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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~【絶望の自衛隊・5】

女性自衛官が幹部自衛官から性的暴行、警務隊の不適切な聴取で「うつ病」に…階級重視の犠牲

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
女性自衛官が幹部自衛官から性的暴行、警務隊の不適切な聴取で「うつ病」に…階級重視の犠牲の画像3
陸上自衛隊のサイトより

 前回の記事では、元自衛官で20代女性のAさんが、昨年7月に北海道の矢臼別演習場での訓練中に40代の男性幹部自衛官Bから性的暴力を受けた被害の実態について詳述した。Aさんは被害を自衛隊内の警察にあたる「警務隊」に報告したが、その際の警務隊のずさんな対応について、今回は明らかにする(階級は事件発生当時)。

被害者と加害者を同じ隊舎に置こうとしたため、母親が駐屯地外に移すことを要請

 BがAさんへの犯行後も女性自衛官が寝ているテントにまで来てちょっかいを出すなどしたため、他の女性自衛官への被害を懸念したAさんは、犯行から4日目の30日午前10時ごろに中隊長(男性)などから事実確認と聴取を受けた。そして警務隊に出動要請が出され、その日の夕方に演習場に到着した。

 事件に関係のあるテントや犯行現場となった自衛隊の専用車両が差し押さえられ、Aさんは女性警務官に保護されながら、近くの産婦人科で緊急受診した後、演習場へ帰隊した。演習最終日の31日午前8時ごろに撤収作業が始まり、中隊長Cなどとともに管理隊舎に移動した。夕方16時前にAさんは警務隊からの聴取を受け、終了後にBが同じ隊舎に居ることを告げられた。Bは手錠などがかけられているわけではなく、あくまで警務隊の監視下に置かれているだけだった。隊長がAさんの母親に事件が起きた旨や今後の流れなどを連絡したところ、Bが同じ隊舎にいることを知った母親は、Aさんを演習場外の民間宿泊施設に移すことを提案し、許可された。

 8月1日昼頃からAさんへの聴取が釧路駐屯地内の警務隊室で本格的に始まり、事実確認及び被害届提出、事件当時に身につけていた衣類の提出などが行われた。4日にそれまでの聴取内容に基づいて書類が作成され、Aさんは5日から夏季休暇に入った。10日後の15日、大隊長、中隊長が実家へ来て、母親へ事実報告がなされ、Aさんは16日に中隊長と共に駐屯地へ帰隊した。

「合意があった」という噂広まる、警務隊もそれを前提に取り調べ

 17日から連日の聴取が再開されたが、Aさんに対する同僚の自衛官の反応は冷淡だった。帰隊したその日、風呂場で女性自衛官から「Bに昇任のために媚びを売ったのではないか」と悪口を言われ、「Bと合意があった」というような噂が広がっていった。

 B本人も周囲に「合意があった」と発言していたこともあり、警務隊による聴取も圧迫的になっていった。女性警務官2人が聴取したが、「合意があったのか? 記憶は本当に合っているのか?」と、さもBの言ったことが正しいかのような姿勢になり、「一升瓶を持っていたという証言もある」「あなたが話した内容で不利益になることになる」などAさんに責任があるかのような発言が続いたという。なお、Aさんは事件前の宴会で一升瓶を手に持っていたことは事実だが、周囲の隊員に注いでまわっていたためで、飲酒はしていたものの記憶を失うような泥酔状態ではなかった。

 中隊長からも「合意があったとBが言っており、聴取の内容と合わない」として事実の再確認を求められた。警務隊からスマホの提出が求められることもあったという。Aさんにとって辛かったのは、同僚からの目が冷たくなり、悪口も言われるようになったことだ。当時Aさんが記したメモには「指導も厳しくなり、上官相手に被害届を出したことがまずかったのだろうか」「中隊でも冷たい目で見られる。相手は幹部だ。負ける」「実家に帰ろう。帰りたい」「階級がそんなに大事か。続けるのは無理」といった悲壮な言葉が綴られている。

聴取内容が漏えい、情報保全体制ゼロ、SNSにも書き込まれる

 耐えきれなくなったAさんは9月3日に依願退職願を中隊長に提出し、休職することとなった。聴取が本格的に行われた8月以降、なぜか聴取の内容が隊内に広がっており、インスタグラムやインターネット掲示板に事件について書き込まれた。非通知のワン切り電話も来るようになるなど、Aさんは誹謗中傷に苦しんだ。同僚や友人からの電話にも怖くて出られなくなり、睡眠不足や事件当時のフラッシュバックなどの症状に苦しみ、うつ病と診断され、現在も治療中だ。

 10月中旬ごろに釧路地方検察庁の女性検察官が来て、検察側の聴取が始まった。警務隊のように「Bと合意があった」ということがさも前提かのような圧迫的な聴取とは違い、客観的な事実関係に着目しての聴取だったことが印象的だったという。その検察官からの4回の聴取を受け、12 月3日にBを強制性交等容疑で起訴するとの報告があった。その際、「相手側が最初、合意があったと言っていたが、今現在は酔っていて覚えていないと言っている」と教えてくれたという。Bが警務隊という身内の取り調べではなく、検察の聴取を受けて証言を変えた可能性がある。

 その後、今年1月17日に第1回目の刑事裁判が開かれ、事件現場から検出されたBの体液や、事件直後に送った同期へのLINE、Aさんが長期にわたる聴取でも内容が変わらないことなどが証拠となり、2月22日にBに実刑5年の判決が言い渡された。Bは3日後の25日に懲戒免職処分となった。

 Aさんは現在、知り合いに紹介されたアルバイトをしながら治療に続けている。

階級が低い自衛官が明らかに不利な、警務隊による取り調べの悪弊

 今回の事件での自衛隊の対応は、Aさんと犯人であるBを同じ宿舎に泊めようとしたり、警務隊の聴取が、Aさんより上の階級のBが「合意があった」と発言したことをきっかけにAさんに高圧的になったりと、性暴力の被害者に対する対応としては不適切である。聴取をすることは必要だが、被害者側をケアする姿勢を示しながら行うことが最低限の条件だろう。

 第1回目でご覧いただいたように、BがAさんに犯行後もしつこくつきまとい、女性自衛官専用のテントにまで侵入するなど多分に性犯罪者的な傾向を持つ人間であったことは、Aさんの証言から現地の陸自幹部には共有されていたはずである。Bは11月に逮捕される直前まで通常通り、駐屯地で勤務していたという。他の目撃者、証言者もいたにもかかわらず、Bに対してここまで甘い対応をして、陸自幹部の誰も他の女性自衛官への被害が出る可能性を考慮に入れなかったのだろうか。

 自衛隊は、階級が上の人間が強い権限を持つ組織であり、それがゆえに上の人間に対する責任がより鋭く問われて然るべきだ。階級がどうあろうと、女性に性暴力を振るった時点で、その人間は犯罪者として扱うべきだという至極当たり前の考え方が、自衛隊ではまかり通らないのだろうか。

 今回の場合、たまたまAさんが気丈であったからBに実刑という社会的制裁が下ったが、気弱な女性自衛官なら被害を取り下げてもおかしくない。自衛隊の隠蔽体質はこれまでたびたび指摘してきたが、このような組織体質が多くの被害者の声を封じてきたのは想像に難くない。

 次回は、Aさんへの聴取内容が隊内に即広まるという甘い情報管理の実態に加え、警務隊の人事システムが、公平であるべき聴取を歪めている現状などについて明らかにする。

(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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