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防衛増税の裏に米国からの軍事費増強要求…中国との合意を遵守しない日本の自業自得

文=Business Journal編集部、協力=孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長
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米国のバイデン大統領と岸田首相(首相官邸のHPより)

 防衛費増額の財源に関して岸田文雄首相が表明した方針が、政府・与党内に軋轢を生み、政権基盤を揺るがせる事態に発展している。岸田首相は今月8日に開かれた政府・与党政策懇談会で、2027年度以降の年4兆円の防衛費増額分の財源として、

・歳出削減
・決算剰余金(税収上振れ、余った予算など)
・国有財産の売却益や税外収入などをためて使う防衛力強化資金
・税制措置

の4つを提示。特に議論を呼んでいるのが、税制措置として約1兆円の増税を挙げた点だ。岸田首相は「個人の所得税負担が増加するような措置はしない」としており、政府内では大企業の法人税や相続税などを増税する案が出ていると報じられている。

 岸田首相の表明を受け、政府・与党内からは反発が続出。自民党の佐藤正久元外務副大臣は11日放送のフジテレビ番組内で

「防衛力の中身を説明する前に増税というのは、順番が違う」
「円安、物価高のなかで企業に賃上げをお願いしているときに法人税増税の話が出てしまったら、賃上げムードも設備投資ムードも消える」

と批判。さらに経済安全保障相の高市早苗氏はTwitterに

「賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された総理の真意が理解出来ません」
「普段は出席の声がかかる一昨日の政府与党連絡会議には、私も西村経済産業大臣も呼ばれませんでした。国家安全保障戦略には経済安全保障や宇宙など私の坦務分野も入るのに。その席で、総理から突然の増税発言。反論の場も無いのかと、驚きました」
「閣僚も国家安全保障戦略の全文は見せてもらえず、私は坦務する経済安保と宇宙の部分のみ。内容不明のまま総理の財源論を聞いたので、唐突に感じた次第」

と投稿。さらに13日の閣議後会見では、岸田首相の指示に異議を唱えているとして「間違ったことを申し上げていない。閣僚の任命権は首相にあるので、罷免されるなら仕方がない」と発言。現役閣僚が首相の指示に公然と反対するという異例の事態となっている。

「財務省ベッタリの岸田首相が、財務省の案を丸飲みして『やらかしてしまった』というのが永田町での受け止められ方。突然の1兆円増税表明は世論の強い反発を招くのは必至で、すでに世論調査では岸田首相の不支持率が支持率を上回っており、来年4月には統一地方選挙も控えていることから、政府・自民党内で岸田降ろしが本格化する可能性が一気に高まった。高市氏や佐藤氏をはじめ党内から反対の声が続出しているのは、党内で岸田首相を見限る動きの始まりとみていい」(全国紙記者)

対立軸を意図的につくる米国

 そもそも防衛費増額の理由について政府は、ウクライナ侵攻による世界情勢の変化や中国と台湾の軍事衝突(台湾有事)リスクの上昇があると説明しており、具体的には反撃能力を維持するための長射程ミサイル配備などが想定されているが、元外務省国際情報局長で評論家の孫崎享氏はいう。

「防衛費増額をなぜ今、行うのか。防衛費増額をめぐる論争で一番欠けているのは、近隣諸国との緊張が外交努力によって軽減できるか否かの検証が十分なされていないという点だ。台湾を例にとってみよう。米国と中国の間でさまざまな合意がなされているが、象徴的なものとして米中外交関係樹立に関する共同コミュニケ(1978年12月15日)があり、ここでは『アメリカ合衆国は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。この範囲内で、合衆国の人民は、台湾の人民と文化、商業その他の非公式な関係を維持する』としている。

 日本は国交回復の共同声明(1972年9月29日)で『中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する』とし、平和友好条約(1978年8月12日)では『共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認し』としている。米国と日本が、『台湾は中国の一部である』という過去の約束を守れば、今日のような台湾の危機は生じない。

『では台湾の国民が独立を望んだらどうするか』という問題がある。台湾国民が圧倒的多数で独立を望んだ時には、まず米国と中国、日本と中国が、新たな状況を踏まえ、過去の取り決めの変更を交渉すればいい。さらに国連などの第三者を含めて協議するのもありうるだろう。こうした努力なしに、一方的に台湾の独立を認めようとするから緊張が生ずるのである。

 尖閣諸島も同様である。田中角栄・周恩来会談では『尖閣諸島問題を棚上げにする』という合意があった。この点は会談に関与した当時の橋本中国課長、栗山条約課長の発言を見れば明らかである。さらに日中漁業協定があり、紛争が起こらない枠組みができている。つまり、過去の合意を順守し、平和を維持する姿勢をとれば、台湾問題も尖閣問題も武力紛争に発展せずに推移する。このような認識があれば、大幅な軍備増強に踏み切る必要もない。

 ではなぜ今、異なる流れが出ているか。残念ながら、米国はロシアとの関係でウクライナ問題という対立軸を意図的につくり、中国との間で台湾問題という対立軸をつくった。そしてこの対立軸を背景に、日本に軍事費の増強を求めてきているのである」

(文=Business Journal編集部、協力=孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長)

孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長

孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長

東京大学法学部在学中に外務公務員上級職甲種試験(外交官採用試験)に合格。1966年外務省入省。イギリス陸軍語学学校、ロンドン大学、モスクワ大学にてロシア語を習得し、在ソビエト連邦大使館を経て、1985年在アメリカ大使館参事官(ハーバード大学国際問題研究所研究員)、1986年在イラク大使館公使、1989年在カナダ大使館公使を歴任。1991年から1993年まで総合研究開発機構へ出向。駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。国際情報局長時代は各国情報機関と積極的に交流。2002年より防衛大学校教授。この間公共政策学科長、人文社会学群長を歴任。2009年3月退官。

Twitter:@magosaki_ukeru

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