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夢を掴め、強く生きろ! 解決・沖田塾

社会の底辺を知る男が語る「絶対に裏切られない『成功の掟』」

文=沖田臥竜/作家
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 端から見れば、今の自分は「成功している」と映る面があるかもしれない。成功といっても、財を成した、大金を稼いだというものではない。夢を実現させたという成功だ。

 中学を出て、アウトローの道に足を踏み入れた自分が、20年以上も前に「小説家になる」という夢を描いた。その夢がここ数年で一気に形になった。小説に限らず、10冊以上の書籍を出版できたし、日本アカデミー賞を獲得した映画監督の作品の監修も務めた。これから公開されるハリウッドドラマにも携わっている。さらに、9月には日本最大の出版社である小学館から小説『ムショぼけ』が出版され、10月からは、その作品を原作としたドラマが始まる【参考記事「元ヤクザの戸惑いと笑いを描いた新ドラマ」】。確かに端から見れば、成功者といえるかもしれない。

 そんな自分に「夢を実現する方法」や「成功の秘訣」、いわゆる自己啓発について書いてほしいというオーダーが担当編集者から来た。そういったリクエストが、自分の読者から届いたというのだ。

 そりゃそうだろう。自己啓発、つまり自身の成長を促す働きかけを他人の言葉に求めるのなら、それは成功してる人間、もしくは成功してそうに見える人間のものでなければ意味がない。失敗しかしていない人間が、たとえ成功者と同じ言葉を語ったとしても、それは説得力に欠ける。逆に、失敗した経験のない成功者も特殊な立場すぎるだろう。誰も耳を傾けないのだ。

 なにより強いのは、「失敗を知る成功者」「バカだったのに成功した人間」の言葉だと思う。

 自分が成功したように見えるとするならば、多くの失敗をし、社会の底辺からリスタートしていることが挙げられるだろう。バカなヤツがちょっと頑張ると、周囲から「えらいわね!」と褒められたりするものだが、それに似ているのかもしれない。勉強もまともにせず、学歴もなく、その道に足を踏み入れた。世間から見ればバカでしかない。その期待に決してそぐわないことなく、バカなことをたくさんしてきた。ここに詳しくは描かないが、知りたい人間は自分の著作やネットにあがっているインタビューなどを読んでほしい。

運が悪いからこそ、努力することができた

ドラマ『ムショぼけ』
本格的に執筆活動を始めて、わずか7年で小説がドラマに(ドラマ『ムショぼけ』HPより)

 だが、自分の場合は、バカはバカでも、他のバカとはレベルが違った。何が違ったかはこれから語っていくが、結果的に、普通の人間には決して成し遂げられないことを達成したという自負がある。

 前述した通り、日本アカデミー賞作品を獲った監督の作品やハリウッドドラマの制作に携わり、先日は自身が原作のドラマのロケ地を地元・尼崎に誘致したことで、市長がわざわざ挨拶しに来てくれた。映像や出版に携わる人たちは多くいるだろうが、そんな中でも、他人が真似できないことをやってきている。

 そんな私のことを、「運がよかったですね」みたいに思っている人間も存在する。だが、運の問題ではない。幸運続きでここまで来たわけではないのだ。自分は悪いことをすれば当然捕まってきたし(私以上に悪いことをしているのに、のうのうと過ごしている奴はごまんといる)、パチンコ、スロット、競馬、麻雀など、ギャンブルをやれば連戦連敗。見事なくらい負け続けてきた。

 運は、すこぶる悪い方だろう。ただ運が悪いからこそ、努力することができたのも確かだ。

 ここでいう努力とは何なのか。余暇時間の過ごし方と情熱である。

 人間、生きて行くために、その社会で認められるために必要な事柄というのが存在している。

 学生であれば勉強をしなくちゃならないし、懲役中なら刑務作業をしなくてはならない。社会人なら仕事をしないといけないし、ヤクザだって組のために働かなくてはならないのだ。つまり生きて行くためには、その立場や年齢によって、日常で科せられる事柄というのが存在するのである。

 ただ、そこで頑張ったとしても、それは当たり前のことで、大した努力ではない。決められたレールの上で頑張ることなんて、誰にでもできる。いや、誰でもやらされていることである。問題はそれ以外の余暇の過ごし方なのである。

 ヤクザの親分付きの運転手であっても、その日の仕事が終われば、開放感を感じる。女の家に行く者もいれば、姉ちゃんたちがいる店に飲みに出かける者やシノギに精を出す者もいる。だが、自分はずっとその時も小説を書いていた。いつ発表されるかもわからない作品を書き続ける自分を見て、同僚たちは口を揃えて言っていたものだ。

 「そんな無駄なことやめときいや。そんなことよりも、もっとシノギを考えてゼニになることしいや」

 自分が「小説家になる」と言っても、誰ひとりとして、本気にする人間はいなかった。同僚だけではない。身内や親族にしてもだ。誰ひとりとして、小説家になんてなれるわけがないと思っていた。

 ただ、自分だけは違った。いつかペンを武器に世に出てやると情熱を燃やし続けていた。その情熱はもはや、執念と呼べるものにまで到達していたと思う。できるできないの問題ではない。必ず成し遂げるのだ、と自分自身に言い聞かせ続けていた。

「本を出すまでは死んでも死にきれんな」と、本気で考えていたのだった。

7年間続ければ、報われないことなんてこの世に存在しない

 そのための努力を、生まれて初めて続けてきた自負もあった。仮にどこかで諦めていたら、その努力は無駄になっていただろう。少なくとも、小説家としては報われていない。だけどオレは誰に何かを教わることなく、小説家になるため、世の中に本を出すために、人ができないだろう努力を余暇の時間を潰して、独学で続けてきたのである。

 「それでも沖田さんは運が良いですよ。みんながみんな同じことをして報われるわけではないですからね」

 そうではない。報われないヤツは単純に努力がまだ足りないのだ。報われる者と報われない者の違いは、決して運などといったものではない。必要なのは、無駄とも思える努力の数と情熱なのだ。無駄な努力は、報われれば無駄ではなくなり、情熱が無駄と思える努力すら継続させてくれる。

 自分は誰よりも努力してきた自負がある。努力するのに、学歴も過去も関係ない。いつでもどこからでも努力することができる。

 夢があるなら、まずはそれに向かって努力をしよう。毎日の睡眠時間を2時間削って、その時間を夢のために使え。それを7年間続ければ、報われないことなんてこの世に存在しない。もちろん、夢を叶えるために出会いや運は必要だ。だが、それらも努力してきた人間だからこそ、チャンスに変えられる。

 努力しても報われないのは恋愛だけである。継続させて気持ち悪いと言われるのは、片想いだけなのだ――。

 今回は漠然とした話になったが、これからしばらく、自分の経験から語れる「夢の実現法」や「人生を前向きに生きる方法」などを伝えられたらと思う。

 社会の裏側を歩き、社会の底辺から這い上がってきた自分だからこそ語れる言葉が、読者の方々の決断の後押しになれば幸いである。

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(文=沖田臥竜/作家)

 

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●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、小説やノンフィクションなど多数の作品を発表。最新小説『ムショぼけ』(小学館)を原作にした同名ドラマが10月からスタート。調査やコンサルティングを行う企業の経営者の顔を持つ。

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