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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~【絶望の自衛隊・6】

自衛隊、隊内で性的暴行受けた女性自衛官に「嘆願書」承諾を強要…事件を隠蔽の意図か

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
自衛隊、隊内で性的暴行受けた女性自衛官に「嘆願書」承諾を強要…事件を隠蔽の意図かの画像1
陸上自衛隊の師団側が作成し、Aさんに承諾するように求めた「嘆願書」(文書全体は2ページ目に掲載)

 元自衛官で20代女性のAさんが、昨年7月に北海道の矢臼別演習場での訓練中に40代の男性幹部自衛官Bから性的暴力を受けた強制性交事件について、その実態と、陸上自衛隊の情報管理の甘さについて見てきた。

 今回は事件に関するAさんへの聴取内容が部隊内に漏えいした原因に加え、自衛隊側がBに懲戒免職処分を下す直前、Aさんに処分公表を見送ることに同意させる「嘆願書」を手渡していた事実について明らかにする(記事中の階級は当時)。

中隊長が聴取内容書いた書類を机の上に放置、隊員全員が閲覧可能に、誹謗中傷に拍車

 前回、警務隊によるAさんへの聴取内容がダダ漏れになり、誹謗中傷される原因になっていることについて報じた。本来、聴取内容は警務隊をはじめ、ごく一部の人間しか知り得ないはずである。Aさんへの取材によると、中隊長が隊内の自分の机の上に、聴取内容が書かれた書類を隊員全員が閲覧できる状態で放置していたことが原因だという。その書類を閲覧した隊員の間で噂話が広がっていった。

 この中隊長は動画投稿SNS「TikTok」の熱心なユーザーであり、Aさんに対する聴取直後に自分の動画を投稿するなど、およそAさんの性被害に真剣に向き合っている姿勢とは思えなかったという。Aさんはこの中隊長について現状報告をしなければならなかったが、事件について必要以上の内容の報告を求められ、話すとそれが隊内に広がり、誹謗中傷に拍車をかけていた。

 さらに、Aさんの母親とも被害への対応などをめぐってLINEで連絡を取っていたが、「いっしょにご飯を食べに行こう」などと、Aさんの事件とまったく関係ないメッセージを送っていた。Aさんの母親は奇異に感じ、その後の連絡は控えるようにしたという。

 性暴力の被害者への聴取内容はプライバシーの最たるものである。犯行について被害者に語らせる行為はセカンドレイプとも呼ばれ、被害者に大きな精神的苦痛をもたらす。その点からすれば、直接聴取する警務官にすら話すのが辛い内容であり、それを万人が見られるような状態にしておくとは、明らかに不適切である。

 中隊長だけでなく、直属の上司である営内班長に対してAさんが電話で報告した内容も漏えいしていた。この班長も聴取内容を閲覧できたが、風呂場で内容を別の隊員に漏らしているのが目撃されている。

警務隊の人事制度

 今回の事件では、自衛隊内の警察にあたる警務隊の聴取が、Bの「同意があった」という発言に引きずられ、被害者であるAさんに過度に圧迫的になっていたことについては前回指摘した。これには警務隊の人事システムが関係あるという。以下は防衛省幹部の解説。

「警務官は自衛官が陸曹段階で選択して就任するため、自衛隊内の階級秩序に縛られることが、今回の圧迫的な聴取の原因だと考えられます。警務隊は指揮系統上、防衛大臣直轄ですが、現場レベルでいうと階級が上の人間にはどうしても弱い。例えば、Aさんのように自分よりも階級が低い自衛官には積極的に聴取できますが、Bのような幹部自衛官となると『俺より階級が下のお前らがエラそうに』と凄まれれば躊躇するのが実態です。

 まして、相手が将官といった高級幹部だった場合、不祥事を積極的に取り調べることなど不可能に近い。今回の事件についても、階級が自分たちより上のBが『同意があった』と言った以上、それを覆してAさんの見方をするより、Bの発言を前提とした結論に持って行くほうが無難で保身につながると考えた疑いが濃厚です」

