新型コロナウイルスの感染拡大は、日本国内のデジタル社会化の遅れを露呈した。キャッシュレス決済、リモートワークやリモート授業への対応不備、マイナンバーカードの普及率の低さなどなど、数え上げたらキリがないといっていいだろう。
デジタル社会への対応の遅れと同じぐらい、世界から見ると明らかに遅れが見て取れるのが車両の電動化である。日本では乗用車を中心にHEV(ハイブリッド)車が多く普及しているので、その意味では車両電動化が進んでいるように見えるが、その先が問題となっている。
HEVが普及し始めた頃は、“フル電動化への過渡的なもの”といわれていた。しかし、今では中国や欧米を中心にPHEV(プラグインハイブリッド)やBEV(純電気自動車)の普及が目覚ましいなか、日系ブランドではそれらのラインナップはごくわずか。そのため、日本の国内市場でPHEVやBEVのラインナップが目立つのは海外ブランドの輸入車となっているし、公共交通機関でも乗用車でもPHEVやBEVはなかなか増えないのが現状となっている。
しかし、「災い転じて……」ではないが、“WITHコロナ”の時代になって、日本国内の車両電動化を加速させるような動きも見えてきている。そのひとつが、公共交通機関たる一般路線バスやタクシーの電動化である。
海外での車両電動化の流れで目立つのが、バスやタクシーといった公共交通機関から先んじて電動化を進めようとする動きである。たとえば台湾では、2040年にガソリンおよびディーゼル車の販売を禁止することを政府が発表しているが、それ以前に2030年までに公用車およびバスの電動化を進めるとしている。ニーズの多い二輪車は2035年までに全面電動化を実施するとしており、すでに購入補助金をつけて電動スクーターなどへの乗り替えを積極的に進めている。
インドネシアの首都ジャカルタでは、昨年夏に訪れると、最大手のタクシー会社が中国BYDのe6というBEVタクシー車両を導入し営業運行していた。そのとき開催されたGIIAS(ガイキンド インドネシア国際オートショー)会場内に設けた同社ブースには、テスラモデルXのタクシー車両が展示されていた。政府も大気汚染の改善という側面のほうが強いようだが、ジャカルタを中心にBEV路線バスの導入を推し進める動きを見せている様子。
タイの首都バンコク市内でも、BYD e6のBEVタクシーを見かけるようになった。アジアの新興国での電動化の動きには、中国メーカー(あるいは政府)の影を強く感じる。その意味でも、いきなり個人向けの一般乗用車での電動化よりは、まず公共交通機関で電動化と同時に中国メーカーが入り込み、その流れで内燃機関では欧米や日本、韓国には太刀打ちできない乗用車も、という戦略があるのかもしれない。
中国BYDのBEVバスは日本でも高評価
7月10日に、大阪市内の舞洲において“2020バステクフォーラム”が開催された。主にバス事業者向けに、最新車両や機器、用品に触れてもらおうというイベントで、毎年開催されている(関東でも“バステクin首都圏”として同じ内容のイベントが行われている)。今回のバステクフォーラムで話題となったのが、会場内特設コースにおいて、中国メーカー製のBEV路線バス3台に運転だけでなく、同乗試乗もできるというもの。
昨年秋のバステクin首都圏でも、今回出品された3台のうち1台の中国メーカー製BEV路線バスの試乗はできたが、コースが狭かった。しかし、今回の試乗コースは長いストレートも用意されるなど、かなり本格的な試乗が行える環境となっていた。しかも、大型2台にコミュニティバスサイズ1台の計3台ものBEV路線バスに同じ場所で触れることができたのは、おそらく今回が初めてとなるだろう。
ある事情通は、以下のように話してくれた。
「開催に先立ち、バス事業者関係者のBEV路線バスへの注目はハンパではありませんでした。日本を走るバスのほとんどは軽油を燃料としたディーゼルエンジンを搭載しています。実は、新型コロナ感染拡大により今、事業者に軽油代の負担が重くのしかかっているのです。
大手を中心に自社燃料として軽油を先物買いしていた事業者が多かったのですが、新型コロナ感染拡大により、貸切を中心にバスがほぼ動かなくなりました。そのため、軽油の消費量が減っているのに、先物買いしているので軽油をどんどん引き取らなければならず、ダブついてしまったのです。そこで、他社への売却なども進めるのですが、ダブついているので価格も下がっています。
