毎日発表される「新規感染者数」は「自粛」効果を判定するバロメーター?
毎日夕刻になると東京都が発表する、新型コロナウイルスの新規感染者数。この数字に一喜一憂している方もきっと多いことと思う。ところでこの数字は、感染拡大、あるいは感染縮小の実態をどこまで反映しているのだろうか。
感染症専門家は、この感染者数を「2週間ほど前の感染状況を反映している」ものだと説明している。それを引用する形で小池百合子・東京都知事も、国の「緊急事態宣言」から2週間となった4月21日に、
「2週間前の私たちの行動の総計が今、出てきていて、きょうからの2週間は、これから日本全体、東京全体としてその結果が出てくる。その結果を生み出すのは一人一人の行動だ」
と語っていた。
しかし、そう語るためには、感染が疑われる症状が出た人はすぐに検査をして、速やかな確定診断を得る体制がとられていることが前提となる。残念なことに、現在の東京や日本ではそうした検査体制になってはいない。
そもそも、感染してから発熱や咳といった風邪と同様の症状を発症するまでの期間には、かなりの個人差があることが、これまでの研究報告や報道、そして患者自身の証言などから明らかになっている。概ね5日から2週間というのが、これまでの診断や治療の積み重ねを通じてわかってきた知見のようだ。ただ、どんな理由でこれほどの個人差が生じているのかは、いまだわかっていない。
また、感染してしまってから検査が行なわれるまでの期間にしても、その人がクラスター(感染者集団)に関係しているかとか、海外渡航歴の有無などによって相当異なっている。4月17日 のNHKニュースは、NHKが東京23区内の各保健所に対し、検査が必要と判断してから実際に検査を行なうまでの期間を尋ねたところ、葛飾区と練馬区、豊島区、荒川区が4~5日程度、そして墨田区では1週間程度かかったケースがあると回答したと報じていた。
新規感染者数に「感染状況を反映」させたいのなら、この日数も考慮する必要があるのではないか。
それに加えて、検査を受けてから陽性の検査結果を知らされるまでに数日待たされたというケースや、ひどい場合は亡くなった後に感染が判明するケースまである。つまり、その日の新規感染者数が「2週間ほど前の感染状況を反映している」と言うには、とても無理がある。
となると、かなりアバウトな“物差し”にすぎない数字の上がり下がりを、テレビや新聞が毎日事細かに報道し続けることに、いったいどんな意味があるのか――という疑問が生じてくる。今の私たちが心底知りたいのは、仕事や学業、生活等のさまざまな場面で私たちが苦労しながら「自粛」を繰り返しているその成果が、上がっているのか否か――に尽きる。いつまでも成果が上がらないなら、いつになったら自粛が終わりそうなのかの見当がつかず、自粛に協力するモチベーション(やる気・意欲)も下がりかねない。
毎日発表される「新規感染者数」に、自粛の効果を正確に判定するバロメーター(指標)としての役割を期待できないなら、前掲のような誤差がいくつも含まれていることを踏まえ、3週間以上の幅を持たせてバロメーターの代役とするしかないだろう。他に有効な指標が見当たらない以上、工夫して臨むほかない。
そこで、日ごとの新規感染者数と、その1週間前と2週間前、そして3週間前にどんな出来事があったのかを一覧表にして、新規感染者数がどの程度「2週間ほど前の感染状況を反映している」のか、検証してみることにした。
小池知事、ただいま「スーパーマーケットの入店規制」検討中
略年表に目を凝らすと、新規感染者数がじわじわ上がり続け、1日100人を超えた後、大きく数を減らすことができないまま、上昇と下降を繰り返し、そのまま“高値安定”してしまっているようにも見える。残念なことに「自粛効果」が目覚ましく挙がっているようには見えない。4月17日に201人という最悪の新規感染者数を記録した後、19日に107人、20日に102人と、いったんはその半分にまで下がったが、これを「自粛効果」の現れと見るのは希望的すぎるのか――。
と思っていたところの4月22日、小池都知事が記者団の取材に対し、
「スーパー(マーケット)は今、大変、密な状況に結果としてなっている」
