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野村直之「AIなんか怖くない!」

「前例のない問題を自律的に考え回答するAI」など、出現のメドすら立っていない

文=野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員
「前例のない問題を自律的に考え回答するAI」など、出現のメドすら立っていないの画像1
「Getty Images」より

 コロナ禍による強制DXデジタルトランスフォーメーションの話題を取り上げて以来、前回まで5回にわたってDXの話題を取り上げてまいりました。この言葉が定着し、すでに、「DXなんて、また新手の初期投資(英語では総とっかえを意味する“turn over”)を促す方便ではないか?」「結局日本では法外に高価な大規模焼き直し開発(車輪の再発明)の延命になるだけではないか?」などと危惧されつつあります。台湾、シンガポールなどで、着想から数日単位で開発、リリースされて国の新インフラ(マスク購入割り当てだったり、路肩の駐車スペース予約&支払いがスマホでできたり)となっている状況との落差に眩暈がします。

 後者の素敵なアプリ、インフラを典型的なDXのアプリと考え、事務作業自体をなくし、Slackによるコラボで中間管理職を不要とできるなどとする私の主張は、日本国内でだけは異端なDXとみなされてしまうかもしれません。法政の大学院で企業情報システムの設計から最適運用まで講義したり、グローバル複写機メーカーのナレッジマネジメントシステムを設計、コンサルティングした実績などあるものの、多勢に無勢。無力感を感じることもあります。

 引き続き、人々を不毛な雑用(事務)から解放し、創造性を開花させる本物の改革をDXとアピールし続ける所存ではあります。ですが、自分本来の専門=AI(人工知能)を活用した、質、量ともに優れたVoC(顧客の声)の分析や、データのクリーニング自体にAIを活用して、人々を不毛な辛い仕事から解放する、という局面に焦点を当てて、仕事してまいりたいと思います。

あくまで道具にすぎない今日のAI

 AI活用について日々相談を受けるなかで、いまだにAIが人間に代わって「自ら考えてくれ」「結論を教えてくれる」と誤解している人に出会うことがあります。2017年1月15日付日本経済新聞の拙著『人工知能が変える仕事の未来」への書評にあるように、今日のAIを「限りなく正確に伝えようとする」ならば、例えば棒状のものの本数を数えるなら、それしかできない専用のAIを手間暇かけて技術者がつくり、他の道具と組み合わせるのにまた大きな開発コストをかけることになるといえます。個々の専用AIを鍛えるには、インプットとアウトプットの組み合わせの膨大な量のお手本を、原則人手で用意してあげながら、「OK」「NG」をひとつずつ、あるいは数千組、まとめてチェックし、「なぜこの組み合わせでは間違えたのだろう?」とAIエンジニアが考えて試行錯誤し、地道に精度改善の努力を払うことになる。結構、属人性も高い仕事で、私の会社を含め、本当にわかっていて、創造性もエンジニアリング力も共にハイレベルの会社とパートナーを組まないと実用AI開発プロジェクトはなかなか成功しません。

 数十億とか兆に及ぶ膨大な量の言葉のデータに埋め込まれた、言葉や文の間の関係をスーパーコンピュータで処理させることにより、日本語や英語による応答がかなり高精度にできるようにはなってきました。しかし、その応答に対し、「それはなぜ?」「そのそれはなぜ?」と、深い知識、抽象的な理解に基づいて、前例(過去の文章記録)のない事態について本当に回答を考え出して回答するAI、自律的に考えるAIの出現のメドは、現在でも立っていないといってよいでしょう。

正解データがあれば驚くべき性能を発揮するAI

 とはいえ、トレーニング用の正解データ、インプットとアウトプットのペアが大量にあれば、そこそこ良い精度で、その対応関係を習得可能なAIは便利です。ちょっと想像しただけでも、画像で侵入者(動物も)の自動監視から、危険運転らしき動画の判定、農作物の病害虫の判定、お肌のチェックなど枚挙にいとまがありません。言葉の分野でも、シンプルな応用例として翻訳を考えても、マイナー言語、例えばたかだか30数万人が使うアイスランド語からアイルランド語への同時通訳のスピードと精度で、AI に勝てる日本人は恐らくいないことでしょう。ご存知でしたら教えてください。

 このページから引用した、児童書の紹介文の最初の1文をGoogle翻訳で、アイルランド語にしてみます:

「前例のない問題を自律的に考え回答するAI」など、出現のメドすら立っていないの画像2

 ちゃんと自動検出でアイスランド語と判定されていますね。何百もの言語のどれで書かれているかを判定する課題は、翻訳とは似て非なるタスク。でも、Google翻訳が対応している百数十の言語のどんな文を見せても、瞬時に同等以上の精度でどの言語か判定できる日本人がいるとは思えません。翻訳結果ですが、うーん、合っているかどうかさっぱりわかりません。そこで、アイルランド語の翻訳結果を日本語に再翻訳してみます。

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 不自然な日本語ながらも、児童書を紹介する文章の冒頭のようです。おそらく合っているのではないでしょうか。2回翻訳にしては大きくはずれていないという評価をしても良さそうです。

 翻訳となれば、両方向を加味すれば、150の言語なら2万2500種類の翻訳方向すべてについて、瞬時に、同等以上の精度で人間が翻訳できるかという話。膨大な言語対の正解データを巧みにトレーニングに活用したAIに、人間がかなうはずありません。でも、それでAIに恐怖心を抱きますか? 本連載の2回目で「肉眼より細かいものが見えるからといって電子顕微鏡に嫉妬しますか?」と問うたのと本質は同じ質問です。

「AIで」が増えてきたのは良い傾向

 英語と違って、日本語では無生物主語はあまり使われません。英語では、“The key opened the door.”と普通に言えますが、直訳の「その鍵がドアを開けた」と言ったら、文法的には正しくとも、外国人のおかしな発話のようだといわれることでしょう。「その鍵【で】ドアが開いた。」が正しい日本語です。もちろん、鍵に特別な意味を込め、特殊な注目を集める文学技巧、あるいは大江健三郎氏のような翻訳調文体の演出では「その鍵がドアを開けた」が使われることもあるでしょうが、いずれにしても、鍵【で】が自然な日本語であることを前提とした特殊効果です。

 久しぶりに、Google Web検索で、“AIが” vs. “AIで”の比較をやってみました。これは、自然で正しい英語では、“for”か “to”か迷った時によく行う件数比較で、独力で(ネイティブの力を借りずに)軍配をあげる手法にならったものです。極端な差がついた時、マイナーな方は日本人の誤用だけだった、なんていうこともありました。

 結果は、こうなりました。

・“AIが”:約 10,300,000 件(0.74 秒)

・“AIで”: 7,920,000 件 (0.55 秒)

 数年前のデータを保存してなくて申し訳ありませんが、記憶によれば、当時より現在のほうが、“AIで”という記述が増えて、差が縮まっているといえます。AIは道具である、と2014年頃から各種講演や原稿でアピールしてきたのが浸透してきたのであれば非常に嬉しいです。もっとも、“AIで”は多くは道具の意味ですが、「あれは“AIで”、こっちは人間だ。」という文のこともあれば、「“AIで”酷い目にあった」という文がヒットしたものも含まれます。“AIのせいで”という意味だから道具ではありません。それをいうなら、“AIが”も主語とは限らず、「私は“AIが”好きだ」という目的語のこともあります。「“AIが”使われた」という受身形でも、目的語です。

 ですので、あくまで、近似的に、AI=道具と捉える人の割合が増えたのでは、という仮説の根拠であります。ちなみに、

・“人工知能が”:約 3,960,000 件 (0.80 秒)

・“人工知能で”:約 830,000 件 (0.51 秒)

ということで、こちらは、まだ4倍以上の差があり、少しがっかりしました。

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

野村直之/AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員)

AI開発・研究者、メタデータ株式会社社長、東京大学大学院医学系研究科研究員。


1962年生まれ。1984年、東京大学工学部卒業、2002年、理学博士号取得(九州大学)。NECC&C研究所、ジャストシステム、法政大学、リコー勤務をへて、法政大学大学院客員教授。2005年、メタデータ(株)を創業。ビッグデータ分析、ソーシャル活用、各種人工知能応用ソリューションを提供。この間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所客員研究員。MITでは、「人工知能の父」マービン・ミンスキーと一時期同室。同じくMITの言語学者、ノーム・チョムスキーとも議論。ディープラーニングを支えるイメージネット(ImageNet)の基礎となったワードネット(WordNet)の活用研究に携わり、日本の第5世代コンピュータ開発機構ICOTからスピン・オフした知識ベース開発にも参加。日々、様々なソフトウェア開発に従事するとともに、産業、生活、行政、教育など、幅広く社会にAIを活用する問題に深い関心を持つ。 著作など:WordNet: An Electronic Lexical Database,edited by Christiane D. Fellbaum, MIT Press, 1998.(共著)他


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