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湯之上隆「電機・半導体業界こぼれ話」

『報ステ』がインタビューを歪曲報道…修正依頼を無視、TSMCの日本進出報道でミスリード

文=湯之上隆/微細加工研究所所長
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台湾TSMC のHPより

『報ステ』からのインタビュー依頼

 2月9日付日本経済新聞が、台湾の受託生産会社(ファンドリー)大手のTSMCが茨城県つくば市に、約200億円を投じて、半導体の後工程の開発拠点をつくる方向で調整に入ったことを報じた。

 同日の午後、この件に関して『報道ステーション』(テレビ朝日系)のニュースデスクを名乗る人物から、インタビューの依頼を受けた。メールのやり取りでは埒が明かなかったため、電話で、TSMCとはどのような半導体メーカーで、今回の後工程の開発拠点を日本につくることの意味などを説明したが、「後工程」ということが理解できないようだった。それどころか、「半導体」というものが、まったくわかっていない様子だった。

 加えて、「TSMCが日本に拠点をつくったら、今問題になっているクルマ用の半導体不足が一気に解消されることになるんですよね?」などと言うので、それは次元が異なる別の話であることを説明した上で、今回の報道はやめたほうが良いということを伝えた。

 ところが、『報ステ』は、筆者の話に耳を貸さず、翌10日に報道することを決めてしまい、「TSMCがどのような半導体メーカーなのかということを解説してほしい」と言ってきた。「TSMCの後工程の拠点の話ではないのだな」と思ったので、同日17時からのZoomでのインタビューに答えることにした。

 これが間違いの元だった。『報ステ』のスタッフは、「半導体」のことも「後工程」のことも何も理解していないにもかかわらず、筆者への15分ほどのインタビューの一部を、前後の文脈など関係なく数秒ほど切り出して、TSMCが日本に開発拠点をつくることについて勝手にストーリーをつくり、視聴者をミスリードするようなニュースを報じてしまった。筆者は放送直前まで、担当者が送ってくるセリフの台本や図について、「これは間違っているからこうしてくれ、こう言ってくれ」と何度も修正を依頼したが、それはオンエア中のキャスターには届かず、とんでもないニュースになってしまった。

 本稿では、『報ステ』が、どのような誤報を報じたかを明らかにするとともに、TSMCがつくば市に後工程の開発拠点をつくるとしたら、それはどのような意味を持つかを正しく説明したい。要するに、『報ステ』の尻拭いするわけである(まったく不本意であるが)。

 その前に、半導体とは、どのような工程を経てつくられているのか、TSMCはどのようなポジションにいるのか、について詳細に説明する。というのは、この基本がわかっていないと、『報ステ』のニュースの誤りが理解できないからである。

半導体とはどのようにつくられるか

 図1を用いて、半導体のつくり方を説明する。なお、正しくは「半導体集積回路」なのだが、業界人も、世間一般も、「半導体」と略して呼ぶことが多いので、本稿でも単に「半導体」と記すことにする。

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 半導体は、データを記憶するDRAMやNANDなどのメモリと、演算を行うプロセッサなどのロジックに大雑把に分けられるが、ロジック半導体の場合、設計を専門に行うファブレスという半導体メーカーがある。代表的な例が、スマートフォンのiPhoneを販売している米アップルである。アップルは、iPhone用のプロセッサを自社で設計しているので、ファブレスということになる。

 その次は、ファブレスが設計したデータを基にシリコンウエハ上に半導体をつくりこむ「前工程」がある。現在は標準的に、直径300mmのシリコンウエハを使っており、その上に同時に1000個ほどの半導体が500~1000工程くらいのステップを経てつくられている。この前工程を専門に行っている半導体メーカーを、ファンドリーと呼ぶ。その部門で売上高世界1位なのがTSMCである。

 そして、前工程でシリコンウエハ上に半導体が形成された後は、後工程に移行する。厚さ775μmのシリコンウエハを裏側から研磨して(グラインデイングと呼ぶ)30μm程度まで薄化し、約1000個のチップを1個1個切り出して(ダイシングと呼ぶ)、樹脂製のパッケージに封入し(パッケージングと呼ぶ)、半導体の動作をテストする。この後工程を専門に行う半導体メーカーを、アセンブリメーカー、またはOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)と呼んでいる。

