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江川紹子の「事件ウオッチ」第150回

江川紹子の考察【新型コロナ対策「店名公表」】をめぐる懸念…強権主義の誘惑には抗いたい

文=江川紹子/ジャーナリスト
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自粛要請に応じないパチンコ店の名前を公表した吉村洋文・大阪府知事(写真は吉村府知事のTwitter)

 新型コロナウイルスへの対策をめぐっては、東京都や大阪府の知事らが迅速に強い権限を行使しようと声を上げ、それに政府が押される場面が見られる。そんななか、人々が知事らを支持し、さらには日頃リベラルとされている論客が“強権主義”を後押しするという現象も起きている。

大阪府による休業拒否パチンコ店名公表

 その典型が、パチンコ問題だ。

 新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めようとさまざまな対策がとられ、飲食店をはじめとして、多くの店や事業者が営業自粛を余儀なくされている。そんななか、営業を続けているパチンコ店に対して、批判が集中。ギャンブル依存症や喫煙をめぐる問題などもあって、日頃から苦々しい思いでこの業界を見ていた人たちは少なくないうえ、事業存亡の危機に立たされながら忍耐を強いられている人々が、不公平感を覚えている。

 そんななか、吉村洋文・大阪府知事らから、自粛要請に応じないパチンコ店の名前を公表する意向が示された。

 抜け駆け的に営業を続けている店が放置され、利益を得るようなことがあれば、休業を受け入れている多くの事業者たちの不満はたまり、今後の感染拡大防止策に協力を得られなくなるかもしれない。そんな事態を、知事らは恐れたのではないか。

 これに対しては、パチンコの感染リスクが具体的に示されていないとか、パチンコ業界を見せしめ的にやり玉に挙げているといった批判の声もあった。政府も当初は規制に消極的だった。

 しかし、知事らの要請に押される形で、政府はガイドラインを策定。知事の休業協力要請に、正当な理由がないのに事業者が応じない場合、施設の名前や所在地などを広く公表できることになった。国としても、コロナ対策で重要な国民の一体感を、パチンコ問題が損なう状況はよろしくない、という判断があったのだろう。

 早速、吉村大阪府知事が営業を続けている府内の6つのパチンコ店の名前を公表した。その直後に、大阪市内の2店から「休業する」との連絡があったというから、一定の効果はあった、といえる。

 さらに、もう1店が「誹謗中傷の電話が相次いだ」として、休業を決定した。「誹謗中傷」の中身は不明だが、憤慨した市民からの抗議が多数寄せられたのだろう。これも店名公表の“効果”のひとつだろうが、人々の怒りを誘発し、ある種の“私刑”としての袋だたきを勧めることには、怖さも感じる。

 その一方で、それでも営業を続けている店もあり、そこに多くの客を集める逆効果もあった。報道によれば、開店を待って並ぶ客は以前より増え、店舗名公表によって営業していることを知り来店した客もいる、とのことだ。こういう時期でも、パチンコを我慢できない人たちのギャンブル依存症の深刻さがうかがえる。

権限のない取り締まりへの期待に困惑する警察

 他の自治体でも、営業を続けているパチンコ店に対する視線は厳しい。警察には「開いているパチンコ屋を取り締まってくれ」という市民からの電話が相次いでいる、という。

 休業に応じないパチンコ店は警察が取り締まるべきだ、という主張は、メディアからも出ている。

 テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』のレギュラーコメンテーター玉川徹氏は、早くから番組の中でパチンコの問題に言及。警察による強い行政指導を求めて、こう発言していた。

「パチンコ業界だって、(管轄する)警察庁が『(店を)閉めてくれ』と言ったら閉めるでしょう」
「そこは『(店を)閉めてください』と(警察庁が言うべき)」

 この発言を、ネットで肯定的に広めている論者もいる。水島宏明・上智大教授は、ネットメディアで繰り返しこの番組を取り上げ、「警察庁を動かすことを考えるべき」と太字で強調している。

 しかし、警察にはパチンコ店を含む遊技場営業開設の際の許認可権はあっても、すでに営業している店を休業するように求める権限があるわけではない。警察のような公権力に、法的な裏付けのない権力行使が許されないことはいうまでもない。許認可権をちらつかせて、法的根拠のないことをやらせようとするのは、相当にまずいのではなかろうか。

 安倍晋三首相も記者会見で、警察権力を私権の制限に使うことに、抑制的な姿勢を示している。「緊急事態宣言に伴い、警察の職務質問を活発化させたり風俗営業への取り締まりを要請したりすることはあるのか」という質問に、こう答えた。

