特許をめぐるトヨタ自動車と日本製鉄の争いが場外乱戦に突入している。
両社の争いが表面化したのは、日鉄が特許侵害を主張する中国・宝山鋼鉄の電磁鋼板を、トヨタ車に採用しているとしてトヨタに電動車の製造・販売停止と損害賠償を求めて提訴したこと。日本鉄鋼連盟の会長を務める日鉄の橋本英二社長が会長記者会見で「特許は知らなかったでは済まされない」と発言、これが報じられるとトヨタ側が「トップ同士で話がなかったのは残念」と、日鉄がいきなり提訴に踏み切ったことを批判。泥沼の争いに発展する様相だ。
日鉄が11月2日に発表した連結業績予想によると、2022年3月期の純利益は5200億円と、新日本製鉄と住友金属工業が経営統合した12年度以降、過去最高益となる見通しとなった。前期まで2期連続赤字だった日鉄の業績が急回復した理由は、トヨタに鋼材の納入価格の値上げを認めさせたことが大きい。日鉄は、業績の足を引っ張ってきた主な原因がトヨタにあることを改めて実感、トヨタへの対決姿勢を崩さない日鉄を勢いづかせている。
トヨタの言い訳に日鉄は呆れ顔
日鉄が最大の顧客であるトヨタを特許侵害で前触れなく提訴して世間を驚かせたのは、10月14日のこと。日鉄は、宝山鋼鉄が製造する電動車の部品に必要な電磁鋼板が、日鉄の特許を侵害していると主張。宝山鋼鉄の電磁鋼板を採用しているトヨタに対して、200億円の損害賠償と、宝山鋼鉄の電磁鋼板を搭載しているトヨタの電動車の製造・販売の差し止めを東京地裁に提訴した。
これを受けてトヨタは「本来、材料メーカー同士で協議すべき事案」とした上で、宝山鋼鉄製電磁鋼板が「他社の特許侵害がないことを確認して契約した」と、トヨタ側に非はないとするステートメントを公表した。ここから非難合戦が繰り広げられている。
鉄鋼連盟の記者会見で、トヨタを提訴後初めて公の場所に姿を現した日鉄の橋本社長は「社長として(特許侵害は)精査を重ねて合理的に判断した」と述べ、勝訴に向けて自信を示した。トヨタが宝山鋼鉄から特許侵害がないことを書面でも確認したとしている点についても「知らなかったではすまされない」と、トヨタの説明を真っ向から批判した。さらに、橋本社長は「トヨタを狙い撃ちにしたことではない」とし、特許を侵害しているとみられる価格の安い材料を購入する企業を牽制した。
橋本社長の記者会見での発言が報じられると、トヨタ側は敏感に反応した。トヨタは定期的にオフレコの記者懇談会を実施しているが、急遽トヨタの長田准執行役員がオフレコを解いたかたちでオンライン懇談会を実施し、トヨタの豊田章男社長の意を汲むかたちで「(事前に)トップ同士で話がなかったのは残念」と、日鉄がいきなり提訴したことを批判した。さらに長田執行役員は、橋本社長が鉄鋼連盟の会長会見で電磁鋼板特許訴訟の問題を回答したことに対しても「あんなとこでやるのか」と苛立ちを示した。
トヨタの豊田社長は日本自動車工業会(自工会)の会長を務めているが、日鉄の電磁鋼板提訴問題に加え、トヨタ系販売店での不正車検やパワハラによる社員の自殺など、相次いで不祥事が発覚していることから公の場に姿を現すことを控えており、自工会会長会見も中止している。ただ、日鉄の橋本社長が提訴するだけでなく、トヨタの対応を批判していることに我慢できず、長田執行役員を代役に立てて主張だけはしたかったようだ。
しかし、長田執行役員が提訴を批判した内容を聞いた日鉄の幹部は呆れ顔だ。長田執行役員は、担当者が提訴を主張してもトップが「ノー」と言えば下も従うとして、提訴する前にトップ同士が対話するべきだったと主張した。これに対して日鉄のある幹部はいう。
「さすがパワハラで社員から自殺者が出る会社だ。トヨタのように社長の意に反したら粛清される会社とは(日鉄は)違う。社員の意見を重視するオープンな会社だ」
日鉄では、今回の問題は「宝山鋼鉄の電磁鋼板を採用すればコストを抑えられると安易に考えたトヨタの調達部門のミス」(日鉄)とみる。日鉄からトヨタの調達部門に対して宝山鋼鉄の電磁鋼板が特許を侵害しているとの情報が事前に伝えられたにもかかわらず、「いいことしか耳に入れない豊田社長の逆鱗に触れることを恐れて、その事実を伝えていなかった可能性がある」と指摘する業界関係者もいる。
またトヨタは、さまざまな国や地域から調達している部材のすべてに関して、特許を侵害していないかなどの調査を自前ですべてやるのは不可能と主張する。しかし、日鉄側が特許侵害を主張している電磁鋼板を「外部の専門家に依頼するなどして調査することはできたはず」との見方は強い。この点に関してトヨタの長田執行役員は「係争のなかで話すことなのでコメントできない」と回答しなかった。
確実に開くトヨタと日鉄の溝
かつて「鉄の結束」と呼ばれる関係にあったトヨタと日鉄に溝が目立ちはじめたのは、日鉄の鋼材価格の値上げ要請を、トヨタが長年認めてこなかったことが原因だ。トヨタ向け鋼材価格は指標となることから、鉄鋼業界全体に波及、日鉄の収益力低下を招いた。
この状況に危機感を抱いた橋本社長は背水の陣に打って出る。トヨタが鋼材価格の値上げを認めない最大の理由である需給バランスを改善するため、高炉の閉鎖による生産能力の削減を決断する。同時に、トヨタに対して強気の価格交渉を展開、要求する価格水準を認めない場合、鋼材の供給量を減らすことも示唆した。鋼材の供給量が減らされ、自動車生産に影響が及ぶことを避けるため、トヨタは鋼材価格の大幅値上げをしぶしぶのんだ。この頃からトヨタと日鉄は、水面下で相手を非難するなど、ギクシャクした関係になっていった。
結果的に鋼材価格の値上げが奏功して日鉄の業績は前期の赤字から過去最高益とV字回復を遂げる見通しとなった。一方のトヨタの21年4~9月連結業績は、鋼板値上げなど原材料価格高騰の影響を受けたものの、収益性の高いSUVの販売が好調だったのに加え、円安の追い風もあって純利益が前年同期の約2.4倍となる1兆5244億円と過去最高となった。
このため、日鉄は「まだまだ鋼材価格のマージンを引き上げる余地がある」とみており、21年度下期(10月~22年3月)の価格交渉でもトヨタとの関係悪化を気にせず強気の姿勢で値上げを求めていく方針だ。トヨタも海外鉄鋼メーカーなど、日鉄以外の鋼材の調達を増やすことなども視野に検討していく方針。両社の溝は確実に開く見込みで、今後の動向から目を離せない状況が続く。
(文=桜井遼/ジャーナリスト)