国立大学法人大分大学では、学部長人事や教授採用などをめぐり、北野正剛学長と教授会が対立。教員OBも異議を唱えるなど、混乱が起きている。
昨年8月には経済学部長の選考をめぐり、学長に意見として上げる候補者を学部の要項にもとづいて教授会が選んだにもかかわらず、学長が無視して学部長を決めた。批判の声が上がると「第三者委員会」が「要項は大学規程に抵触する」と教授会を悪者にして、要項自体が撤廃された。
また昨年9月の医学部の教授採用では、教授会が選んだ候補者を学長が覆し、必要な手続きも経ずに別の人物を採用した。教授会によって選ばれていた候補者は、大分県弁護士会に人権救済の申し立てをしている。
これらの問題の背景には、北野学長を中心とした執行部の専制にある――。そう指摘するのは、大学の混乱を受けて、教員OBらが昨年12月に立ち上げた「大分大学のガバナンスを考える市民の会」の関係者だ。関係者が「学問の自由と大学の自治が危機的な状況にある」と危惧する大分大学で、何が起きているのかを取材した。
学長がルールを無視して教授選考
大分大学医学部の准教授だった50代の男性が今年1月、大学を退職した。男性は前任の教授が退官した約1年9カ月前から、准教授兼大学附属病院の放射線科部長として、研究や学生の教育、医局や病院の放射線部の運営に関わっていた人物。医学部の教授候補者選定委員会の選考、教授審査委員会の投票を経て、昨年9月の人事会議で次期教授候補者に決定していた。
ところが、いつの間にか北野学長が別の人物を候補者に選んだために、教授になれなくなってしまったのだ。
大分大学の教員選考規程では、教員の任用は「人事会議の審議に基づく部門長の申出により、教育研究評議会の審議を経て、学長が行う」となっており、最終的な任用権限は学長にある。しかし、教員の選考過程に学長が関与することは想定されていないし、認められてもいない。
にもかかわらず、北野学長は昨年11月の医学部教授会に、別の人物を教授に任命することを通知。10月に就任したばかりの医学部長は、同月にメールによる人事会議を開いて、学長が選んだ人物を教授候補者として教育研究評議会に推薦する方針と、期日までに回答がなければ異議なしとして取り扱うことを通知。メールで会議を開いたことにして、9月の医学部人事会議の決定を覆したのだ。
元准教授は今年1月、医学部人事会議による教授候補者の決定を学長が覆したのはアカデミック・ハラスメントであり、人権を不当に侵害する行為に該当するとして、大分県弁護士会に人権救済を申し立てた。
北野学長は九州大学医学部出身で、大分大学医学部の教授や副学部長などを務め、2011年に学長に就任。元准教授は大分大学に合併する前の大分医科大学出身で、最終的に教授に選ばれた人物は九州大学出身だった。教員OBの一人は教授選考の問題は「学閥争いが影響したのではないか」と指摘しており、医療関係者からも「やりすぎではないか」との声が聞こえてくる。
経済学部長の選考をめぐる混乱
ところが、北野学長が介入したのは医学部の人事だけではなかった昨年8月、経済学部では学部長を選考するため、教授会で選挙を実施して、候補者を選んだ。しかし、北野学長は候補者の名前を聞くことを拒否したのだ。
大学の規程では学長が新しい学部長を任命することになっている。その規程のもとで経済学部では要項を定めて、学長に意見として上げる推薦候補を、教授会が選ぶことになっていた。教授会が選挙の結果選んだ候補者の名前を聞くように要請したが、北野学長は聞き入れず、候補者ではなかった高見博之氏を学部長に決定した。
すると大学執行部は、経済学部の一連の行為が「大学の規程に触れるおそれがある」などとして、一方的に「第三者委員会」を設置。委員会は昨年12月、「学部の要項とその運用は大学規程に抵触する」と答申した。教授会が選んだ候補者の名前を聞くことを北野学長が拒否した理由は明らかにされない一方で、教授会だけが悪者扱いされた。
答申を受けて、経済学部は今年1月、学部長の高見氏のもとで、教授会の選挙で学部長候補者を選ぶことを定めた要項を廃止する。今後は学長が教授会の意見に関わらず、学部長を決められるようになってしまったのだ。
この状況に、大分大学の教員OBらが異を唱えた。昨年12月に「大分大学のガバナンスを考える市民の会」を結成。経済学部長選考をめぐる経緯については「ルールを無視した学長が、ルールを守るよう要請した学部長及び学部を非難した」と批判した。医学部の教授選考についても問題視し、「学長による権限の行き過ぎた行使を監視する」として、記者会見などで学長の独裁に警鐘を鳴らしている。
学長の任期上限と意向投票がないのは国立では2大学だけ
北野学長の任期は、昨年10月から3期目に入った。国立大学法人でありながら、これほど強い権限を手にしている背景には、2015年の学校教育法の改正がある。改正前の第93条は、「重要な事項を審議するため、教授会をおかなければならない」とされていた。それが改正法では、教授会は学長が決定を行うに当たり「意見を述べる組織」に格下げされた。