 このように、ロジック半導体は、ファブレスによる設計、ファンドリーによる前工程、アセンブリメーカー(OSAT)による後工程の3つの工程でつくられている。

『報ステ』ニュースの第一の問題は、設計、前工程、後工程の3つの工程について「難しすぎてわからない」として理解することを拒否し、説明を放棄したことにある。そのため、TSMCが何をしにつくば市に来るのかが、まるでわからない報道になってしまった。

トランジスタとは何か

 さて、ここで再び図1に戻って、前工程で製造された半導体の断面電子顕微鏡写真を見てみよう。10層以上の銅(Cu)配線層があり、下に行くほど配線幅が微細になっていることがわかる。そして最も下層には、白いぽつぽつしたゴマ粒のようなものが見える。これを拡大した電子顕微鏡写真を左側に示す。これがトランジスタという素子である。

 トランジスタは、ゲート電極とソースおよびドレインから構成されている。ゲート電極に電圧を印加すると、ソースからドレインに電子が流れる。この状態をコンピュータの「1」と定義する。ゲート電圧をゼロにすると電子の流れは止まる。この状態を「0」と定義する。

 コンピュータは、「0」と「1」の2進数ですべての演算を行う。最先端の半導体には10億個を超えるトランジスタが形成されており、これらがすべて10層を超える配線で接続されて、ある電子回路を形成し、演算を行うのである。

 そして、非常に高度な演算を行うためには、より多くのトランジスタが必要となる。しかし、半導体のチップサイズを大きくしたくない。むしろ小さくしたい。というのは、直径300mmのシリコンウエハから、よりたくさんの半導体チップを取得したいからだ。

半導体の微細化競争で1人勝ちのTSMC

 一定の面積の半導体チップになるべくたくさんのトランジスタを詰め込みたい。そのため、半導体メーカーは、2年で70%の割合で、トランジスタや配線を微細化してきた。2年で70%という意味は、トランジスタを平面的に考えた時、2年で面積を半分にしたいということである(図2)。面積を半分にするためには、その素子の縦と横は0.7×0.7、つまり、70%に微細化するということになる。

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 このように、2年で70%ずつ微細化すると、ある一定面積の半導体チップには、2年で2倍のトランジスタが形成できることになる。つまり、2年で2倍の割合で集積度が上がるわけだが、これをムーアの法則と呼んでいる。そして、大規模集積回路の時代が幕を開けた1970年以降、世界中の半導体メーカーが、延々と微細化競争を行ってきた。

 ところが、微細化が進むにつれて技術的なハードルが高くなり、加えてその開発にはとてつもない研究開発投資が必要になってきた。その結果、2000年頃に20社ほどあった最先端半導体メーカーは、どんどん数が減少していき、2015年には米インテル、韓国サムスン電子、そしてTSMCの3社に絞られてしまった。そして、2016年以降にインテルが14nmから10nmに進むことができず、脱落した。

 その後、サムスン電子とTSMCの一騎打ちとなったが、2019年以降、最先端露光装置EUVを使いこなすことに成功したTSMCが一人勝ちの状態となった。2019年に7nmの量産を立ち上げたTSMCは、2020年に5nmの量産を実現し、今年2021年には3nmの量産を開始する。

 このように、現在、最先端の前工程でロジック半導体を製造できるファンドリーは、世界の中でTSMC1社になってしまった。その結果、世界中のファブレスの生産委託がTSMCに殺到し、TSMCの製造キャパシテイの争奪戦を行っている(図3)。それが、TSMCが2位以下に大差をつけて、2020年のファンドリーの売上高シェア55%を独占する要因となっている(図4)。

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 また、今年になって自動車用半導体の供給不足が発覚し、世界中の自動車メーカーが減産を余儀なくされている原因も、TSMCの製造キャパシテイの争奪戦に破れたことにある(その詳細は拙著記事を参照ください)。

TSMCは10年前から後工程にも進出

 このように、TSMCは前工程の微細化競争で一人勝ちの状況となり、ファンドリーの売上高シェアでも圧倒的な存在感を示している。もはや、世界の電子機器(クルマも含む)は、TSMCの存在なくしてあり得ない状況になっているである。