 不祥事を取り締まるべき警務隊が自衛隊内の階級制度に縛られている限り、公正な監視体制が実現することは困難だ。隠蔽体質をなくすためにも、自衛官と人材育成システムを別にするなど組織改編が必要だろう。

自衛隊、幹部へのコネの有無で違いすぎる待遇

 自衛隊の階級社会の悪弊が出るのは、警務隊だけではない。今回の事件では、幹部へのコネの有無で懲戒処分への大きく違いが出る体質も明らかになった。

 Aさんは聴取が始まった後、昨年10月に自衛隊OBなどからなる自衛隊援護協会に被害を相談したところ、あるOBが懲戒処分の検討状況について自衛隊側に確認してくれることとなった。その結果、少なくとも10月下旬の段階では、Aさんが所属していた北部方面隊第7師団第7特科連隊を管轄する北部方面総監と7師団長は、事案を把握していなかったことが明らかになったという。OBの間でこの件が話題になり、それが北部方面総監の耳にも入り、聴取が円滑に進むようになった。Aさんは「もし自分が援護協会に相談しなかった場合、自衛隊側はBを懲戒免職処分にせずに、懲戒処分にして残留させていた疑いが相当強い」と憤る。

 当然だが、訓練中の強制性交事件は重大案件である。北部方面総監が事案発生から約3カ月も経過して把握すらしていないというのは本来あり得ない。Aさんが前出のOBから聞いたところによると、「中隊から上がってきた報告書では、相違点や不審な点がいくつもある文書であった」という。少なくとも連隊などで、もみ消しの動きがあった可能性もある。

 今年3月末で退官した湯浅悟郎前陸幕長の下で、不祥事のもみ消しが常態化していたことについてはすでに指摘した。Aさんが知人の陸自幹部に陸上幕僚監部に直接事件について報告したほうがいいか相談したところ、「今の陸幕だとムダだから、やめたほうがいい」と諭されたという。陸自全体で当時の湯浅体制の隠蔽体質が知れ渡っていたということを裏付ける証言だ。

Aさん、所属部隊幹部から無責任発言を受けて精神的苦痛

 この事件の対処にあたった前連隊長の1等陸佐は、Bが起訴された12月に陸上幕僚監部防衛部防衛課研究室長に異動している。事件が発生した7月末から4カ月ほど経過してからの異動になるが、「明らかに対応としては遅く、事件の最終的な責任をとらなくてよいようなタイミングを陸幕上層部と図っていたのでは」(先の防衛省幹部)との疑念の声も出ている。

 この1佐は連隊長としてAさんと面談した際、「一度起きた化学反応は止められない」と発言し、副連隊長も「国家賠償請求訴訟をすればいいじゃないか」と話したという。聴取内容が漏えいしたことで誹謗中傷を受けたAさんに対し、情報管理の甘さについての謝罪や、再発防止に向けた積極的な言動は何もなかった上、司法に任せればいいというような無責任な発言は非常に大きな精神的な苦痛を与えた。

公表をやめさせるための「嘆願書」まで作成

 隠蔽体質の極めつけは、Bの懲戒免職処分が公開される直前の今年2月に師団側が作成し、Aさんに承諾するように求めた以下の「嘆願書」だ。

自衛隊、隊内で性的暴行受けた女性自衛官に「嘆願書」承諾を強要…事件を隠蔽の意図かの画像4

 この「懲戒処分公表に関する嘆願書」の4番目の項目にはこうある。

「マスコミへの公表にあたり、個人情報は伏せると聞きましたが、部隊や周囲の人がそのニュースを見聞きしたら、分かる人には分かってしまうと思います。公表によって私や家族がそのニュースを見聞きしたり、誰かから事案について言われたりして、自分や家族が精神的に耐えられるかが不安であります。懲戒処分の公表による精神的苦痛、また、家族にも悪影響があると本末転倒になってしまいますので、多くの人に知られないよう公表しないでいただけるよう嘆願します」