「(特措法には)罰則がありませんから、警察が取り締まるということはありません。ただ、ご協力は要請させていただくことはあるかもしれません」

 実際、愛知県では県職員がパチンコ店の休業要請をして回ったが、その際、県知事の要請で警察官が同行した。ただし、それは万が一トラブルが起きた時に制止するため。警察官は県職員の後方に控えていて、要請に関する発言はしないという。

「我々には(パチンコ店)取り締まりの権限はなく、権限がないことをやれと言われても困ります」と、現場は警察に対する“期待”に困惑している。

 権限を逸脱した警察の行為を批判すべきメディアが、許認可権をちらつかせて圧力をかけさせようというのは論外というべきだろう。ウイルスの拡散防止という大義名分のもとでは、そういう自制すら働かなくなってしまうのだろうか。

 憲法を改正して緊急事態条項を入れるべしと主張する安倍首相が、現実の危機的状況に対しては強権発動に慎重になり、リベラルと見られていた論者が強権発動を期待するという、予想外の逆転現象になっている。

 このほかにも、政府の緊急事態宣言、その後の個別事業所への休業要請、緊急事態の全国への拡大などでも、東京都などの自治体が政府を突き上げる構図が繰り返されてきた。それに対して、西村康稔経済再生担当大臣が「私権の制限には慎重で」と応じる場面を私たちは見てきた。

 これについて、世間は圧倒的に小池百合子都知事らを支持している。世論調査を見ても、緊急事態宣言を「遅すぎた」と見る人が多く、政府のコロナウイルス対策を「評価しない」とする人が7割前後にのぼる。たとえば、産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が4月11、12両日に行った合同世論調査では、幅広い業種に休業自粛などを求める都の方針を「支持する」と答えたのは74%にのぼり、2週間程度の外出自粛効果を見極めようとした政府への支持は12.5%にとどまった。

 早くウイルスを封じ込めてほしい、という人々の願いが、スピーディで強い権限行使の期待につながっている。それは当然の感情といえるが、同時に、無自覚な強権主義が社会のなかに芽生え始めている兆候ととらえることもできる。それは、一般市民からの警察への通報にも現れている。

法治主義をないがしろにしないために

 緊急事態宣言が出されて以降、パチンコ店だけでなく飲食店などに関しても「自粛中なのに営業しているのはおかしい」、あるいは「公園で子どもが遊んでいる」などと告げる110番通報が急増している、と報じられている。事件でも事故でもなく、警察になんら権限のないことをこうして通報されても、警察も困るだろう。

 このような時にメディアが行うべきは、人々の不安や怒りに対する野放図な共感ではなく、むしろ強権主義への誘惑に抗い、法と権力の適正な行使の重要性を冷静に説くことではないか。

「非常時だから」と法の拡大解釈や権限の目的外使用を認めれば、それは必ず前例となる。平時に戻った後にも、恣意的な法の利用を許すことになりかねない。

 パチンコの例でいえば、現行法のもとでは、店名公表ですら、適正といえるのか議論が分かれる。ある種の制裁であるのに、反論の機会を与えるなどの手続きもなく、行政の裁量権を逸脱しているのではないか、という指摘もある。

 現在の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」は、知事による休業などの「要請」を行った時、それに応じない事業者に対しては「特に必要があると認めるとき」に限って「指示」ができる。しかし、それに従わない場合のペナルティは定められていない。

 そこが問題であるならば、法的根拠があいまいなまま不利益処分をしたり、人々の不安や怒り、憎しみをかき立てて対象を袋だたきにしたりするのではなく、必要な法改正を求めるのがスジだろう。

 たとえば、「指示」にも従わない事業者に対して、刑事罰ではなく、課徴金の制裁などの行政的な処分を科す、というやり方も考えられる。景品表示法では、「履くだけで痩せるストッキング」などの不当な宣伝をした業者に対し、都道府県知事が措置命令を出すことができる仕組みがある。その場合、法の要件に従って、消費者庁が課徴金の納付を命じることが可能だ。もちろん、不利益処分を科すに至るプロセスであるからには、業者に弁明の機会も与えられる。

 これは、ひとつの思い付きにすぎない。政府と国会が本気で検討すれば、もっといい方法も生み出せるだろう。こうした議論が始まれば、感染拡大防止に非協力的な業者の中には、強い警告と受け止めて、対応を変えてくるところも出てくるかもしれない。

 法改正には一定の時間を要する。現在、新型コロナ封じ込めは、最も優先度が高い課題であることは言を俟たない。「そんな時間はない」と言いたい気持ちもわかるが、日本は法治国家だ。今のこの状況にあっても、法治主義をないがしろにしかねない強権主義の誘惑には抗いたい、と思う。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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