湯浅・前陸幕長の“負の遺産”…陸上自衛隊、過重任務で危険状態、幹部の“思いつき”運用で
「今回の砲弾落下事故は、起きるべくして起きたんですよ」――。ある防衛省幹部は、こう肩を落とす。この事故は、滋賀県高島市の陸上自衛隊の演習場の外に23日、砲弾1発が着弾したもの。幸いなことに負傷者は確認されていないが、湯浅悟郎前陸上幕僚長が退官直前に部隊を酷使する運用計画を「思いつき」で立てたことが遠因になっているという。
事故起こしたのは「留守番部隊」で、慣れない訓練で火薬量を間違う
報道などから事故の概要をみてみよう。陸上自衛隊で四国の警備や災害派遣を担当する第14旅団の第50普通科連隊が23日午前10時40分ごろ、高島市の「饗庭野演習場」での訓練中、場外の山間部に120ミリ迫撃砲1発が着弾した。事故後に被害報告は入っていない。この演習場では18年に81ミリ迫撃砲の実弾1発が演習場外に落下し、飛び散った破片で駐車中の車に被害が出るなどしている。
今回の事故は発射する時の火薬量が十分に調整されず、過剰な薬量で発射したことが原因だという。「射撃のため弾薬を扱っていた隊員、射撃指揮統制者、安全係のすべての部分でミスがあったといわざるを得ない」(前出幹部)。何ともお粗末な話で、自衛隊員や住民に死傷者が出なかったのは幸運だったというほかない。
実は、今回の訓練を実施していた部隊は「留守番部隊」であり、主力部隊は2月からアフリカのソマリア沖・アデン湾での海賊対処のためにジブチ国際空港北西地区に整備された活動拠点において、海自航空隊の警備や拠点の維持管理等を行っていた。主力部隊がいない状態で訓練をしたこと自体、指揮が意味不明だが、この第50普通科連隊はこのジブチの任務のほか、5月下旬から7月上旬にかけて実施されている日豪共同訓練にも参加しており、明らかにオーバーワークの状態にあった。
事故部隊所属の旅団全体があり得ない激務
この第50普通科連隊が所属する第14旅団は、今年に入って激務にさらされている。前述したように第50普通科連隊はジブチ(2~7月)、日豪共同訓練(5月下旬~7月上旬)と2つの大型案件を抱えている。さらに、第15即応機動連隊には日米共同訓練(6月下旬~7月上旬)もある。14旅団全体では7~8月開催の東京五輪の運営警備支援を担う上、9月から11月にかけては陸自全14万人が参加する「陸上自衛隊演習」が行われるというから、現場からすればたまったものではないだろう。前述の防衛省幹部は「今回の砲弾落下事故の遠因は、任務が増えすぎて訓練量が減ってしまったことに加え、『何でも屋』的に扱われていることに対する士気低下がある」と分析する。
湯浅前陸幕長、米軍側の申し出に「思いつき」で追加の派遣指示
さて、なぜこのような明らかなオーバーワークの状態が生まれたのか。実は今年3月に退官した湯浅前陸幕長の「負の遺産」によるものだという。
通常、陸自の年間の業務計画は前年の11月、方面隊が12月に決まり、師団旅団が1月に1次指示を出す。そこで次年度の大枠は決まり、2次指示を2、3月で出すというのが流れになる。以下は陸自幹部の解説。
「今回、これほど第14旅団に負荷がかかったのは、米軍幹部から2月の懇談で『日米共同訓練は南西防衛を担う部隊とやりたい』と言われた湯浅が、思いつきで『行かせろ』と命令したことに始まっています。
14旅団は機動旅団として南西防衛任務に従事する部隊だというだけの理由で、すでに1次指示で日米、日豪の共同訓練を割り振られていた別の旅団、師団から無理矢理14旅団に振り替えたのです。これは、14旅団に過剰な負担がかかるだけでなく、もともと共同訓練する予定だった部隊からしたら訓練機会を奪われたわけで、納得できるわけがない。
現場からは『さすがに過重任務ではないか』といった批判がありましたが、湯浅氏に忖度する陸幕幹部によって無視されました。湯浅氏は直接部隊を所管する中部方面総監の意見はまったく聞かず、独断で決めました。『裸の王様』を止める人間は誰もいなかったわけです」