さらに、緊急事態宣言発出中には、貸切バスは全国的にもほとんど稼働しなかったことなどもあり、事業者の収益は圧迫されており、燃料としての軽油代の負担自体もかなり重くのしかかっているのです。そのようなこともあり、ここへきてBEVバスが注目されているようです」
しかし、日系バスメーカーは車両電動化には消極的というか、ほとんど興味を示していないというのが現状。そうなると、中国製BEVバスに注目せざるを得ないのである。今回のバステクフォーラムには参加していないが、BYDはすでに日本国内でも積極的なBEVバスの販売を行っており、実際営業運行している事業者からの評価も高いとのこと。
日系バスメーカーがBEVバスの開発に消極的ともいえる姿勢を見せる背景について、「内燃機関(エンジン)の製造には多くの部品が必要であり、かかわる多くの部品メーカーやそこで働く人の雇用を守るため」と聞いたことがあったので、前出の事情通にあらためて聞くと、同じ答えが返ってきた。やはり、日本国内の企業や雇用の維持が車両電動化の壁のひとつとなっているようだ。
BEV路線バスについては、車両価格は日系同クラスの内燃機関搭載バスに比べると若干安い程度とされている。「それではメリットはあまりないような……」と考える人もいるだろうが、軽油に比べて電気代はかなり安く、同じ距離を走る際のコストは抑えることが可能。さらに、ゼロエミッション車となるので購入補助金の交付も可能となり、BEV路線バスのうまみは十分あると考えられる。
BEVの普及が進まない日本のエネルギー事情
別の視点で見ると、日本国内では省エネが進んだことで、電力供給に余裕、つまり電気が余っている状況となっている。今年の夏は、またひどい暑さになるだけではなく、リモートワークも進むので、電力消費量についてはなかなか読み切れない部分もあるが、現状では電気が余っているので、電力会社もBEVの普及にかなり興味を示しており、実際路線バスやタクシーなどで本格普及した場合の供給シミュレーションを行っているとの話もある。
ただし、今の日本は発電の多くを化石燃料に頼っているため、“環境”という側面ではBEVの普及はあまり意味がないともいえる。原子力発電所の再稼働といった話もからみ合ってきそうである。
しかし、このまま放っておけば、新型コロナ感染拡大直前には、日本の化石燃料に頼った発電が環境保護団体に批判されていたので、新型コロナ感染が落ちつけば、再びこの問題が表面化するだけでなく、BEVの普及が遅々として進まないことまでやり玉にあげられかねない。
タクシーについては、日本ではLPガスを燃料としているので、CO2排出量が少なくクリーンだとしているが、LPガスハイブリッドを搭載し、燃費性能が格段に向上したトヨタ自動車「JPNタクシー」の登場もあり、LPガス消費量が減るなどして、東京都内ですらLPガススタンドの廃業が相次ぎ問題となっている。
地方、特に山間部など都市部以外では事態はより深刻で、今やタクシー車両の中心はガソリンハイブリッド車となっている。前出の事情通は、こう説明してくれた。
「中国メーカーは、タクシーでも日本市場参入を虎視眈々と狙っているようです。今、地方ではLPガススタンドだけでなく一般のガソリンスタンドの廃業も相次いでいます。ただし、かなり山奥の集落でも電気は供給されているので、BEVタクシーは参入しやすいのです。つまり、地方部から堀を埋めるようにタクシーのBEV化を進め、やがて大都市にも普及させていくと中国メーカーが考えていても不思議ではありません」
バスやタクシーのBEV化で問題となるのが、アフターメンテナンスだ。乗用車よりも明らかに距離を走るバスやタクシーでは、バックアップ体制の不備は致命的な問題となる。ただ、中国メーカーが自力でバックアップ体制を拡充させるのは時間やコストを考えると賢明ではないし、中国メーカーもそんなことは考えていないだろう。このあたりは、たとえば有力なバスやタクシー会社が車両販売やバックアップを請け負うことで、“お墨付き”をもらうのが信頼獲得の早道となるだろう。
度重なる改良のたびに値上げを繰り返したり、無理なエンジン排気量などのダウンサイズを進めたことによるエンジン負荷の増大など、日系バスメーカーに不満を示すバス事業者も少なくないようだ。新しい生活様式が声高に叫ばれているなか、主に路線バスとなるだろうが、BEV化に一気に弾みがつきそうな雰囲気が今、業界には流れている。
しかし、そのBEV化を牽引していくのは日系バスメーカーではなく、中国系などの外資となっていきそうなのは、「ものづくり大国日本」崩壊の本格化を象徴した動きにもなりそうである。
(文=小林敦志/フリー編集記者)