 そのTSMCが、約10年前から後工程にも参入してきた。半導体の微細化は止まってはいないが、先に進むことがますます困難になってきている。しかし、毎年毎年、半導体の集積度を挙げたい、もっと高速に動作させたい、もっと消費電力を下げたいという要求は尽きることがない。

 特に、TSMCの最大のカスタマーであるアップルからの要求は極めて厳しい。アップルは、毎年夏頃に新型iPhoneを発表し、クリスマスシーズンに向けて世界中に大々的に販売する。その出荷台数は、2~3億台にもなる。

 読者の皆さんも、新型iPhoneの購入を検討するとき、どんな新機能が付いているのか、さまざまなアプリが使えるか、バッテリー持ちは良いのか、通信速度は速いか、ストレージは十分あるか、軽くて見やすくて落としても壊れなくて水没しても大丈夫かなど、今までのiPhoneより格段に優れているかどうかを気にするでしょう。

 そのような要求は、すべてTSMCがどのように優れたプロセッサを製造するかにかかっているのである。そのため、TSMCは毎年、10nm、7nm、5nm、3nm、2nmと微細化を進めている。しかし、それだけでは、アップルの要求が満たせなくなってきている。

 そこで、これまでアセンブリーメーカー(OSAT)に任せきりだった後工程に進出し、DRAMというメモリとプロセッサを積層することにより、高速で、低消費電力性に優れ、基板サイズの小さなiPhone用プロセッサの開発に成功した(図5)。TSMCは、このパッケージ技術を、InFO(Integrated Fan-Out)と呼んでいる。

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 ほかにも、自動運転車に使う人工知能(AI)用の半導体など、高性能コンピュータ用に、プロセッサやGPUと呼ばれる並列処理プロセッサを縦に積み、その周辺にDRAMを縦に4枚積層した先端半導体パッケージを開発した(図6)。

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 TSMCはこの先端パッケージを、CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)と呼んでいる。また、DRAMを縦に4枚積層した構造をHBM(High-Bandwidth Memory)と呼んでいる(図7)。このような斬新なパッケージ技術を用いることにより、AI半導体の高速処理が実現している。

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後工程はデットヒートの状態

 このように、前工程は世界の最先端をぶっちぎって独走しているTSMCが、斬新な後工程技術を開発し始めた。しかし、後工程の売上高シェアにおいてTSMCは、既存のアセンブリメーカー(OSAT)には敵わない。また、TSMCのInFOやCoWoSに刺激されて、世界中のアセンブリメーカー(OSAT)が同じような技術開発を始め、さらに前工程の微細化で脱落したインテルやサムスン電子も、この分野に参入してきた。

 後工程においては、異なる半導体を、どのように配置するかということについては、対象となる電子機器ごとに最適化方法が異なる(図8)。図8aのようにロジックもメモリも1チップでつくるのが良いのか(これをSystem on Chip、SOCと呼ぶ)、図8bのようにロジックとメモリを縦に積むのが良いのか(3D Stack)、図8cのように横につなぐのが良いのか(2D Side-by-side)、図8dのように縦にも横にもつないでしまったほうが良い場合もある(Multi-3D)。

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 要するに、後工程の領域においては、TSMCが先端技術で一歩リードしているが、デットヒートの状態にあるということである。TSMCが前工程のように、ぶっちぎって世界1位というわけではない。

 前置きが長くなったが、以上のことを頭に入れた上で、今回報道された、TSMCがつくば市に後工程の開発拠点をつくる意味を考える必要がある。

「トップレベルではなくトップ」の意味とは

 2月10日の『報ステ』で22時30分頃から、TSMC関係のニュースが報道された。のっけっから、筆者の顔がドアップになり、「トップレベルというより、トップです」という発言から始まった。これは、筆者は次のような文脈で用いた文句である。

「半導体は大きくメモリとロジックに分けられます。そのロジック半導体については、設計を専門に行うファブレスという半導体メーカーと、ファブレスから委託されて製造を専門に行うファンドリーがあります。TSMCは、前工程の微細化の最先端を突き進んでいる世界で唯1社のファンドリーであり、その売上高シェアも2位以下を大きく引き離しています。(「トップレベルなんですね」とのインタヴュアーの質問に対し)トップレベルではなくトップです(と答えたわけである)」