この湯浅氏の独断により、ジブチの任務で1月からすでに部隊を派遣していた50連隊に、5月上旬からの日豪共同訓練にも参加するよう指示が出た。しかし、海外での訓練は必要な物資を運ぶだけで2カ月はかかるため、半年は準備期間として最低必要なことを考えれば、訓練をやりながら、たった3カ月程度で地球の反対側に行く準備しろというのは無理難題だ。
さらに、日米共同訓練に15即応機動連隊が参加するよう指示が出たが、訓練場所が今回の事故が起きた饗庭野演習場だったため、訓練自体が中止となった。もともとその演習場を所管する50連隊を酷使したせいで留守番部隊への統制がおざなりになったことは前述したが、米軍との連携にも影響が出ることは避けられないだろう。
全陸自隊員が参加する演習も予算不足で迷走、コロナ禍でやる理由も不明
筆者は本連載で、湯浅氏には「思いつき」や「自身の利害関係」だけで陸自全体の意志決定をする傾向があることを詳述してきた。本連載の第1回目では同僚幹部へのライバル心から日米共同訓練への不参加を突如決定して米軍の不興を買った経緯や、第2回目では閣議決定で定められた中期防衛力整備計画を「個人的な意向」で無視し輸送艦艇を予算要求しなかった事実を挙げた。今回の第14旅団への無茶な指令も「思いつき」で決めたとしても不思議ではない。
9月から11月にかけて、湯浅氏の壮大な置き土産である「陸上自衛隊演習」が行われるが、この演習は陸自の負担が重すぎるため、平成に入って1993年の1度しか実施されていなかった、いわくつきの演習だ。コロナ禍という今に実施する理由は何もなく、予算も不足しているという。
「もともと単年度予算程度でできる演習ではなく、湯浅氏が退官前に自分の実績のために無理矢理計画に押し込んだ」(前出防衛省幹部)
中途半端な演習になることは避けられない以上、税金の無駄遣いとの批判は避けられそうにない。
陸自のパワハラの権化「ハカイダー」が部長として湯浅氏の指令を黙認
さて、誰の目から見ても一つの旅団に過度な負担が掛かっていることが明らかな訓練計画について、陸幕幹部の中からいさめる声が上がっても不思議ではない。批判らしい批判も出ないまま、この計画が実行に移されたのは、筆者が当サイトと「文春オンライン」で「陸自のパワハラの権化」として批判したハカイダーこと、戒田重雄陸将補が運用支援・訓練部長の立場にあることが大きい。
「湯浅派の筆頭格」として知られた戒田氏は、ジブチ、日豪共同訓練、日米共同訓練という今回問題になっている3つの訓練すべての責任者だ。先の陸自幹部は「批判報道などもあり出世が危なくなったとみた戒田氏は、とにかく湯浅氏に退官前に恩を売ろうとして現場に無茶な計画を押しつけたというのが陸幕内の共通了解となっている」と話す。
自分の保身のためにひたすら上役の機嫌をとることしか考えず、現場に責任と負担を押しつける「忖度官僚」の存在が、森友学園の問題を通して白眼視されているが、今回の戒田氏の判断を見る限り、防衛省、陸自内でも同様の雰囲気が醸成されているのではないか。
戒田氏は湯浅氏が退官した後、急に後任の陸幕長となった吉田圭秀氏にすりより始め、周囲には「戦略転換だ」と吹聴しているという。ただ、「陸幕長レースのダークホースで一般大卒の吉田氏とは関係が薄かったため、効果ははなはだ疑問」(前出陸自幹部)と同僚からは冷ややかな視線が注がれている。
事故に話を戻すと、一義的な責任は、主力部隊が不在にもかかわらず慣れない訓練を実施した部隊自身にある。ただ、その背景には湯浅氏に代表される、過度な現場への介入や思いつき、隠蔽などによる現場の混乱や士気低下もあることは強調しておきたい。豚熱(CSF )による屠殺処理などで自衛隊を「安く使える何でも屋」としてしか扱わず、本来専念すべき訓練へのしわ寄せを増大させている政治にも責任がある。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)