「13万床」だった。

 これを提案した「民間議員」は、菅義偉首相が就任早々の9月21日に面談し、その後も10月23日、同31日と、頻繁に逢瀬を重ねている新浪剛史サントリーホールディングス社長である。元ローソン会長としても有名な新浪氏は、米シンクタンクを含む超党派組織「外交問題評議会」のグローバル諮問委員会メンバーや、通称「ダボス会議」でも知られる「世界経済フォーラム」などの要職を歴任、「米日財団」でも理事を務める著名な経済人だ。同氏は、米国企業のCEOを中心にメンバー構成された米国最大の経済政策団体「米国経済開発委員会(CED)」が授与する「Global Leadership Award」の受賞者でもある。

 ちなみに「米日財団」とは、かつて日本船舶振興会(現・日本財団)が公営競技「競艇」の莫大な収益から100億円を投じて設立した助成財団(米国における法人認可は1980年)で、創設者は国際勝共連合名誉会長でもあった故・笹川良一日本船舶振興会会長(当時)である。笹川良一氏は、戦後日本のキーマンとしても知られており、競艇はいまだに笹川一族の強い影響下にある。安倍前首相は今も笹川家と昵懇の間柄だ。

 国際的に活躍する新浪氏は、官邸4階の大会議室で開かれた前述の経済財政諮問会議で、次のように述べている。

「……無駄なベッドの削減は、増加する医療費の抑制のために大変重要であり、官民合わせて13万床の過剰病床の削減、急性期から回復期への病床転換等について、期限を区切って必ずやり遂げていかなくてはならない」(第9回「内閣府経済財政諮問会議」議事録より抜粋)

 新型コロナパンデミックの渦中で、その対策担当大臣となった西村康稔氏も、同じく厚生労働大臣を務めた後に官房長官になった加藤勝信氏も、同じく官房長官を務めていた現首相の菅義偉氏も、安倍首相の下で束になって進めていたのが、いま医療崩壊を危機に至らしめている「病床13万床の削減計画」だったのである。

 新型コロナ禍の渦中では、さすがに「病床削減」は進まないだろう。つまり、計画は「保留中」だ。しかし、パンデミックのほとぼりが冷めれば議論は再開されるに違いない。菅政権は安倍政権の政策を継承する内閣だからである。病床の削減は「地域医療構想」の要であり、地域医療構想は「医療費削減」を目的として2025年の実現が想定された計画なのである。

 それでは、菅政権がこれを実現したら、本当に「医療費削減」は成就するのか?

(以下、次稿)

(文=藤野光太郎/ジャーナリスト)

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