物事には歴史というものが存在する。それは企業においてもそうだろう。
1990年代以降、日本の音楽シーンにおいて、エイベックスという会社は多大なる功績をこれまで残してきている。同社はそれによって大きく成長したが、同社の価値を単純に経済的な側面だけでは計ることはできない。例えば、今もなお語り継がれている名曲の数々だ。エイベックスというプラットフォームがあったからこそ、人々の心に思い出として深く刻まれているのではないか。それは、決して金銭に置き換えることはできないものだ。
そのプラットフォームをただの「器」と表現する人物がいたとしたら、どうだろうか。もちろん表現の自由は憲法に守られているため、個々が好きに発言するのは自由だ。だが、奇しくもエイベックスの買収に乗り出そうとしている人物が、その会社を「器」と発言をすれば、関係者のみならず、多くの人が一種のアレルギー反応を起こすのではないだろうか。少なくとも私の頭には、部外者ながらも脳裏に「侮辱」という言葉が頭の中を駆け巡ったのだった。
5月21日発売の写真週刊誌「FRIDAY」(講談社)にこんな見出しが踊った。
「エイベックス買収」を仕掛ける人物 高山直樹(ファンドマネージャー)とは何者か
この記事は、スターマウンテンなるファンドの代表を務める高山直樹氏にインタビューをしたものだ。その中で同氏は、業績低迷中のエイベックスの買収計画を進めていることを宣言。さらに「僕はエイベックスを“器”としか思っていない。僕が代表になったら、音楽だけではなく漫画やアニメ、実写映画などのコンテンツをつくっていくつもりです」と高らかに「器発言」を行っているのだ。しかし、エイベックスがすでにアニメや実写映画で実績を残していることは、一般人でも知っていること。この発言だけでも、この人物の底の浅さが見えてくる。また、高山氏は自身が在日韓国人であることから、その人脈を生かして、K-POPなど韓国のエンタメを取り入れていくとも語るが、それも「いまさら」感のある発言だ。
私がこの記事に目を通してまず最初に感じた印象は、なぜ「FRIDAY」は高山氏のインタビューを掲載したのだろうかという点だった。事件やスキャンダルがあれば取材をして報じるのは記者の仕事だ。しかし、この記事は一見スクープ性の高いインタビューに見えるが、その実、高山氏の空虚な放言を載せているだけに思える。また、エイベックスサイドは、高山氏との買収交渉の存在について完全否定をしている。
果たして、この高山氏の話は、記事化し、掲載するレベルにあったのか。確かに、誰もが知る大手企業を相手に「自分がその会社を買って、社長になったなら」という論理を展開させること自体に興味を惹かれる読者もいるだろう。
エイベックスの創業者で会長である松浦勝人氏についても、現段階においては部外者でしかない高山氏が「僕の方針と合わないということであれば、卒業ということもあるかもしれませんね」という挑発的な言葉を掲載している。記事を掲載したFRIDAYの版元となる講談社とエイベックスは、決して関係性は悪くはない。その上で記事を掲載したのだ。その狙いはどこにあるのか。ある講談社関係者もそのことについて、同様の疑問を口にしていた。
「どうした経由で掲載に至ったのかわからないが、ウチは比較的にエイベックスさんと仲が良いといわれている。エイベックスに対して高山氏が本格的な買収工作に入っているという事実があるなら、もちろん日頃の付き合いがあるかといって、忖度などは存在しない。しかしそれが果たして、今なのか。卑猥な話、高山氏がメディアを使って買収宣言をしたのは、本気で買収を成功させることが最優先にあるわけでなく、ほかになにか狙いがあるのではないか。例えば、株価を動かすことが目的ではないかと勘繰ってしまう。ましてや、これだけコンプライアンスがうるさくなかった中で、本気で買収を考えている人物があんなことを言うだろうか」
この関係者のいう「あんなこと」とは、高山氏が反社会的勢力について語った言葉だ。
「いわゆる裏社会との付き合い方も熟知しています」
自身は裏社会とパイプがあるという物言い。付き合い方以前に、裏社会と何らかの接点を持ってはいけないと、暴力団排除条例でうたっているのだ。それなのに、付き合い方を熟知していると、自ら喧伝している時点で問題になると考えないのか。
そんなツッコミどころ満載の持論を展開してみせた高山氏。さまざまな角度から検証しても、何か裏がある気がしてならない。それほど、高山氏の「エイベックス買収宣言」は実現性に欠けていると思えるのだ。
そして、偶然なのかそうではないのか、この高山氏のインタビューが掲載された数日後、サイバーエージェントがエイベックスの筆頭株主になることが発表された。高山氏は、次にどのような手を打ってくるのか興味津々だ。
(文=沖田臥竜/作家)