 したがって、筆者は、今回TSMCがつくばに拠点をつくると報じられている「後工程」で「トップ」と言ったのではなく、「前工程」で「トップ」と言ったのである。しかし、前後の文脈がすべてカットされてしまっている。したがって、視聴者には、筆者が「後工程でトップ」と言ったような誤認識を与えかねないのである。

 前述した通り、TSMCは10年ほど前から後工程にも参入し、その分野でも先端技術で世界をリードしているため、完全な間違いというわけではないが、筆者が言いたかった「(前工程でぶっちぎりの)トップ」とはまるで異なる意味で「トップ」という言葉が使われている。

 この「トップ」発言を含めて、筆者のコメントは3回、放送に使われたが、「湯之上とは日立製作所で半導体技術者を16年経験した後、今は半導体分野のジャーナリストを仕事としている」というような説明が一切なかった(2回目の発言で顔が出てきたときに字幕で「微細加工研究所 所長 湯之上隆」と表示されただけだ)。『報ステ』の視聴率は約10%で、約500万世帯が見ているという。その多くの人たちは、「このオッサンは一体誰だ?」と思ったに違いない。

 後半で、フリップでコメントを読み上げられた南川明氏が「半導体に詳しいイギリスの調査会社オムデアの南川明氏」と紹介されたのに比較すると大きな「差別」を感じる。そして、どのような専門家が発言したかを明らかにしないと、視聴者には何も伝わらなかったのではないか。

『報ステ』が半導体の説明に使った図

『報ステ』の放送開始約1時間前(20時51分)にメールで送られてきた、半導体を説明するためのフリップを図9に示す。筆者は、これを見て絶望的な気分になった。図9の左側の黒いパッケージの中に、右にあるように円板のようなものが入っており(ウエハを表現しているつもりなのだろうか)、その上に3本足のトランジスタらしきものが並んでいる。なお、『報ステ』スタッフは最後まで「パッケージ」という言葉を使うことを拒んだが、ピンとこなかったのか、理解できなかったのだろうか。

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 まず、通常パッケージの中には、矩形の半導体チップが封入されており、決して丸くはない。また、今どき3本足のトランジスタをウエハ上に並べるというのは、何かの悪いジョークかと思ったほどだ。50~60年前の話になってしまう。最先端を突き進むTSMCに対してあまりにも失礼だろう。

 そのため慌てて「今どき、3本足のトランジスタは時代錯誤だ」と電話し、適当にネットで検索して、トランジスタの形状がわかるサイトをメールで送付した。その結果、あと4分で放送開始となる21時50分に送付されてきたのが図10である。図9よりましかもしれないが、少し半導体を知っている人から見れば、「何だ、これは?」と思うだろう。

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 しかし、これ以上修正を依頼する時間はなかった。そのため、本当に番組中でこの図10が使われた。そして、キャスターの小木逸平氏が、「(黒いパッケージを指して)この中にさらに小さな“部品”が入っている」と説明した。筆者は愕然とした。せめて、「トランジスタと呼ばれる“素子”が入っている」と説明していただきたかった。そして、小木氏は、「TSMCはこの“部品”をさらに小さくして詰め込む技術が高く、どこも追いつけないほどの技術水準である」というような説明を行ったが、多くに視聴者には、何のことかさっぱりわからなかったに違いない。

TSMCが日本に進出する狙いとは

『報ステ』のスタッフは、筆者の電話説明、Zoomでのインタビュー、フリップやセリフの原稿の作成の際に、「前工程」と「後工程」という言葉を使うことを一切拒否した。難しくてよくわからないというのである(であるならば、放送するべきではないと言いたい)。そして、プロデユーサーやディレクターがよく理解できていない状態でフリップや原稿を作成して、キャスターに渡してしまったため、一体何を伝えたいか意味不明のニュースになっていたように感じられる。「半導体」も「トランジスタ」も「前工程」も「後工程」もわからず、「パッケージ」も理解できない状況で、TSMCが日本に進出して開発拠点をつくると報道したところで、視聴者には一体何が伝わるのだろう。