とはいえ、法改正後も教授会の意見が尊重されている大学は当然ながらある。しかし大分大学ではこの年、学長の再任については、任期の上限と教職員による意向投票を撤廃した。つまり、学長は自分の息がかかった執行部体制が続く限り、いつまでも続けられることになった。全国の国立大学法人で学長の再任上限と意向投票をともに撤廃しているのは、大分大学と弘前大学だけだ。
その頃から北野学長は、他の学部でも学部長を自ら指名するようになった。2016年に新たに設置した福祉健康科学部では、設置準備をリードしていた教授がいたにもかかわらず、北野学長が別の教授を学部長に指名した。ところが、この学部長に「研究費を不正使用している」との疑惑が持ち上がる。2018年12月に内部告発があり、調査の結果、出張費を5年余りにわたって約110万円不正に受給していたことが判明。この元学部長は、去年3月に停職10カ月の懲戒処分を受けている。
経済学部では学部長の任期は1期2年で2期までとされていたが、経済学部の学部長選考に関する要項を撤廃した際、学部長の任期の上限も撤廃された。教授会は、学部長の選考に一切関われなくなってしまったのだ。撤廃された学部長選考に関する要項は「北野学長が従来の慣行を変えようとする中で、一定の歯止めをかけるためのものだった」と経済学部の教員OBは振り返る。
「学部長を選考する際に、教授会の意見を聞くという要項があれば、学部の発言が一定程度は確保されるだろうと思っていました。しかし、学部長選考をきっかけに、経済学部は完全に学長に屈服させられた状態になってしまいました」
「第三者委員会」の公平性に疑問
経済学部長選考の問題は、大学としては幕引きをした形だが、先述したように北野学長が教授会の意見を聞かなかったことなど、疑問点は残っている。加えて、教員OBらが疑問視するのは、調査をした「第三者委員会」の公平性だ。
第三者委員会のメンバーには、経済学部同窓会の会長代行が任命されていた。ところが、経済学部の同窓会会長は、理事の一人である石川公一氏が務めている。しかも石川氏は法務・コンプライアンス担当の理事でもある。
石川氏は元大分県職員で、大分県教育委員会教育長や大分県副知事などの要職を歴任した。大分大学では2010年から2016年3月まで監事を務めた後、顧問を経て、2016年10月に非常勤理事に就任。翌年1月から常勤の理事となった。企業でいえば監査役にあたる監事から理事に就任するのは、国立大学法人では極めて珍しいケースだろう。
市民の会が設立される前に存在した退職教員の会は、「同窓会は大学と無関係ではなく、しかも、同窓会会長は法務担当の理事であり、この委員の中立性には疑問がある」として、同窓会会長代行の委員を変えるように大学に要請した。しかし、大学側は「人選に問題はない」として応じなかった。教員OBは、次のように憤る。
「同窓会長であり理事である人物の意向が、同窓会長代行に反映される可能性があれば、第三者委員会とは言えないのではないでしょうか。大学執行部は教授会が悪者にして、教授会の選挙で学部長を選ぶ要項を廃止することで幕引きしたつもりでしょうが、到底納得ができません」
混乱の影響は学生にも
さらに、経済学部長選考の影響は、学生にも及んだ。昨年11月、学生有志を名乗る匿名の人物が、学部長選考を批判する文書を高見氏に送った。すると高見氏は、大学の一斉送信システムを使って学部生1200人全員に「手続きに則り適正に学部長に就任した」「自主的、主体的に実名で主張を展開していただくよう『学者』『教育者』として付言させていただく」という趣旨のメールを送信したのだ。
学生に対して高圧的ともいえる高見氏の行為は教授会で問題視され、結局、高見氏は学生向け説明会を開いて謝罪した。しかし、北野学長は高見氏のメールを問題視しない考えを示している。
また大分大学は6月30日、医学部にメディカル・イノベーション学科を新たに開設する構想を発表した。3年後の開設を目指している。しかし、大学広報によると「学内での合意形成はこれから」だという。大学関係者からは「大学内での検討をほとんど経ずに新学科の構想が発表された」と戸惑う声も出ている。
大分大学の混乱は、学校教育法改正など、国が進めてきた大学のガバナンス改革の延長線上にある。その弊害として、独裁化が進んだケースともいえる。教員OBの一人は「強い危機感を持っている」として、次のように話している。
「大分大学はいま急速に変化しています。学長が自由にすべてを決められるようになってしまいましたが、本当にこのままでいいのでしょうか。学問の自由と大学の自治を守るためには、いま声を上げていかなければならないと思っています」
(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)