東電、会長“不在”の異常事態、引き受けておらず…原発の廃炉・汚染水・賠償等の難題山積の画像1
東京電力本社(「Wikipedia」より/Theanphibian)

 東京電力ホールディングス(HD)は会長のポストが6月から空席となる。日立製作所出身の川村隆会長(80)が高齢を理由に退任するのに伴い後任を探したが、有力候補者に断わられ続け、引き受け手なしとなった。会長が空席のまま原発の廃炉や再稼働など、難しい課題に立ち向かうことになる。

 小早川智明社長(56)は続投する。川村氏が務めていた取締役会議長は元三井物産会長で東電社外取締役の槍田松瑩(うつだ・しょうえい)氏(77)が兼任する。取締役会議長も重責である。福島第1原発事故で事実上国有化されて以降、会長は社外から招聘してきた。最初に会長の椅子に座ったのは弁護士の下河辺和彦氏(12~14年)。産業再生機構社外取締役・産業再生委員として、多くの企業再生を手がけた実績をもつ。「官僚より官僚的」といわれた東電のガバナンス(企業統治)改革を主張。東電の総務や企画など守旧派のエリート集団の解体を狙った。これが激しい軋轢を生む。

 14年に会長になった數土(すど)文夫氏の時代は社内融和は一段と難しくなった。JFEホールディングス出身の數土会長と廣瀬直己社長(当時)の確執は社内外で広く知られるところとなった。16年3月、數土会長は廣瀬社長を交代させようとしたが、東電OBらが官邸や自民党に根回しし、これを阻止。廣瀬氏は続投する。

 リーマン・ショックで経営危機に陥った日立製作所の業績をV字回復させた手腕を買われ、川村隆・日立製作所名誉会長にお鉢が回ってきた。経産省が設置した「東京電力改革・1F問題委員会」のメンバーとなってワンクッション置いた後、17年6月に川村氏が新会長に就いた。數土会長は廣瀬社長と刺し違えるかたちで辞任した。後任の社長に53歳の小早川取締役(当時は東京電力エナジーパートナー社長)を昇格させ、一気に若返りを図る。小早川氏は東電の主流である総務や企画出身ではなく、法人営業の経験が長かった。

 川村氏は生え抜きの小早川氏を盛り立て、会長と社長の関係を良好にすることから仕事を始めた。川村氏は原発事故をめぐる巨額の賠償や廃炉作業をやり抜くため「稼ぐ力」をつけることが重要なことを社員に繰り返し説き、意識改革を推進してきた。しかし、東電は事実上の国営企業であり、船頭の多い船である。「日立の時代のような切れ味鋭くリーダーシップを発揮するのは、どだい無理だった」(関係者)。

後任会長人事は調整がつかず頓挫

 川村氏は高齢を理由に早くから80歳を節目に退任する意向を示していた。経産省は19年11月ごろから後任の選定に着手した。まず、経済同友会前代表幹事で三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光氏に話を持って行った。だが小林氏は原発機器を製造する東芝の取締役会議長を務めており、「両方の取締役会議長になれば、間違いなく利益の相反が起こる」と述べ就任を断ったという。

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