山口県宇部市議会は9月28日の本会議最終日、旧井筒屋を改修した賑わい交流施設(仮称・トキスマ賑わい交流館)の設置条例を反対多数で否決した。
レンタル大手TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が、基本計画の作成にかかわったトキスマは、子育てプラザのほか、本の貸し出しは行わず閲覧のみの「まちかど図書館」に、代官山蔦屋書店風ブックカフェを配置する“ツタヤ図書館もどき”の施設。年間70万人の来館目標を掲げていたが、土壇場でその設置条例が否決されたことで、宇部市の関係者に激震が走った。
築43年のビルを30億円かけて改修して、毎年2億1000万円の運営費がかかることが問題視され、計画は白紙に戻ってしまったのだ。
計画を推進してきた久保田后子市長は翌日の地元紙で、「反対した人の対案を聞きたい」といら立ち混じりのコメントを出し、商工会議所の杉下秀幸会頭にいたっては「失望し憤りを感じる」と不満をあらわにした。だが、なぜ市長と商工会議所は、この計画にそこまでこだわるのか。この計画が進行していくプロセスには、ある重大な疑惑が隠されていたのだ。
ある地元関係者は、“もうひとつの賑わい施設”がトキスマの否決に関係していると明かす。
「井筒屋とほぼ同時期に、近隣にあったレッドキャベツ新天町というスーパーも撤退しています。結構人気のあったスーパーがなくなったことで、この通りの人出が激減して、井筒屋よりも影響が大きいと、周辺商店主が先行きを不安視していました。そこに、地元建設会社の若手経営者がレッドキャベツ跡地を個人で購入して、テナントとして再生することになったんです」
その若手経営者とは誰なのか。別の関係者がこう続ける。
「購入したのはエムビーエスの山本社長です」
住宅やビルのリフォームを手掛けるエムビーエス(本社・宇部市)の創業者で代表取締役の山本貴士氏(47歳)が同社を創業したのは1997年。現在、売上高33億円(2020年5月期)で、従業員104名と小規模ながら、東証マザーズにも株式を上場する地元の成長期待企業だ。
レッドキャベツ跡地売買の裏側
山本氏がこの物件を購入した2カ月後、早くも地元スーパーの入居が決まった。その際、山本氏は地元メディアの取材にこう答えている。
<大手が撤退した店舗を引き継ぐのは「経済合理性から判断すると賢明ではないかもしれないが、ライフラインの食品購入に困っている人を放ってはおけない。市からの切実な要望や商工会議所の後押しもあり、思い切って動いた」>(宇部日報4月7日)
地元紙では、「若手経営者が私財を投げうって、沈没寸前の街を救おうとしている」という美談として報じられていたのだ。ところが、別の関係者は、「それはとんでもないミスリードだ」と語る。
「山本氏は、売り主が公開していた価格よりもはるかに低い額で購入したと聞いています。正確な金額はわかりませんが、公開価格の半値以下ではないかとみられます」
さらに、山本氏が取得したスーパー撤退ビルには、すでに市の施設を入居させる計画が持ち上がっていた。つまり、そこに公金が投入されるということだ。近隣にオープン予定のCCCがプロデュースするトキスマとの相乗効果によって、件の不動産価値は大きく跳ね上がるだろうと指摘する人もいた。前出の関係者は、それだけではないと言う。
「このレッドキャベツ跡地のビルも、市長と商工会議所が関与して、国の中心市街地活性化基本計画の対象にしてしまったんです。そのため宇部市にとっては、トキスマとレッドキャベツ跡地の一帯は、セットで賑わいを呼ぶための施設になっているんです」
山本氏によるレッドキャベツ跡地の安価での取得は、民間企業同士や私人間の取引なら「うまく立ち回って安値で買えたね」と済ませられるところだが、地元商工会議所の関係者がこの売買に直接関与していたとしたら、話はまるで違ってくる。しかも、関与していた人物が、その案件の利害関係者であったとなれば、なおさらである。
前出の地元関係者が、こう解説する。
「商工会議所が関与する場合は、広く地元での購入者を募る活動をするべきですが、レッドキャベツの物件では、事務局長が特定の事業者にのみ情報をリークしたといわれています」
つまり、まだ内部の人間しか知らない段階で、商工会議所の事務局長が山本氏に「耳寄りな話」を持ち込んだことになる。