 そして、筆者が繰り返し何度も「それは違う」と言い続けたことを、『報ステ』は報道してしまったのである。それは、TSMCが日本に進出する狙いについてである。

 小木キャスターが、TSMCの狙いについて、「どうも日本の技術を目当てにしているようだ」というようなことを言った。この瞬間に、筆者は「やばい」と思った。それは事実と異なるからだ。この後、図10のフリップを示して、「TSMCは“部品”をどこよりも小さくつくることができる」という説明に移行したので、内心ほっとした(前述したようにトランジスタを“部品”と言うのはやめてほしいと思ったが、もうどうでもよくなっていた)。

 しかし、また「日本の技術が優れている、薄くする技術とか」と日本の技術に言及し始めた。「後工程」ということや、薄くする技術がバックグラインデイングというものであることを説明していないので、多分、視聴者には何を言っているか、わからなかっただろうが、日本の技術に焦点が当たったことで再び、冷や汗が出てきた。

 そして、恐れていたことが起きてしまった。徳永有美キャスターが「積み重ねたりする技術で日本が割と進んでいるということでしょうか?」と発言し、小木キャスターが「そういうことです」と言ってしまったのだ。それは事実と異なる。「それだけは違う」と何度も繰り返し解説してきたのに、なぜ専門家の言うことを聞いていただけないのだろうか。

日本の優れている点やメリットは?

 徳永キャスターが話した「積み重ねたりする技術」とは、図8bの3D Stackや、図7のDRAMを積層する技術のことである。このような3次元の積層技術において、日本は進んでいない。このような技術で世界をリードしているのは、iPhone用にInFOを開発し、高性能コンピューテイング用にCoWoSを開発したTSMCや、アセンブリーメーカー(OSAT)のASE、SPIL、Amkorなどである。

 では、日本にはどのような長所があるかといえば、後工程用の製造装置のいくつか、および、製造材料のいくつかにおいて、特徴的に強い企業が存在するということが挙げられる。あるいは、製造装置そのものは強くないかもしれないが、その装置に使われている数千点の“部品”や部材の内、日本には特徴的に強いものが多数ある。

 オムデアの南川氏のフリップで、「日本の町工場にとっても共同開発し、“部品”供給ができる可能性があることは非常にプラス。後塵を拝してきた半導体分野で日本が返り咲くチャンスが来た」ということが紹介された。

 筆者は「日本が返り咲くチャンスが来た」ことには賛同できないが、「“部品”をつくっている町工場にプラス」という意見はその通りであると思う。なお、ここでいう“部品”とは、小木キャスターが図10のフリップで説明した、本当はトランジスタを意味する“部品”とは違う。

 繰り返すが、各種の製造装置は数千点の“部品”から構成されており、その“部品”をビジネスにしている町工場レベルの中小企業が多いのは事実であるため、このような町工場が本当に日本でTSMCと共同開発できるのなら、非常に大きなメリットとなるであろう。

TSMCの日本進出と対中政策は関係なし

 TSMC関係のニュースの最後のほうで、コメンテータの梶原みずほ氏が、「台湾にとっては中国による影響力を抑えるメリットがあり、日本にとってはサプライチェーンの海外依存から脱却でき、対中包囲網にもなる」というようなコメントを述べたが、まったく的外れである。

 TSMCは、前工程であれ、後工程であれ、それに使う製造装置や製造材料を、ほぼすべて日米欧から調達している。TSMCが前工程で半導体を製造し、後工程でパッケージングするに当たって、中国に依存しているものはない。したがって、TSMCが日本に後工程の開発拠点をつくることは、「中国による影響力を抑える」ことに何ら関係がない。

 また、「日本にとってサプライチェーンの海外依存から脱却でき、対中包囲網になる」ということも意味不明であり、理解不能な見解としかいいようがない。梶原氏は、TSMCが半導体を製造する上においてのサプライチェーンを理解した上で、このような発言をしているのだろうか。まったく根拠がないように思う。

TSMCの本音はどこにある?

