「マイバッハ」――このブランド名を目にして、“孤高の高級車”とのイメージを思い浮かべる人は少ないに違いない。
マイバッハの誕生は1921年。欧州貴族をエスコートするための超高級モデルとしてドイツで生まれた。堂々たる体躯は馬車のように勇壮、かつ贅を尽くした内外装は煌びやかであり、欧州のVIPを魅了してきた。風格、威厳、荘厳……、考えられる賛辞のどれを当てはめても語り尽くせないブランドである。
そんなマイバッハが、「メルセデス・マイバッハ」として蘇った。今年デビューしたばかりのメルセデスベンツの新型「Sクラス」のプラットフォームを流用、ホイールベースを180mm延長するなどして差別化を図っている。
ただ、メルセデスSクラスとの近似性は明らかで、かつての威光を知る者には寂しく感じるかもしれない。フロントグリルは荘厳な縦ストライプであり、ホイール等のデザインもマイバッハ専用だが、ボンネット前端のマスコットはメルセデスの象徴である「スリー・ポインテッド・スター」が輝き、フロントグリルに刻まれた「MAYBACH」のロゴとのダブルネームとなる。
かつてのような孤高の存在ではなく、富裕層であれば手にできる次元まで歩み寄ってきた。最高グレードのプライスタグは3200万円を超えるが、それでもかつてのように6000万円超ではないし、そもそも今からちょうど100年前の誕生時期には、購入するには血筋を問われたに違いなかったであろうという注釈付きで考えれば、現実の世界に舞い降りてきたかのようだ。
それでも、メルセデスSクラスとの違いを主張する。搭載するエンジンは2タイプ。V型8気筒4リッターツインターボと、V型12気筒6リッターツインターボだ。V型8気筒はSクラスにでも選べるが、V型12気筒はマイバッハのみの設定。高級車の証である。
ホイールベースの180mm延長分は、リアの居住空間に与えられている。主役はリアのパッセンジャーで、VIPであることは明らか。ドアの開閉は電動式である。スライドドアではなく、大きくゆったりと余韻を溜めながら開閉する様は感動的ですらある。
リアシートの空間は、まさに贅を尽くした世界である。サイズ的には前後に長く、前席を前にスライドさせれば、足を伸ばして寛ぐこともできる。リクライニングは43.5度、オットマンがせり出すだけでなく、さらにその奥にフットレストも備える。
そもそも助手席には着座認識機能が組み込まれており、乗員がいないことをセンサーが感知すれば、自動で助手席が倒れる。あくまで主役がリアシートで寛ぐVIPであることを物語る。
乗員の安全性にも抜かりはない。数々のエアバッグを装備していることは想像の通りだが、側面からの衝突が避けられないと判断すると、エアサスが瞬間的に跳ね上がるのだ。生存空間が狭く、衝撃を吸収する素材がドア一枚に限られていることから、頑丈な構造部材でできているフロアで、それを受け止めるような細工なのである。それほどまでにVIPへの気配りが行き届いているのである。
孤高のブランドであるマイバッハは、より一層、メルセデスSクラスに近くなったことで、手にしやすくなった。たが、特別な存在であることの主張は徹底している。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)