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精神科医・岩波明に聞く「ポストコロナと日本の医療」【後編】

新型コロナでもオンライン診療は増えない! 診療報酬システムと、医療費を抑えたい国の思惑

構成=編集部
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画像はイメージです(Getty Imagesより)

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、社会生活は大きな変化を余儀なくされている。もちろんそれは、医療界においても同様だ。感染の第二波を迎え、各地の医療機関は、従来とはまったく異なる対応を迫られ、今なお苦しい状況にある。では、より長期的に見たとき、今回のコロナ禍は、医療界になんらかの変化をもたらすのだろうか? 昭和大学附属烏山病院の院長であり、本サイトで「偉人たちの診察室」を連載中の精神科医、岩波明氏に話を聞いた。

【前編「精神科医に聞く「統合失調症患者と新型コロナ」…巷でウワサの“コロナ鬱”の実態とは?」はこちら】

コロナ禍でもオンライン診療が絶対に普及しない理由

――新型コロナウイルス感染症の拡大によって、今後、医療界はどう変わっていくと予想しますか? 例えば、オンライン診療が一気に普及するのでは、などともいわれていますが。

岩波明(以下、岩波) 感染を恐れて病院へ来なくなる人は確実に増えると思います。ただ、それならオンライン診療が普及するかといえば、それはあまり考えられない。今の状況ではあり得ないと思います。

――それはなぜですか?

岩波 平たくいえば、医療機関にとってオンライン診療は、通常の対面診療より“実入り”が少ないからです。いうまでもなく医療保険から医療機関に支払われる診療報酬は、医療行為ごとに設定されている「診療報酬点数」の合計から算出されます。

 ところがオンライン診療の場合、その診療報酬点数が通常の対面診療よりかなり低く設定されているため、診療報酬が通常の半分程度にしかならない。2018年4月の診療報酬改定でオンライン診療が保険適用されてからもう2年以上経ったのに、普及率が1%程度にとどまっているのはそのためです。だからそこを見直さなければ、会員の約半数が開業医である日本医師会は、オンライン診療に対して前向きにはなりません。それなのに、コロナ禍でオンライン診療への社会的関心がかつてないほど高まっていた2020年4月の診療報酬改定においても、診療報酬は低いまま据え置かれました。

行政がいちばんに考えているのは、膨張する医療費を削減すること

――そこがオンライン診療の普及しない原因であるのは明らかなのに、なぜ診療報酬は上がらないのでしょう?

岩波 行政が関心を持っているのは、オンライン診療を社会へ浸透させるなどして新しい医療のあり方を模索することではありません。結局のところ、少子高齢化や医療の高度化によって膨らみ続けている医療費をとにかく下げること、だからでしょうね。

 国民医療費が膨大になっている現状ではやむを得ないのでしょうが、行政のやり方を見ていると、医療費を減らすことが常について回っています。例えば厚生労働省は、2020年2月に取りまとめた「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」において、「電話診療の場合、処方箋を郵送・FAXで発行していい」という方針を打ち出しました。それなら感染リスクを抑えられていいね、行政もいろいろがんばっているね、と国民は思います。

 ところが、医療機関からすると、歓迎できるやり方ではなかった。なぜなら実際に電話診療をすると、診療報酬点数が通常の半分ぐらいになってしまうからです。対応している医療機関はありますが、現状では、積極的に電話診療を行おうという空気はないですね。

 金のことばかり考えていないで、国民に貢献してほしい、という声もあるかもしれません。確かに理念はその通りなのですが、民間の施設では倒産のリスクもあるので、そう言ってもいられないわけです。 医療費の問題については、過剰な検査および投薬、必要以上の開業医への優遇といった構造的な面を変えないと、なかなか打開は難しいと思います。

――オンライン診療という新しいことをやらせたいのに実入りを減らすというのでは、医療の現場が変わるわけがない、と。

岩波 オンライン診療をするための機器やインフラを導入するだけでも、初期費用で100万円ぐらいはかかるわけです。とすると本来であれば、むしろ診療報酬を対面診療より高く設定しなければ、オンライン診療は広がらないでしょう。まして、日本医師会所属の開業医には比較的高齢の方が多く、「今さらオンライン診療なんて……」という医師も非常に多いでしょうから。

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岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

新型コロナ対応で損失が出ても、病院への補償はほぼ何もない

――診療報酬が低くて、このコロナ禍でも新しいことに取り組めないという状況は、開業医による街のクリニックだけでなく、大学病院も同じなのですか?