「入店を何人までにするかや、お待ちになる方との間など、早急に検討している」
と述べたというニュースが流れた。さらに小池都知事は同日夜、
「時間帯を分ける、また、ご家族の中でお1人(が)代表というような、少しルールを厳しめに設けさせていただくことが必要かと考えております」
とも述べていたことが、NHKニュースの中で取り上げられていた。
同日の毎日新聞電子版によると、4月15日に開かれた都の審議会でも、出席した専門家から、
「(来店の)時間制の導入や来店人数の制限など、ルール作りを主導することで(混雑緩和に)何かできるのでは」
との提案がされていたのだという。
スーパーマーケットでの買い物が感染を拡大させているとの具体的証拠は、都からも小池都知事からも示されてはいない。すでにスーパーマーケット従業員の間で感染者が大勢発生しているとの報道もない。だが、東京都や感染症専門家たちは、さまざまな活動を自粛して家にこもるための買い出しや買いだめが、かえって感染を拡大させている恐れがあると睨んでいるようだった。
その根拠と証拠を示してほしいものだ――と思案していた時、ふと、1カ月ほど前の3月25日(水)夜の出来事を思い出した。
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小池都知事は同日午後8時より東京都庁で緊急記者会見(以下、3・25都知事会見)を開催。NHKはその模様を生中継した。「感染爆発 重大局面」と書かれたパネルを掲げた小池都知事は、
「オーバーシュート(患者の爆発的急増)を防ぐためには、都民の皆様のご協力が何よりも重要」
「何もしないでこのままの推移が続けばロックダウン(都市の封鎖)を招く」
と、感染爆発が起きたヨーロッパ各国でのシビアな外出禁止令を連想させるセンセーショナルな言葉を連発。そのうえで、在宅での勤務や週末の外出自粛、そして夜間の外出も控えてほしいと要請しつつ小池氏は、1400万人の都民に対し、「危機意識を持って行動するようお願いする」と呼びかけたのだった。突拍子もない話に、お茶の間に衝撃が走る。
すると、緊急記者会見がまだ終わらないうちから都内各地のスーパーマーケットには大勢の買い物客が殺到。夜にもかかわらず、食料品や生活用品をあわてて買い込む人々で大混雑が発生する。庶民が「危機意識」を持ったがゆえの行動だった。
ちなみに小池都知事は同じ会見で、3つの「密」(換気の悪い密閉空間、多数が集まる密集場所、間近で会話をする密接場面)を避け、さらには不要不急の外出も控えるよう呼びかけていた。クラスターの発生を未然に防ぎ、都内の感染リスクを下げるためである。しかし人々には、より大事なはずのその呼びかけのほうはほとんど伝わらず、小池氏の険しい表情から繰り出されるショッキングな物言いが、罪のない多くの都民を“不要不急の買いだめ”へと走らせていた。都民に危機意識はしっかり伝わったのだろうが、都知事がパニックを引き起こしたのも同然だった。これから小池都知事が放つ“スーパーマーケット対策”が、前回同様の混乱を招くことがないよう、祈るほかなかった。
失敗から謙虚に学び、同じ失敗を繰り返さない
そんな1カ月前の出来事を思い出しながら略年表を見ると、3・25都知事会見の1週間後と2週間後、そして3週間後に、新規感染者数がドンと増加していることに気づく。春分の日からの3連休後にも増えてはいるのだが、3・25都知事会見後の増加のほうが抜群に目立って見える。ちなみに、これまでの最多(最悪)記録である4月17日の201人は、この都知事会見の3週間後+2日後のことである。
東京都が毎日発表している新規感染者数にはかなりの誤差が含まれていることは、前述したとおりである。そこで2~3日の幅を持たせてチェックしてみると、3・25都知事会見が、その後の100人を超す新規感染者の山が出現する“きっかけ”になっているように見えて仕方がないのだ。こうした“山”が発生することを危惧した記事を、筆者は3月末に当ニュースサイトで書いていたのだが、その“予言”が当たってしまったのか。