 2020年第4四半期のTSMCの売上高シェアに占める割合を見てみると、米国が73%と図抜けており、次が中国を除くアジアで12%、ファーウエイへの半導体の出荷が停止となったため中国シェアは6%に急落している。そして、欧州6%、日本4%となっている(図11)。

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 TSMCのファンドリービジネスの視点から言うと、最大顧客となっている米国に前工程の半導体工場を建設する理由は理解できるが、日本に来る理由は何も見当たらない。では、なぜ、TSMCは後工程の開発拠点を日本につくるのだろうか。実は、筆者はまだこれが現実になるとは思っていない。TSMCにとってのメリットがあまりないからだ。

 もし、あるとすれば、前工程用に日本から非常に多くの製造装置を輸入していることが挙げられるかもしれない(図12)。また、シリコンウエハ、レジスト、フッ化水素をはじめとする薬液など、半導体材料も日本依存度が高い。

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 今年2021年、TSMCは過去最高の280億ドル(約3兆円)の設備投資を行うと報道されている。それに比べて、日本の後工程の開発拠点への投資は約200億円である。TSMCにとっては、小遣いレベルにすぎない金額である。

 ここから考えられるTSMCの狙いとは、米国の同盟国でもある日本の経済産業省が熱心に誘致に口説いてくるから、「ちょっと恩を売っておこうか」という程度のものではないだろうか。日本は2019年7月1日に突然、韓国に対して半導体3材料の輸出規制を強化したが、そのようなことを平気でする国の政府を怒らせないためではないか。

 したがって、筆者の結論は、TSMCの狙いは「お付き合い」程度のものであると考える。そして、200億円程度の後工程の開発拠点で、優れた製造装置や材料が開発できたら、台湾に大規模な後工程工場をつくり、そこに日本製の装置や材料を並べればいいわけだ。『報ステ』では、将来は日本にTSMCの生産工場の建設も期待できるというような発言があったが、常識的に考えてあり得ない。

『報ステ』の罪

 今回の『報ステ』ニュースの第1の問題は、番組関係者が「半導体」「トランジスタ」「前工程」「後工程」「パッケージ」などを理解できない、もしくはこれらの理解を拒んだ状態で、TSMCが日本に進出して開発拠点をつくるというニュースを報道してしまったことにある。このような勉強不足の状態で、TSMC関係のニュースを報道するべきではない。視聴者をいたずらに混乱させ、場合のよってはミスリードしてしまうため、有害であるとすらいえる。

 第2の問題は、筆者が何度も繰り返して「それは違うから」と言い続けたにもかかわらず、「日本は(半導体チップを)重ねる技術が進んでいる」という報道をしてしまったことである。これは明らかに誤報である。

 なぜ、このような報道をしたのかを考えると、最初に「TSMCの狙いは日本の進んでいる技術にある」という結論ありきで、ニュースのストーリーを構築したからではないかと思わざるを得ない。これは、無知なプロデューサーやディレクターが独りよがりの“思い込み”でニュースのストーリーをつくるとロクでもないことになることの典型例である。

 第3の問題は、筆者の意図とはまったく違う文脈で「トップレベルではなくトップ」という発言を2回も流したことである。しかも、筆者のプロフィールについて紹介は一切ない。

 例えば、コロナ禍にあって、毎日のようにニュースでは「A大学の感染症が専門の教授」「コロナ重症患者を受け入れているB病院の院長」などと、コメントする解説者のプロフィールが紹介されている。もし肩書が紹介されなければ、視聴者はその解説者の話している内容を信用しようとしないだろう。

 筆者のある知人がFacebookで、「テレ朝の『報ステ』はバラエテイだと思います」と言ってきた。確かに、そうとしか思えない。しかし、そのバラエテイに付き合わされ、ほとんどおもちゃにされたような感覚を抱かされた筆者としては、憤懣やるかたない。もう二度とこんな番組には協力しないと固く心に誓った次第である。

【追記】

 TSMCが2月9日付のニュースリリースで、「資本金186億円(約1億8600万米ドル)以下の3DIC材料研究を拡大するために、日本に完全子会社を設立することを承認した」と発表した。このニュースから、TSMCが日本につくる後工程の拠点の目的は、3次元パッケージ(3DIC)に使う材料開発であることが判明した。したがって、日本の後工程関係の材料メーカーには、TSMCとの共同開発を行うことにより、ビジネスチャンスが拡大する可能性が期待される。

 一方、後工程用の製造装置は目的とされていないため、各種の装置メーカーや、その装置の“部品”をつくっている町工場には、残念ながらビジネスチャンスはないことになる。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

湯之上隆/微細加工研究所所長

湯之上隆/微細加工研究所所長

1961年生まれ。静岡県出身。1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。工学博士。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『電機半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)。


・公式HPは 微細加工研究所

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