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30年も音信不通の家族にも“扶養照会”…生活保護申請者を苦しめ、家族関係を壊す悪習

文=林美保子/フリーライター
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30年も音信不通の家族にも“扶養照会”…生活保護申請者を苦しめ、家族関係を壊す悪習の画像1
2月8日、厚生労働省に要望書などを提出

 コロナ禍で生活に窮する人が増えている。生活困窮者支援団体「一般社団法人つくろい東京ファンド」が支援活動を行うなかで気づいたのは、生活保護に対して忌避感を持つ人が非常に多いということだった。巷では、生活保護の不正受給問題ばかりがクローズされる嫌いがあるが、現実にはそれはほんの一部だ。

「仕事がなく、手持ちのお金が数百円しかないという困窮の度合いが高い人が利用できる制度は、事実上生活保護しかないのですが、申請を勧めても、『生活保護だけは受けたくない。ほかに制度はありませんか』と言う人は少なくありません」と、稲葉剛代表理事は語る。

高齢や未成年、DV加害者、音信不通の人にも扶養照会が

 同団体では、年末年始に行った相談会に参加した人を対象にアンケート調査を実施。生活保護を受けたくない理由としては、住まいを持っていないと劣悪な施設に入れられるとか、生活保護のイメージがよくないというのも少なくなかった。

「これまで問題なく生活できていた人も、コロナ禍で生活保護と無縁ではなくなっている。こういう人は特にハードルが高いんです。生活保護制度の話をした途端に顔色を変えて、『あれは、ギャンブルなどでどうしようもなくなった連中が利用する制度だろう。そんな制度を私に勧めるのか』と言われたことがあります」と、「生活保護問題対策全国会議」の田川英信事務局次長は語る。

 そのなかで、生活保護申請を阻む理由として最も多いのが、扶養照会(34.4%)であることがわかった。扶養照会とは、生活保護の申請をした人の親族に援助が可能かどうかを問い合わせる制度である。アンケート調査では、約4割が、「扶養照会をせずに家族に知られることがないなら生活保護を受けたい」と答えている。

 今までは親族と20年連絡をとっていなかったり(東京都は10年)、親族からDVや虐待を受けていたり、あるいは親族が高齢や未成年である場合には扶養照会をしなくてもよいとされてきた。しかし、「しなくてもよい」という曖昧な表現であったため、事情を考慮せずに一律に扶養照会をする自治体職員も少なくない。

「30年も40年も音信不通だとか、一度も会ったことがないのに扶養照会をする事例も見受けられます。家族関係が壊れているケースはもちろん、良好であっても扶養照会することで家族関係が壊れてしまうこともあります。生活保護申請をしたことで、『家の恥だ』と家族に罵られ、それ以来、冠婚葬祭の連絡が一切来なくなったり、縁を切られたりする例もあるのです」と、田川さんは語る。

「役所が連絡をすると、家族が体面を気にして、そのときには『援助します』などと答えるのですけれども、口先だけで、家族からも自治体からも援助されず、ホームレスになってしまったという事例もあります」と、稲葉さんも語る。

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要望書提出後の記者会見。右から2番目が稲葉さん、左端が田川さん

 アンケート調査の結果を踏まえ、つくろい東京ファンドでは、署名サイトで「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」と呼びかけた署名活動を1月16日から開始した。

「扶養照会という言葉自体、生活保護に関わる関係者以外、ほとんど知られていないので、ネット署名を始めるまでは、どのくらい広がるのか予測できませんでした」と、稲葉さんは語る。

 ところが、蓋を開けてみると、続々と署名が集まった。

ケースワーカーにとっても負担になっている

 また、Googleフォームを使って扶養照会にかかわる体験談も募集すると、さまざまな立場の当事者・関係者から、体験談の投稿が相次いだ。以下は、そのほんの一部である。

「父親のDVで、15歳のときに母とシェルターに逃げた。生活保護申請時に事情を話して扶養照会をしないでほしいと伝えたが、『規則なので』と言われました。扶養照会により父親に居場所がバレて何度も押しかけられた。生活保護費も、家電なども奪われました」

「86歳の女性が、30年以上も音信不通だった81歳になる弟の扶養照会を受けた。わずかな年金収入しかない高齢者に扶養照会をするという感覚が信じられない。もしや援助しないと罰せられるかもしれないとさえ彼女は感じて、不安でよく眠れなかったそうです」

「障害者のグループホームの入居者宛に親の扶養照会の文書が届きました。その方はパート就労をしていて月給は10万円です。役所のマンパワーとコストをかけてまで行う必要があるでしょうか」

「ケースワーカーとして扶養照会を送ると、激怒した電話をもらい、『二度と連絡してくるな』と言われたり、長い長い手紙に相談者からどれだけ迷惑をかけられたか綴ってこられたり、ビリビリに破られた扶養照会用紙が返信されたりと非常にストレスでした。扶養、仕送りが実現したことは一度もありません」

厚生労働省が見直しを決めるも、小手先の対応

 実際、扶養照会をして援助に結びつくのは1%にも満たない。核家族の時代において、多くは自分の生活で手いっぱいだろう。問い合わせのための手間や送料も無意味だと言えるのではないか。

 2月8日、つくろい東京ファンドと生活保護問題対策全国会議は「扶養照会を実施するのは、申請者が事前に承諾し、明らかに扶養が期待される場合のみに限る」などと記した要望書と約3万5800人分のネット署名などを厚生労働省に提出した。

 2月26日、厚生労働省は各自治体に対し、扶養照会の運用を見直す通知を送付した。借金を重ねている、相続をめぐり対立している、縁を切られている、10年程度の音信不通である場合など扶養義務履行が期待できない者の判断基準を以前よりも明確化した。

 上記2団体は28日、厚労省の通知を一部評価しながらも、「尚、小手先の対応であり、申請者が事前に承諾した場合に限定すべき」とする緊急声明を出した。その後もネット署名数は増え、3月5日の段階では賛同者は5万7000人まで膨れ上がっている。さらには、扶養照会の廃止を求める意見書を議会で採択した自治体も現れ、支援団体の尽力の成果は少しずつ現れてきているようだ。

(文=林美保子/フリーライター)

林美保子/ノンフィクションライター

林美保子/ノンフィクションライター

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務等を経て、執筆活動を開始。主に高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマに取り組む。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)。

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