「以後、山本氏、物件オーナー、商工会議所の三者での交渉が進みました。宇部市長が、中心市街地の空洞化に歯止めをかけるために、山本氏にぜひともこのビルを購入してほしいとトップセールスをしたのは、すでに買取交渉がほぼ妥結して報道発表直前になってからです。そう仕掛けるよう、事務局長が働きかけたんです」
それが事実なら、これまたとんでもない茶番である。商工会議所サイドで、レッドキャベツ跡地の譲渡に絡んでいたのは、事務局長を務める栗原清隆氏だという。栗原氏は山本氏とは数年来の知り合いであり、エムビーエスが東証マザーズに株式上場する前から同社の株を保有しているのではないかと疑われている。こちらも事実であれば、インサイダーまがいの取引として指弾されかねない。ある市議会関係者は、栗原氏の印象をこう話す。
「商工会議所の首脳陣と話すときには、いつも事務局長の栗原さんが同席していて、首脳陣は細かいことを把握していない様子で、すべて事務方サイドの言うがままに動いているような印象を受けました」
CCCが基本計画を担ったトキスマも含めた、その周辺一帯の開発を久保田市長と二人三脚で進めてきたグループ中心にいた人物こそが、栗原氏ではないのかと名指しされているのだ。
なお、筆者は山本氏と宇部市商工会議所に、この件に関する事実確認をすべく質問状を送ったが、いずれも「質問には答えられない」との回答だった。
久保田市長、突然の辞任劇の裏側
さて、今回のトキスマ設置条例を市長が強引に進めていった背景には、もしCCCによる“ツタヤ図書館もどき”のトキスマができなければ、レッドキャベツ跡地も含めた周辺一帯の賑わいプロジェクト全体が成り立たなくなるという危機感があると、別の関係者が懸念を示す。
「議会でトキスマ条例に賛成するようにと、商工会議所を通じて圧力をかけたのは、実は山本氏なんです。もし否決されたら、レッドキャベツ跡地の事業からすべて撤退するぞと恫喝まがいの働きかけをしていたと聞いています。これが結構効いていて、賛成せざるを得なかった議員も少なからずいたらしいです」
結局、トキスマ設置条例は否決されたため、山本氏はレッドキャベツ跡地の事業からすべて手を引いたのかと思えば、現実にはそうならなかった。同ビルには10月13日、県内に29店舗を展開するスーパー・丸喜(本社・山陽小野田市)がオープンした。開店前から待ち構えていた買い物客が殺到したと地元紙で報じられ、宇部市の中心市街地における空洞化に歯止めがかかったと地元商店街関係者は安堵したとも伝えられている。
5階建てビルの2階には、近く100円均一ショップが開店する予定で、その後もペットサロンなどの出店も計画されている。3階以上には市の公共施設が入る予定だというから、山本氏の再生手腕によって、不動産価値は大きく跳ね上がったといえる。
一方、積極的に推進してきたトキスマ事業が頓挫した格好になった久保田市長は10月15日、突然、健康上の理由から辞意を表明して、周囲をあっと驚かせた。辞任届けは同22日に正式受理され、それに伴う市長選挙は11月22日に実施されることが決まった。
今のところ、久保田市長が後継指名したと言われる前市政策広報室長の望月知子氏と、前自民党県議の篠崎圭二氏の2人が立候補を表明している。
この2人は、9月議会で否決された、CCCが基本計画をプロデュースしたトキスマ賑わい交流館については、真っ向から対立するのではとささやかれている。宇部市に“ツタヤ図書館もどき”ができるかどうかは、どうやら市長選の結果次第ということになりそうだ。地元市民は、そのあたりの事情も含めた候補者の市政方針を見極めて投票することになるだろう。
09年から3期11年にわたって「県内初の女性市長」として宇部市政を担ってきた久保田市長は、さぞや人気が高かっただろうと思っていたが、ある市民はこんな感想を漏らす。
「トキスマの件に象徴されるように、とにかく公私混同を疑われるような噂が多かった印象です。夫の克秀氏は、04年から16年までエムビーエス社外監査役を務めていたので、久保田さんも山本社長とはツーカーの仲だったのではないでしょうか。次の市長には、そういう公私混同しない人になってほしいですね」
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)