トイレットペーパー不足騒動から思う、「ローリングストック法」のすすめ…江川紹子の提言
新型コロナウイルスの感染拡大と共に、全国の店頭に広がったトイレットペーパー不足。各地から「普通に売っている」との話も伝わってきており、品不足は解消されつつあるようだが、私(江川)が住む都内の地域では、これを書いている3月15日現在、ドラッグストアでもスーパーでも、依然として棚はがら空き状態だ。昨年の大型台風が相次いだ時にも、店頭からいくつもの商品が消えた。それによって困る事態を繰り返さないために、個々の消費者も危機に備える対策をとる必要性を感じている。
世界各地で起こった買い占め行動
各地の店頭からトイレットペーパーが消えたのは、2月末。「生産元が中国です。品薄になる前に購入したほうがよい」などというデマがSNSで流され、それが「中国の工場が止まったらしい。入手困難になる」「マスクと同じ材料を使っているから品薄になっている」などともっともらしく色づけされて、さらに拡散。合わせてティッシュペーパーもなくなり、その後ペーパータオルやキッチンペーパーなど紙製品全般に伝播した。
すぐに製紙業の業界団体、日本家庭紙工業会が「97.7%が日本製です。在庫も十分ある」とデマを打ち消すコメントを公表。メーカーは工場や倉庫の状況をメディアに公開した。行政も冷静な消費行動を呼びかけた。
こうした情報は、マスメディアやSNSを通じて、多くの人に伝わっており、「工場が止まった」などはデマだとわかったはずだ。にもかかわらず、店頭での品不足は解消しなかった。人々は、頭では「近く品不足は解消する。余分な買いだめはよくない」とわかっていても、実際にがらんとした棚を見れば、「念のため、少しでも買い置きしておきたい」という気持ちが刺激されたようだ。
多くの人が、デマと知りつつ、家に買い置きがあっても、店にいくつか入荷した商品を目にすれば買い込み、棚は空っぽのまま。それが人々をさらに焦らせる、という悪循環が続いた。そのために実際に自宅のストックがなくなって、困った人もいるのではないか。
そんな中、スーパーマーケット「イオン」が、一部店舗に特設売り場を設け、大量のトイレットペーパーを積み上げた。1パック12ロール入りのものを「おひとり様10点まで販売いたします」という表示をした店舗もあり、その写真がネット上を駆け巡った。人々の不安を吹き飛ばす物量作戦。実際にモノがあるところを視覚的に示した手法が、「念のため購入」の動きを沈静化させた効果は小さくなかったのではないか。
今回の新型コロナの広がりで、人々がトイレットペーパーを買いあさったのは、日本だけではない。報道を確認しただけでも、イギリス、アメリカ、オーストラリアなどで同様の現象が起きている。メーカーや行政が生産や在庫は十分だと説明しても、空になった商品の陳列棚が不安を呼ぶ現象も、日本と変わらない。トイレットペーパーだけでなく、さまざまな生活用品や食品が“爆買い”され、がらんとしたスーパーの棚や、まるで略奪にあったかのような店内の状況を写した写真もSNSなどで出回った。
ウイルス感染の広がりを恐れ、さまざまなイベントが中止になっているうえ、人々は感染への不安から人混みを避けようとして「巣ごもり」現象が起きている。今度どうなるかわからない、という不安のなか、せめて自分の「巣」の快適な環境だけは何がなんでも守りたい、そのために必要なモノは「巣」のなかにたっぷりため込んで安心したい、という欲求は、いわば本能のようなものだろう。
それが合理的な思考を圧倒し、買い占めに走るのは、確かに利己的で理性を欠いた行動ではあるけれど、その社会の不安の大きさを示す現象でもある。一足先に起きた日本の騒動を笑っていた欧米人は、反省してほしい。
非常時でも理性を失わないために
日本でトイレットペーパーを巡る騒動としては、1973年にオイルショックによる物資不足が噂され、消費者が買いだめに走った現象が知られているが、この時にも、紙類の国内生産は安定していたが、不安に煽られた人々が店の前に長い列を作り、それがさらなる不安を招いて、パニックが広がった。
2011年の東日本大震災の時は、スーパーの店頭からは水や保存食品や日用品が消えたり、品薄になったりした。地震の被害を受けていない西日本や九州でも、品不足を心配する人々による買いだめによって、物不足は起きている。