小池都知事がスーパーマーケット対策を発表する前日の4月22日、政府の専門家会議もまた、混雑するスーパーマーケット問題に関する提言を行なっていた。入店前後の手指の消毒や、レジに並ぶ際に客同士が間隔を開けるよう床に目印のテープを貼るなどして並ぶ位置を指定すること、レジに飛沫感染対策用のパーティション(透明なフィルム製の間仕切り)を設置すること、混雑時の入場制限などを、提言は挙げていた。
しかし入場制限を除き、都内のスーパーやコンビニエンスストアではどれもすでに実施されていることばかりで、今さら感が漂う。人気店の中には、試験的に入場制限を導入しているところもある。しかも提言の大半は、客である市民に対する要請ではなく、店側への要請である。
都内の某スーパーマーケットでは今月、店内入口に設置されていた手指用の消毒液が容器ごと持ち去られる事件が発生しており、新たに設置された消毒用ポンプの脇には、今後同様のことが起きた際には警察に通報する旨を伝える貼り紙がされていた。つまり、混雑するスーパーマーケットの現実は、専門家会議の提言の数歩から数十歩先を進んでいるのである。専門家会議メンバーの皆さんは、感染の恐れのある「スーパーマーケットでの買い物」など、たぶんしていないから、よくわからないのだろう。
そして4月23日。小池都知事は記者会見でスーパーマーケット対策を打ち出した。下馬評では「少し厳しめ」どころか、かなり厳しいものになりそうだと言われていたが、ふたを開けてみるとそんな下馬評に肩透かしを食らわす、穏便なものだった。同日の会見で小池都知事は、スーパーマーケットなどでの日常の買い物を、「ぜひ3日に1回ぐらいに控えていただきたい」と訴えたのである。
この自粛なら、自分も協力できそうだと冷静に受け止めた都民も、きっと多いことだろう。実際、3・25都知事会見の際のように、知事会見後に多くの都民が“不要不急の買いだめ”に走る姿を筆者が目撃することは、この日なかった。小池知事の作戦勝ちといえるだろう。
都では「お買い物時間割」案なる、名字の頭文字で客を3つのグループに分け、入店可能な時間帯を指定する案も検討されていたのだという。だが、却下されていた。小池都知事も4月24日の定例会見で、「あまり複雑だと伝わりにくい」と述べていた。
しかし、呆れるほど細かな指示を都民に出すことまで検討しているのは、3・25都知事会見を“失敗”と捉えているからこそなのかもしれない。実際、そうであってほしいと願う。新型コロナウイルス来襲は前代未聞のことであり、100点満点の対応など不可能なのだから、失敗から謙虚に学び、同じ失敗を繰り返さないことが肝心なのである。4・23都知事会見のスーパーマーケット対策が穏便なものとなり、筆者はホッと胸をなでおろした。
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3・25都知事会見で打ち出された「外出自粛要請」は当初、4月12日頃には終了するだろうと考えられていた。だがそうはならず、新規感染者数が大幅に減少に転じる気配は、まだ見えない。これまで、政府や自治体からはさまざまな「自粛要請」が出されてきた。しかし、ゴールデンウイーク本番を控えた今、気になるのは、要請や要望をする政治家たちの言動が、かなり乱暴になってきていることだ。
「今は神奈川にも湘南の海にも来ないでほしい」(神奈川県の黒岩祐治知事。4月24日)
「岡山に来たことを後悔するようになればいい」(岡山県の伊原木隆太知事。4月24日)
それぞれの立場で抱く危機感は、わからないでもない。ただし、強く乱暴な言葉で語られる要請は、わかりやすく、マスメディアも安直に飛びつきやすい半面、副作用や反作用がある“諸刃の刃”であることを忘れてはいけない。つまり、傷つく人たちが間違いなく存在する。
人が死ななければ、日本の行政は何の対策も取らない――。かつての日本で公害が起こるたびに繰り返されてきた言葉である。志村けんさんに続き、岡江久美子さんも新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなり、この国と国民の危機意識が最高レベルにまで高まっている今だからこそ、情緒的な言葉に惑わされることなく、意識して冷静な対応ができるよう努めたい。
(文=明石昇二郎/ルポライター)