岩波 同じどころか、より厳しいかもしれません。というのも、そもそも保険診療というシステム自体が開業医向けにできていて、大学病院にとってはわりに合わないからです。いくら人や設備にお金をかけて診療しても、診療報酬の点数という点では、街のクリニックで診療するのと同じ扱いなのですから。

 その上、新型コロナに対応するために病床の利用率は極端に低くなっている。このため今年の決算は、どの大学病院も数十億円単位の大幅な赤字になると思います。

――もともとそういった構造になっているなかで、診療報酬がさらに低くなるオンライン診療や電話診療などできるはずがない、と。

岩波 行政としては、診療報酬を上げない代わりに、大学には国からきちんと補助金を出している、という理屈なのでしょう。例えば、私立の医科大学は年間30億~50億円ぐらいの補助金を受け取っています。それでも、ちょっと気を緩めるとあっという間に大きな赤字になる。

 大学病院も普通の医療機関と同様に単体で黒字を出すべきだと思いますが、やはり学術や教育をメインとする機関であるという考えがあって、どうしても支出は多岐にわたることになります。またあえて言えば、大学病院に「経営」を求めすぎるのは適切ではないと思います。

――【前編】でおっしゃったように、大学病院は、文部科学省からの新型コロナ患者受け入れ要請もあり、患者さんがいつ来ても対応できるよう、一般病棟の稼働率を一時50%程度まで下げていたとのこと。経営的には非常に厳しかったと思います。そのあたりについて、行政からなんらかのフォローはあったのですか?

岩波 新型コロナ患者の診療報酬については通常より多少優遇する、ということはありますが、まあ焼け石に水です。例えばコロナ対応のために30床用意しても、そこで常時30人診られるわけではなく、基本的には有事に備えてキープしているのです。そこで発生する損失に対しての補償はないので、コロナ対応に力を入れれば入れるほど赤字になるわけです。経営的には、新型コロナ患者の受け入れを拒否するのがいちばん賢い方法、という残念なことになってしまうのです。事後的に補助金が支給される可能性はあるようですが、おそらく赤字を埋め合わせるには難しいでしょう。

 一般企業については、巷でも休業補償の話がよくされていますが、医療機関については話題になっていません。本来なら企業と同様、国がコロナ対応による損失をしっかりと補填するとか、財政的な配慮をすべきだと思います。

行政が変わらなければ医療界は変わらない

――それでも医療機関としては、患者を受け入れないわけにはいかない。

岩波 医療機関としては、倫理的にはその通りですし、できるだけ協力すべきです。しかし、行政からの要請に協力しておかないと、のちのち行政から“ネガティブな扱い”を受けやすい、という側面もあると思います。経営側としてはそういう対応を受けたくないから、経営的には苦しくなることはわかっていながら、“仕方なく”やっている……という施設も多いと思います。

 例えば2018年に、複数の大学の医学部における入試の“問題”が明るみに出て、社会問題になりました。あのとき、昭和大学は補助金をかなり減額されたのですが、行政の要請に従って早急に対応したので、翌年の補助金は元に戻りました。

 一方、その後行政と揉めて、謝罪や改善策が十分でないとされた大学は、国からの補助金がいまだに減額されたままだと聞いています。行政のそういう“さじ加減”を大学側はわかっていますから、今回の問題においても協力せざるを得ない面もあるわけです。

 今回のコロナ禍は、日本の医療界のシステムを大きく変えるチャンスだと思います。けれども、実際にはなかなか難しいと思います。行政のシステムや考え方が変わらない限り、医療のシステムも変化できないからです。
(構成=編集部)

岩波 明/精神科医

岩波 明/精神科医

1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の   診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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