 Aさんが依頼したものではないにもかかわらず、Aさんや家族の「精神的苦痛」を代弁する形で記述されている上、最後の「多くの人に知られないよう公表しないでいただけるよう嘆願します」という一文からは、自衛隊がこの事件についての公表を避け、隠蔽する意図があったことがうかがえる。これを被害者であるAさんに承諾させようとしているのだから、モラルが疑われる。

 加害者のBには実刑判決が下されることがほぼ確実となっていた時期での文書であるだけに、Aさんに「自衛隊は最後まで被害者の自分を守らないばかりか隠蔽しようとしている」という苦痛を、追い打ちのように与え、自衛隊の組織全体への信頼を失わせた。これに湯浅体制下で防衛省、陸幕が関与していたとすれば、関係した幹部の責任が問われる。自衛隊内では、懲戒処分があると毎回このような文書を被害者に承諾させるような慣習があるのかについても、防衛省は明らかにする責任がある。

防衛省と自衛隊の幹部は、若い女性の夢が性暴力により潰された重みを実感すべき

 性暴力が女性のキャリアを潰してしまう例は少なくない。Aさんはもともと消防士志望だったが、試験に落ち、病院で救急救命士として勤務していた。知人に誘われて自衛隊に入隊し、将来は消防士になることを目指していたが、今回の被害を受けて、夢を断念した。「いつ被害がフラッシュバックしたり、心身に異常を来したりするかもしれない身では、人の命を預かる仕事に就くべきではないから」という。

 社会貢献の意志が強いAさんは、20代ながら確固たる志を持っていた。それがBの身勝手な欲望により踏みにじられたばかりか、陸自の隠蔽体質によりさらに傷を広げられた。今回、辛い思いで事件について語ってくれたAさんはこう話す。

「今後、私が受けたような被害が再発し、他の女性自衛官にも辛い思いをしてほしくないという一心です。自衛隊内にはまだ女性自衛官の同期がおりますし、これからも女性自衛官が入隊してくるでしょうが、今のままではとても安心できません。

 今の自衛隊は災害支援などで国民の支持を得ていますが、Bがもし懲戒免職にならずに自衛隊に残ったとしたら、国民はどう思うでしょうか? 災害支援の現場で女性に性暴力を振るうかもしれないような男性自衛官がすぐそばにいるとわかったら、どんな気持ちになるでしょうか? 階級が下ということや、女性というだけでまともに人間扱いされない組織は健全といえるでしょうか? それらのことについて、岸信夫防衛相以下、防衛省幹部、陸自幹部には徹底して考え対策を講じていただきたいです。

 もしそうでなければ、女性自衛官を募集するということは、世間の風潮に迎合した単なるキレイゴトにすぎず、狼の群れに羊を投げ込むようなものではないでしょうか。自衛隊が国民の信頼を得る組織となるためにも、二度と私のような被害者を出さないようにしていただきたいです」

 問題は、被害者の尊厳を踏みにじるような組織体質が、自衛隊には明白に存在するということである。防衛大学出身の陸幕長が約30年続き、一般大卒の吉田圭秀氏が4月に就任した。筆者は純血主義が今の陸自の体たらくにつながっていると考えており、吉田氏にはぜひ組織体質の改善を図っていただきたいと思う。今後の採用方針としても、一般大卒、社会人からの転入組など多様性を確保するのは必須だろう。

 今回はたまたま陸自内で露見したが、海上自衛隊も航空自衛隊も隠蔽体質は同じである。岸防衛相以下、責任ある自衛隊幹部は総出で体質を改善すべきである。

防衛省の見解

 なお、当サイトが防衛省陸上幕僚監部広報室に複数の質問項目を送付したところ、以下の回答が寄せられた。

「・元来、個別の事案について逐一詳細をお答えすることは差し控えさせていただいております。

・各種事案が発生した場合、事実に基づき厳正に対応しています。

・被害者またはその関係者のプライバシー等の権利利益を侵害するおそれがある場合等の理由により公表が適当でないと認める場合には、公表内容の全部または一部を公表しないことができるとしており、個々の懲戒処分の公表については、様々な状況を総合的に判断し、適切に対応しております」

(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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