現在、世界全体で脱炭素への取り組みが加速しているなかで、日本の海運大手である川崎汽船が「潮流発電」事業に取り組み始めた。カナダ、ノバスコシア州ファンディ湾内において川崎汽船は、中部電力とアイルランドの再生可能エネルギー開発企業であるDP Energyと共同で潮流発電事業に取り組むと発表した。
潮流発電事業は洋上風力発電に比べて安定した発電量が見込める。川崎汽船などの取り組みがどのように発展するかは興味深い。そのほかにも川崎汽船は二酸化炭素の回収に関する実証実験に取り組んでいる。いずれも、川崎汽船が新事業の開発に取り組んでいることにほかならない。
短期的に、川崎汽船の収益は堅調に推移する可能性がある。ただし、中長期的に考えると海運市況が調整し、収益が減少する可能性はある。それに加えて同社は世界全体で加速する脱炭素にも対応しなければならない。世界経済の環境変化の加速化が想定されるなか、川崎汽船は既存事業から得られた資金を、中長期的な成長が期待される再生可能エネルギーなどの新しい事業分野に再配分し、ビジネスモデルを変革しようとしているように見える。
現在の川崎汽船の事業状況
現在、川崎汽船の業績は好調だ。2021年度第1四半期の連結決算は、売上高、営業利益ともに前年同期から増加した。その要因として、新型コロナウイルスの感染が再拡大したことによって巣ごもり需要が増え、その結果として海運需要が押し上げられた。また、先進国の経済がワクチン接種の増加によって正常化にむかうなかで、中国での感染再拡大などによって港湾の稼働率が低下した。その結果、世界経済全体で海運需給がひっ迫し、ばら積み船(ドライバルク船)や自動車運搬船などの船賃が高騰している。
9月下旬時点で、ばら積み船の運賃の水準を示すバルチック・ドライ指数は12年ぶりの高値圏にある。短期的に海運需給はひっ迫した状況が続くだろう。その見通しにもとづき、川崎汽船は2022年3月期通期の連結業績予想数値を上方修正した。当面、川崎汽船の業績は堅調に推移する可能性がある。
その一方で、中長期的な目線で川崎汽船の事業環境の展開を考えると、同社は脱炭素という世界経済のゲームチェンジに対応しなければならない。日本は2030年までに温室効果ガスの排出量を2013年度比46%削減し、その上で2050年のカーボンニュートラル実現を目指す。2030年までの時間的な猶予を考えると、川崎汽船のコスト負担は増える可能性がある。同社は、重油を燃料とした場合に比べて二酸化炭素排出量が少ない液化天然ガス(LNG)を燃料とするタンカーの導入を進めている。既存の船舶の改修などによって二酸化炭素の排出量を減らす必要性も増すだろう。
ただし、2050年までの時間軸で考えると、脱炭素は川崎汽船のビジネスチャンス拡大になり得る。具体的には、競合他社に先駆けた船舶の脱炭素化の実現や、再生可能エネルギー関連の事業育成などがあげられる。包括的に考えると、川崎汽船をはじめ日本企業はいち早く脱炭素に関する取り組みを強化し、目先のコスト増加への対応力と、中長期的なビジネスチャンス獲得を目指すべき局面を迎えている。
ビジネスチャンス拡大を目指す川崎汽船
川崎汽船が潮流発電に進出したのは脱炭素という世界経済の環境変化に対応し、新しい収益源を手に入れるためだ。そのために同社は既存の事業=海運事業から得られた資金を成長期待の高い新しい分野に再配分しようとしている。
潮流発電とは、潮の満ち引きなど海水の流れを用いて大型のスクリューのような羽根(プロペラ)や水車を回転させることによって電気を生み出す方法だ。川崎汽船が中部電力とアイルランド企業と提携して進めるカナダでの潮流発電事業では、海底にプロペラを搭載した発電装置を設置し、最大約16mの干満差がもたらす潮流のエネルギーによってプロペラを回転させて発電を行うことが目指されている。風力発電や太陽光発電に比べて、潮流は気候に左右されづらく、発電量が予測しやすいといわれている。
日本の潮流を活かすことによって原子力発電所2~3基が生み出す電力をカバーできると指摘する海洋技術の専門家もいる。また、潮の満ち引きに加えて、黒潮などの海流を用いた発電(海流発電)の可能性にも注目が集まっている。特に、日本のように四方を海に囲まれている国にとって、海流を用いた発電は再生可能エネルギーの利用を増やすために重要だ。
見方を変えれば、世界的な脱炭素への取り組みが加速するに伴って、新しいビジネスチャンスが生まれている。その多くは、多くの企業にとって新しい分野であることが多い。例えば、川崎汽船の本業は海運=船舶を用いた物流サービスの提供だ。潮流発電に関するビジネスは同社にとって新しい分野だ。同じことは、火力発電などをメインの事業としてきた電力会社にも当てはまる。
重要なことは、企業がアライアンスを組んで船舶の運航に関する技術やノウハウ、電力に関する知見など各企業の専門性を結合することがリスクの分散と、中長期的な成長が期待される分野への生産要素の再配分を支えることだ。その点において、川崎汽船がどのように中部電力などとの協業を重ね、潮流事業の収益化を目指すかが注目される。
川崎汽船に期待する脱炭素関連分野での取り組み強化
川崎汽船に期待したいのは、再生可能エネルギー分野でより多くの事業戦略を立案し、実行することによって、そのビジネスチャンスを手に入れることだ。
これまで日本経済では、電力などのインフラや宇宙開発などの分野では、政府による研究開発や設備投資への支援が不可欠との発想が強かった。潮流発電に関して、太陽光発電などの固定価格買取制度(FIT)のような支援が少ないことを懸念する向きもある。
確かに、そうした側面はある。しかし、常に政府が合理的に希少資源を再配分し、より持続可能かつ効率的な経済運営を実現できるとは限らない。民間企業と異なり、政府には採算性という発想が無い。本来、企業の新しい取り組みこそが社会と経済のより効率的な運営を支え、経済の成長を支える。つまり、実用化が急がれたり、経済運営上重要性が高まったりする先端分野(半導体や環境分野など)において、企業が技術を磨き、あるいはアライアンスを組み、限られた経営資源をより効率的に再配分して新しい付加価値の創出に取り組むことこそが、経済の持続性と効率性の向上に欠かせない。その上で、特定企業のシェアが大きくなりすぎないよう、必要に応じて政府は市場に介入すべきだろう。
つまり、川崎汽船などが進める潮流発電事業は、民間企業の主導によって日本が再生可能エネルギー由来の電力利用を増やし、脱炭素を推進するための重要な取り組みだ。もし、川崎汽船が中部電力などと連携して国内で実用化可能な潮流、あるいは海流発電のシステム運営を実現すれば、潮流発電などによって得た電力を企業間で購買する展開も視野に入ってくるだろう。
今後、世界経済全体で脱炭素への取り組みは加速するだろう。川崎汽船は潮流発電に加えて三菱造船と共同で洋上で二酸化炭素を回収する実証実験も進める。川崎汽船は、潮流発電や二酸化炭素回収への取り組みを進めることによって、モノの運搬を基礎とするビジネスモデルの変革を目指しているように見える。それは日本の海運業だけでなく経済全体が安定かつ持続可能な電力供給を目指すために不可欠な要素の一つとなるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)