戦後の物不足の時代を経験した私の母(昭和4年生まれ)は、日頃から、日用品や食品などを余分なまでに買い置きするため込み癖があった。
しかし今は、人のいる地域にはいたる所にコンビニが営業している時代だ。私も、調味料や缶詰、猫のドライフードや砂などを除けば、次第に買い置きをしなくなっていった。
昨今は、コンビニを冷蔵庫代わりにして、極力買い置きをせず、電気代を節約したり自宅のモノを減らす“生活の知恵”が勧められたりもしてきた。そういう環境で育った人のなかには、買い置きの習慣がまったくない人も結構いるのではないか。
ただ、そういった平時においては快適なコンビニ社会も、製造、流通、消費のどこかで異変が発生すると、今回のように倉庫にモノがあっても店頭に並ばない、という異常事態が起きうる。
特に、トイレットペーパーやティッシュペーパーのように価格のわりにかさばるものは、商店は在庫をできるだけ少なくしてコスト削減したい。企業や家庭でも、場所をとるので、やはりそれほど備蓄をしているところは少ないのではないか。それでも日頃は、消費の動向を見越したメーカー、卸業者、小売店の緻密な商品管理によって、受給のバランスはほどよく保たれているが、突発的な買いだめ需要が発生すると一気にそのバランスが崩れてしまう。
昨年10月の消費税増税前には、前回の増税ほどの駆け込み需要はないと気を許していたら、やはり直前になってティッシュやトイレットペーパー、洗剤などを買いだめする人が相次いで、店頭から商品が消えてしまったのは記憶に新しい。
そのうえ昨年秋は、大型台風が相次いだ。天気予報を聞いて、事前に水、パン、カップ麺、乾電池や養生テープなどを買い求める人が多く、スーパー、コンビニ、電機量販店などの店の棚は空になった。
毎年のように台風や集中豪雨などの自然災害が起こり、南海トラフ地震なども心配されていることを考えると、私たち1人ひとりも、異常事態が起き、物資不足になってから慌てるより、日頃の備えが必要ではないか。
政府や自治体は、災害時に備え、食品などを日ごろから少し多めに買い、食べたり使ったりしたら買い足すようにして、常に家庭に備蓄しておく「ローリングストック法」を勧めているが、あまり浸透していない。
株式会社明治が昨年行った「乳幼児ママ・プレママの備蓄・防災に関するアンケート調査2019」によると、災害に備えて粉ミルクや液体ミルクの備蓄をしている人は約2割にとどまった。
日本気象協会が一昨年、20~40代の女性を対象に「家庭の備蓄状況」をインターネットでアンケート調査したところ、同じような結果が出ている。家族の人数分×3日分を備蓄できているかどうかを尋ねたところ、「十分できている」「それなりにできている」を合わせて20.8%、79.2%が「あまりできていない」と「全くできていない」と答えた。
今回の騒動を機に、水や食品だけでなく、トイレットペーパーやティッシュなどの日用品、乾電池など災害時に必要になりそうなものを書き出して、しばらく店頭から消えても焦りを感じない程度の量は備蓄しておいたほうがいいのではないか。
日本気象協会の「トクする! 防災」ホームページでは、「備蓄の心得」として、水や食品のほか、カセットコンロやビニール袋、ウエットティッシュ、常備薬なども家庭で備蓄しておくことを勧めている。
このほか、介護が必要な高齢者がいる、ペットがいるなど、家庭によって備蓄が必要なモノは違うだろう。今の時期なら、乾電池などのように台風シーズンに不足がちとなる商品は、店頭にたっぷり並んでいる。いずれ使うものなので、少し多めに買うローリングストックをしておいたらどうか。
現在は不足しているマスクや消毒液なども、今回の新型コロナ感染が収まれば、徐々に出回るだろう。来年も冬になれば、インフルエンザを含めた感染症のリスクはあるだろうから、その時に備えて、商品がたっぷりある時期に、少し買い置きしておくことにしたい。
確かに場所をふさぐが、備蓄があれば心の余裕が生まれる。それによって多くの人が非常時にも理性を失わない行動をとるようになれば、パニックによる物不足も防げる。過去、そして今の状況から学びたいものだ。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)